マジカル★エピローグ

マジカル★エピローグ#「大切な友達」

 女子高生連続ヘッドバンギング事件が解決してから、一夜明けて。


 わたしはいつもどおり、ニョロンを引き連れて学校へと登校していた。



 っていうか生きてたのね、この蛇妖精。


 昨日、黒墨くろすみにやられて蒲焼きになってたのに。そのまま食っておけばよかった。



 ちょっと残念に感じつつ、わたしは教室の前扉を開ける。



 そこには――。



『マジカルガール・有絵田ありえだほのり! 87番目の敵組織を、華麗に撃退!!』



 はいはい、知ってた知ってた。


 黒板にでかでかと書かれた嫌がらせ文を見て、わたしはがくりと下を向く。



「キューティクルチャームのこれまでの功績とおおおおおおおお! これからの活躍を祈念してええええええ!!」



 特攻服を羽織り、はちまきを巻いた坊主頭のあほ・雉白きじしろくんは、教卓の上に飛び乗ると『CCキューティクルチャーム』と印字された旗を振りはじめた。


「フレええええええ、フレええええええええ、ほ・の・りぃぃぃぃ!! フレーフレーほのりぃぃ! ラブリーラブリーほのりぃぃぃぃ!! ブルマ穿いてええええええええ!!」


 穿かねーし。



 っていうか何を大声で叫んでんだ、このバカ。

 応援はお前の性癖暴露大会じゃねーんだよ! せめて魔法少女の活躍を讃えろよ!!



「……ほのーり。ここにブルマがあるにょろ」


「ついにトチ狂ったかこのクソ蛇が」


「いつも応援してくれてるファンに、せめてものサービスにょろ。地味な眼鏡女のブルマ姿に需要があるかはさておき、欲求不満な男子たちに対して少しでも夢とロマンを――」


「うおおおおおお、ニョロンさん! 神すぎるぜええええええええええええ!!」



 第八十八番目の敵組織『ニョロンと愉快な応援団』とか認定してぶちのめしたら、怒られるのかなぁ。


 ㈱エビルランジェリーとか電脳ライブハウスと、言動は対して変わんねーんだけどな。



「……うわぁ。有絵田さん、あれ穿くのかな?」


「不人気だからって必死だよね。そんなに魔法少女やりたいのかねぇ?」



 クラスの後ろの方からひそひそと、心無い女子たちの声が聞こえてくる。


 やりたいわけないだろうが!

 文句あるなら代わってくれよ。いつでも喜んで譲り渡してやるよ、こんな役回り。


 ふつふつと沸いてくる怒りを抑えつつ、わたしは変質者まがいの応援団どもから目を逸らした。



「…………」


「……あ」



 逸らした視線の先にいたのは――昨日まで友達でいてくれた、まどかまりかちゃん。


 この間までだったら「やめなよ、男子!」なんて止めに入ってくれてたんだけどね。


 けれど今の彼女は無表情なまま、わたしの方をじっと見つめているだけ。



「……有絵田さん、本当に魔法少女がお好きなんですね」

「ほんと、趣味悪い」

「ぽむ。ぽむぽむ」

「仲良くなりたかったけどさぁ。ちょーっと話が合わなそうだよな。なぁ、まりか?」


「……知らない」



 まりかちゃんは唇を軽く噛んで、わたしから視線を外す。


「勝手にすればいいんじゃん? ほのりちゃんには、雪姫ゆきひめくんたちがいるんだから。私たちがいなくたって……楽しくやっていけるでしょ」



 ……ごめんね、まりかちゃん。


 あなたたちと過ごした普通の女子高生らしい毎日――ご飯食べながらお喋りしたり、一緒に買い物に出掛けたり。とっても楽しかったよ。ありがとう。



 でもね。


 罰ゲームみたいな魔法少女ライフだけど、そこで一緒に頑張ってるあいつらは、確かにわたしにとって大切な友達だから。



 それを捨てることだけは、できないんだ。



「……あーあ。明日からご飯、どこで食べよっかな」


 体育の時間も鬼門だな。二人組作れとか、日本の教育方針はどうかしている。


 なんて――応援団の騒々しい喧騒をBGMにして、物思いに耽っていると。



「……反省のないガキは、嫌いだよ」



 バナナで釘が打てそうなほどに、教室の温度が急激に低下した。


 扉を開けて教室に入ってきたのは、『絶対零度』塔上とうじょう先生。



「雉白、十秒やろう。その間にその旗を片付けて、特攻服を脱いで、はちまきを外して、その頭をまっとうな人間の回路に入れ替えてこい。できないなら、死ね」


 先生! 雉白くんの頭は、もう手遅れだと思います!!


「まぁいい。雉白のために時間を使うのも癪だ。出欠を取るから、席につけお前ら」



『絶対零度』の号令に、クラスの全員が慌てて席につく。


案の定、旗を仕舞うのに手間取った雉白くんは、塔上先生に命じられて教室の外へと姿を消した。そのまま一生、帰ってこなければいいのに。



「では出欠を取るぞ。赤木ー、新井ー、魔法少女ー」


 …………ん?


「おや、聞こえなかったか? 魔法少女ー。魔法少女ー。ああ。チャームサーモンと呼ばなければ駄目か。しかし、魚臭い名前だな」



 うるせぇ、わたしも後悔してんだからサーモンをディスるのはやめろ!!


 っていうか何よ、出欠取るのに魔法少女呼ばわりって。いくら魔法少女嫌いだからって、こんな仕打ちが許されていいの!?



