も~っと! 3-5「軽犯罪専門の魔法少女だって!」

 襲撃先が足立区だっていうのは、不幸中の幸いだった。


 世田谷区だったら片道一時間以上は掛かるから、とてもじゃないけど即座に駆けつけるなんてこと、できなかっただろうし。



 そんなわけで――わたしと雪姫ゆきひめは現在、足立区に来ている。



 薙子なぎこやもゆ、百合紗ゆりさにも連絡済み。


 とはいえ、みんなと合流するのを待っている時間はない。


 わたしと雪姫は二人で、じいやの情報にあった足立区内の工事現場へと急ぐ。



「きゃああああああああ!?」



 現場に到着すると同時、絶叫とともに砂煙が巻き上がった。


 わたしと雪姫は慌てて、倒れ伏してる一人の魔法少女に駆け寄る。



「ちょっと、あだっちー!? 大丈夫?」



 彼女は『TKY23』の一人、足立区担当魔法少女のあだっちー。


 随分前に開催された、南関東と東京二十三区の合同魔法少女懇親会で顔を合わせたことがある。



 ちなみに懇親会は、散々こちらを小バカにしてくる二十三区の連中に対して、薙子がぶち切れて鉄パイプを振り回したもんだから、第二回以降が企画される予定はなし。



「いったぁ……って、げぇ!? 南関東魔法少女じゃない! なんでここにいんのよ!?」


 あだっちーが、すごい顔でこっちを見てくる。



「げぇってなんだよ!? 人が心配して来てやったってのに!」


「余計なお世話よ! 気安く触んないでよね、運気が下がるから!!」


「なんだよ運気って!? 人のことを疫病神みたいに!!」


「実際そうでしょーが! こっちじゃ有名よ? 南関東の連中は変質者ばっかり相手にしてる、軽犯罪専門の魔法少女だって! こっちは常に、世界の危機と戦ってるんだからね! ロックダウンしてほしいわ、ほんと」


「誰が好きで変質者なんて相手にするか! ぶっ飛ばすぞ!?」


「ほのりん! 言い争いしてる場合じゃないでしょっ!!」



 あだっちーに掴みかかりそうになったわたしを制して、雪姫が声を上げた。


 そしてビシッと――あだっちーを吹き飛ばした相手を、指差す。



「夜空に輝く一番星は、不敵に無敵なナンバーワン! 最強の乙女、我が名はリバイバルトップ」


「今日もあなたを食べちゃうお★ リバイバルイーター!」



 余裕めかしてポージングなんて決めながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくるのは――見知った二人の魔法少女だった。



 緒浦おうら雛舞ひなむこと、リバイバルトップ。

 穂花本ほかもと風仁火ふにかこと、リバイバルイーター。


 キューティクルチャーム第八十九番目の敵組織――『ミッドナイトリバイバルカンパニー』の擁する、再雇用魔法少女ミッドナイトリバイバルの二人。



「ありゃ、ほのりさんと雪姫さんじゃん? なんで足立区にいんの?」


 トップが小首をかしげつつ、両手に持った魔法のフラフープを、くるくる器用に回す。



「ま、いいや。それより、邪魔しないでよね? うちは今、足立区魔法少女とタイマン張ってるとこなんだから!」


「くっ……」



 あだっちーが地べたに尻もちをついたまま後ずさる。



「あれ? ひょっとしてもう、戦闘不能な感じ? さっすが、うち! 魔法少女のトップに立つ存在だよね!!」


 イーターのことを一瞥して、無邪気に笑うトップ。


 そんなトップの頭をぽんぽんと撫でてから、イーターは一歩前に踏み出した。



「あだっちー。変身を解除して、貴方の持っている変身アイテムを渡すんだお」


「そ、そんなことできるわけないでしょ! 変身アイテムは、魔法少女にとって何より大切なもの! 誇り!! それだけは意地でも――」


「ホワイトフープ!!」



 トップが左手に持った白いフラフープを、あだっちーの方へとかざす。


 瞬間――凄まじい勢いの水刃が、あだっちーの左右の地面を吹き飛ばした。



「次は当てるよ? それが嫌なら、おとなしくイーターに従いなって」



 ……なんだ?


