も~っと! 2-5「誰があんなコレステロール値の高い魔法少女バカと」

 そして週が明けて。


 わたしはいつもどおり、化け蛇を付き従えつつ、雪姫ゆきひめと登校していた。



「やっほぉ、みんなぁ! 今日もぉ? ゆっきーとほのりんの、登校タイムだよぉ!!」


「ゆっきぃぃぃぃぃぃ! ゆきゃああああああああ!!」

「ほのりぃぃぃぃぃん! ほああああああああああ!!」



 うるせぇ、朝っぱらから騒ぐな!


 校庭でサイリウムを振りながら、オタ芸を披露しはじめるイカれたメンバーたちに、わたしは心底げんなりする。



「雪姫! あんたはいい加減、学校で騒ぎを起こすのをやめろ!! わたしがどれだけ迷惑してると思ってんだ!」


「だいじょーぶっ! そのうちその恥ずかしさも、快感に変わるから!! 注目されることによって、ぞくぞくする身体に変わっちゃうから!!」


「何も大丈夫じゃないな!? そうなる前に、わたしは舌を噛み切って死んでやるね!!」


「ふふふ、今日もほのりんはナーバス思考だね★ だけどそんな闇を抱えたほのりんもぉ、魅・力・的!!」



 ダメだこいつ。早くなんとかしておくべきだった……。



「なぁ、教えてくれ有絵田ありえだ。どうして貴様は、私をそんなに苛立たせる? それが貴様の魔法なのか? 人を傷つけ、貶めて、罪に溺れるのが貴様の魔法なのか? それならば、私がはっきりと告げてやろう……いっぺん、死んでみろ」



 下駄箱の方から、有無を言わさぬ暴言が飛び掛かってきた。


 気の弱いわたしは、そんな言葉の暴力にキリキリッと胃が痛くなる。



「と、塔上とうじょう先生……」


「光る棒を振っている、貴様たちもだ。鉛筆を光る棒に持ち替えて、勉学を放棄しながら一生をその冴えない眼鏡女に捧げるのだな。棒は光っているが、貴様らの未来には暗闇しかないぞ」



 校庭に向かって冷酷な口調で告げる塔上先生。


 途端に、これまでイキり立っていた連中が、いそいそとサイリウムを仕舞いはじめる。


 さすがは『絶対零度』塔上先生。

 人の心を一気に凍らせることに掛けては、右に出る者がいないわ。



「もぉ、塔上先生ってばぁ。ゆっきーたち魔法少女にとって、声援は命! これからの魔法少女活動にも関わる、重要なイベントなんですよっ?」


「し、しかしだな雪姫……勉学に差し障る行動を、教師として止めないわけには……」


「ご安心くださいっ! ちゃーんと理事長の許可だって、取ってあるんですからっ★」



 まーた許可出したのか。女装孫に対する管理が甘すぎるんじゃねーの、理事長さまぁ?


 それに、塔上先生も塔上先生だ。


 わたしのことはボロ雑巾みたいにけなすくせに、理事長の孫には強く出ない。


 結局、世の中は権力がすべてなんだって、ありがたい教育を受けてますよ。ふざけんな。



「ま、まぁ。それはそれとしてだな……」


 歯切れ悪く話を逸らすと、塔上先生はにやりと、嫌な笑みを浮かべてきた。



「一度辞めたのに、また魔法少女になった、酔狂な奴がいると聞いたぞ。まったくどんな思考回路をしていたら、そんな結論になるのだろうな?」


 ああ。お母さんに聞いたんだな、風仁火ふにかさんのこと。



「……塔上先生は、風仁火さんのその決断を、どう思うんですか?」


「魔法少女バカ」



 端的な言葉で一刀両断すると、塔上先生は深く嘆息した。



「あいつは昔からそうだった。魔法少女というものに夢を見て、私や麦月むつきにもあいつの考える、『魔法少女としてあるべき姿』とやらを押し付けてきた」


 そう言って、どこか遠い目をする塔上先生。



「無論、私はそんなものに興味がなかったからな、すべて断ってやったが。そのたびにねちねちと文句をつけてきて……本当に、面倒な女だったよ」


 ――その塔上先生の態度が、ここまで風仁火さんを思い詰めたんじゃないですか?


 そんな言葉が喉元まで出掛かったけど、オクテでビビりなわたしは、ギリギリのところで呑み込んでしまう。


 だけど――――。



「そういう塔上先生の態度が、ここまで風仁火さんを思い詰めたんじゃないですか?」



 きっぱりと。


 わたしの言いたかったことそのままを、雪姫が代弁してくれた。


 いつものニコニコ笑顔な雪姫じゃない……ちょっと怒った表情で。



「かもな」


 意外にも素直に、塔上先生は認めた。



「風仁火を追い詰めたのは、確かに間違いなく私だろう。私にはあいつが期待するようなやる気は、まるでなかったからな。一緒に魔法少女をやっていて、奴が満足できることなど……何ひとつなかっただろうと自覚はしている」


「塔上先生……」


「麦月もそうだな。あいつの子育て重視のスタンスも、風仁火にとっては納得のいくものではなかっただろう。そういう意味では、エターナル∞トライアングルに選ばれたこと自体、風仁火にとって不幸以外の何物でもなかったな」


「……塔上先生は、悔やんでるんですか? 風仁火さんと、仲良くやれなかったことを」



 ひょっとしたら塔上先生も、風仁火さんと仲良くやりたかったんじゃないのかな?


 三人で力を合わせて、円満な魔法少女人生を送りたかったんじゃないのかな?


 そんな風に思うと、なんだかこの厳しい先生にも、優しいところがあるような気がしてきて――。



「悔やむ? 冗談じゃない。誰があんなコレステロール値の高い魔法少女バカと、仲良くやりたいと思うか」



 塔上先生が、吐き捨てるように言った。


 ちょっとぉ!? わたしのモノローグ、かんっぜんに台無しなんですけど!!



「私はエターナル∞トライアングル時代のことを、ただの黒歴史としか認識していない。麦月とも風仁火とも、今さら仲良くしたいなどとは微塵も思わないな。むしろ、できる限り縁を切っていきたい方針だ」


「えー? なんかそういうの、寂しいですっ!」



 雪姫がぶりっ子ポーズを決めながら、上目遣いで塔上先生に抗議する。



「だって、せっかく同じ時代に魔法少女をやれた仲間なんですよ? 仲良くできた方が、ぜーったい楽しいじゃないですか★」


「……バカらしい」


 雪姫からふいと視線を逸らすと、塔上先生は先に校内へと入っていった。



 ……やっぱり、魔法乙女隊エターナル∞トライアングルの仲は、最低最悪。



 もはや修復不可能な関係の悪さに、なんだかわたしまで暗い気持ちになっちゃう。



「……まぁ」


 そんな感じで、ちょっとだけナーバスになっていると。


 塔上先生が、誰にともなく――ぽつりと呟いた。




「あいつの方から謝罪してくるのなら……考えてやらなくも、ないがな」

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