 なんだ、このやり取りは。



 こんなの、まるで――『悪者』のやり方じゃないか。



「……ん? なぁに、ほのりさん? あだっちーの前に立ちふさがっちゃってさ」


 トップが、きょとんとした顔をする。



 そんな彼女を睨みながら――わたしはあだっちーを庇うように、両手を広げた。


 ギュッと唇を噛み締めて、わたしは声を張り上げる。



「なんで……なんでこんなことをするんですか、イーター! こんなの……こんなの、魔法少女のやることじゃない!!」


「革命には犠牲がつきものなんだお、ほのり」


「そういうことでござるぱお」



 まるで背景のように、イーターたちの背後に鎮座していた妖精インド象のパオンが、重々しい口調で告げた。



「魔法少女を倒し、二度と変身できないようにして、世界中から魔法少女を一掃する……それが『ミッドナイトリバイバルカンパニー』の計画の、第一歩となるぱお」



 ――パオンと風仁火さんはかつて、魔法乙女隊エターナル∞トライアングルの妖精と、魔法少女だった。


 いい加減極まりないお母さんと。


 ドン引くレベルで冷酷無慈悲な塔上とうじょう先生に。


 文句を言ったり、胃を痛くしたりしながら……一生懸命、魔法少女の役割を遂行してたっけ。



 だけど、今は――。



「雪姫! 戦う準備はオーケー?」


「もっちろんだよ、ほのりんっ! ゆっきーたちが先輩たちの目を覚まさせてあげないと、だもんね?」



 わたしと雪姫は顔を見合わせて頷きあうと、それぞれの変身アイテムを構えた。



「キューティクル勾玉エナジー! チャームアップ!!」

「キューティクルミラーエナジー! チャームアップ!!」


 呪文の詠唱とともに、謎変身空間が展開され、二人の服が弾け飛んだ。



 さぁ、絶望の時間だ。



 わたしが勾玉に口づけると、泡のカーテンが噴き上がる。その裏で急いで衣装を着込むと、黄色のリボンを頭に巻く。勝手に伸びた髪の毛は、サーモンピンクに染め上がる。



 雪姫は用意されたカーテンの裏側で、衣装を着替え終わると、白銀のティアラを頭に添える。瞬間的に腰元まで髪が伸びて、雪色のツインテールへと変化する。



 チャームサーモン。


 ふりふりのミニスカートに、ブレザーを模した形状のマントを羽織った、年甲斐もない魔法少女。



 チャームパウダースノウ。


 水色のコスチュームに白のハイヒール。きらきら輝く白銀のティアラなんてかぶって、まるでお姫様みたいだけど、男のな魔法少女。



「戦う準備……って、言ったよね?」


 リバイバルトップが瞳を爛々と輝かせながら、わたしたち二人を交互に見る。



「それって、うちらの邪魔をするために、戦いを挑むってことで……いいんだよね?」


「……その解釈で、かまわないわ」



 わたしは魔法の洗剤スプレー『マジック☆凛々』を片手に持って、毅然とした態度でリバイバルトップを睨みつける。


 そして視線を、リバイバルイーターへと動かして。



「第八十九番目の敵組織『ミッドナイトリバイバルカンパニー』――その野望、この魔法少女キューティクルチャームが、今日もシュシュッと……お掃除してやるから!」



 魔法連盟アルスマギカは、決して清く正しい組織なんかじゃない。


 むしろ真っ黒で、邪悪で、法的に裁いてほしいくらいだけど……。


 そこで頑張ってる魔法少女たちに、罪はないから。



 そんなみんなを、力尽くでねじ伏せていくなんて、絶対に――『正義の魔法少女』がやることじゃないから。



 止めなくっちゃ、いけないでしょうが!!



「アドレナリン全開で行くよ、パウダースノウ! 薙子たちが来れば、数の上ではこっちが有利!! それまで持ちこたえて――」


「あたしなら、もういるぞ」



 まさにミッドナイトリバイバルの二人に向かって、飛び出そうとした矢先。


 わたしの背後から、聞き慣れた幼なじみの声が聞こえてきた。



「薙子!」



 緑色のカラーリングをしたバイクからひらりと降りると、薙子はヘルメットを脱いだ。


 ふぁさっと、長くて艶やかな黒髪が流れ落ちる。



「キューティクルソードーエナジー! チャームアップ!!」



 磨りガラスにシルエットを映しながら、薙子は手早く着物を身に纏う。髪の毛の色は、瞬間的にオレンジ色へと変化する。



 チャーム番長。


 肩と胸元を大胆に露出させた着物を着込んで、背中には鉄パイプを構えている、物騒な魔法少女。



「ちょうどいいわ、番長! ディアブルアンジェの二人が来るまで、キューティクルチャーム一丸となって、ミッドナイトリバイバルと戦うわよ!!」



 わたしは現役魔法少女のリーダーとして、凜とした態度で言い放った。


 パウダースノウは破顔しながら、頷いてみせる。



 そして、番長は――――。



「悪いな、サーモン。それは、できない」



 ぽつりと、独り言ちるように呟いて。


 背中から抜き放った鉄パイプを――わたし目掛けて、振り下ろした!

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