「魔法少女ー。いないなら欠席扱いにするが、構わんか?」


「……はい。います」



 わたしは机に突っ伏したまま、すっと手を上げる。


 くすくすと教室中から小さな笑いが起こる。



 あーあ。これ、いじめとかで教育委員会に訴えたら勝てないかなぁ。



          ●  ●  ●



 そんな、相変わらず胃に悪い学園生活を送り、下校時間になった。


 まりかちゃんたち五人が固まって、お喋りしながら教室を出て行く。


 その背中を見送って、わたしは教室の扉を――。



「ゆっきー! ゆっきー! ゆきいいいやあああああああああああああ!! いやああああああああ!!」


 閉じた。


「ちょっとちょっとぉ。ほのりん、どうして教室に逆戻りするのさぁ」


 ガラリと扉を開けて、制服姿の雪姫が不満げに唇を尖らせてきやがった。


「なんでって、決まってんでしょ。あんたが繰り広げるバカ騒ぎに巻き込まれたくないからよ」


「えー。いいじゃんっ。二人でみんなを盛り上げちゃおうよ★ ほら、場はゆっきーが温めておいたからさっ!」



 そう言って雪姫は、サイリウムを持った男子軍団に向かって、両手を大きく広げた。



「それでは、みんなー。ゆっきーのパートナーにして、魔法少女のリーダー……ほのりんの登場だよぉ! みんなで手を鳴らして、呼んでみよう★ そぉれ、ほーのりん! ほーのりん!!」


「ほーのりん!! ほーのりん!! ほーのりん!! ほーのりん!!」


「いやああああ!? なんの嫌がらせなのよ、雪姫ぇ!!」



 手拍子とともに連呼される自分の名前に、わたしは小っ恥ずかしくてその場にしゃがみ込んだ。


 しかし当の雪姫はどこ吹く風。


「ありがと、みんなっ★」なんて、ぶりっ子アイドルみたいな調子でファンどもを盛り上げている。


 あーあ。本当にこいつは、いっつも迷惑ばっか掛けやがって……。



「っていうか、雪姫。そんなことしてる場合じゃないでしょ。放課後は薙子なぎこたちと待ち合わせって約束だったじゃないの」


「分かってるよー。じゃあ今日はここら辺でお開きってことで!!」



 湧き上がるブーイングの嵐。


 しかし雪姫は慣れた調子でそれをいなすと、鞄を片手に持った。



「じゃ、ほのりん。ニョロちゃん。行こっ!」


「にょろーん。楽しみにょろねー」


 そう言って歩き出す雪姫とニョロン。


 その後ろ姿を見つめながら、わたしはやれやれと嘆息する。



「ほーら、ほのりん。置いてっちゃうよー」



 口元に手を当てて、雪姫が乙女な仕草でわたしのことを呼んでくる。


 その姿にふっと、『みっちゃん』の姿が重なる。



 ――――ほのちゃーん! こっちこっちー!!



 あの頃とは、性別とかそういう次元からおかしくなっちゃった雪姫だけど。

 瞳の色だけは、変わらない。


 わたしを優しく見守ってくれる、その瞳だけは。



「……はいはい。ちょっと待ちなさいよね」



 わたしは早足で、雪姫の隣に駆け寄る。


 雪姫は満面の笑みを浮かべて、わたしの腕にぎゅっと抱きついてくる。



「だーから。鬱陶しいからやめなさいよ」

「やーだよ。だってゆっきーはぁ、ほのりんのことがぁ、好きなんだもん★」



 いつもどおりのやり取りをしながら、わたしたちは校舎を後にする。


 真っ赤に染まった夕焼けの空は、なんだかとても綺麗だった。



          ●  ●  ●



 百合紗ゆりさちゃんの家に到着すると、わたしは豪奢なその建物の呼び鈴を鳴らした。


 迎え入れてくれた百合紗ちゃんのお母さんは、嬉しそうにわたしたちを部屋へと案内してくれる。


 コンコンと、部屋の扉をノック。



「お邪魔するわよ、百合紗」



 ――言っちゃった。言っちゃった!


 正式に後輩になったわけだし思い切って呼び捨てにしてみたんだけど、引かれてないかな、どうかな。


「調子乗るんじゃねーっすよ、タコが」とか言われたらどうしよう。

 友達少ないから距離の詰め方が分かんないぜ、ちくしょう。



「どもっす。ほのりさん。雪姫さん。蛇さん」



 ガチャリとドアが開き、百合紗がわたしたちを招き入れてくれる。


 うへぇ。引かれるどころか、「ほのりさん」なんて名前で呼ばれちゃったよ。無意味にテンション上がるぜ!


 部屋に入ると、そこには既に集合していた薙子・もゆ・ガブリコの姿があった。



「まぁ適当に座ってくださいっす。飲み物はそこにペットボトルがあるんで、適当に」



 Tシャツにデニムのショートパンツという相変わらずラフな格好で、百合紗は縛った前髪を揺らしつつ、パソコンの前の椅子に腰掛けた。


 残る人間四人は、カーペット敷きの床に腰掛ける。

 怪物であるところのニョロンとガブリコは、案の定というか薙子に威圧され、ビクビクと扉の前で正座なんかしている。



「ふふーん♪ しかし、学校帰りにみんなで家に集まるなんて、まさに友達って感じですね。ほのり先輩!」


 紺のワンピースに漆黒のケープを纏ったもゆが、嬉しそうに鼻唄なんて歌う。


 その神の子とは思えない、中学生らしい無邪気な反応に、わたしはぷっと吹き出す。



「……なんですか、ほのり先輩。先輩だってもゆと一緒で他に友達いないんだから、素直に喜んだらどうなんです?」


「う、うっさいわね。と、ととと友達くらいいるわ! それに魔法少女の会合なんて、素直に喜べるわけないでしょうが」


「素直じゃないな、お前も」


 薙子が達観したように呟く。


「まぁまぁ。そんな言い争いしてないで、全員集まったんだから早くはじめようよっ★」


 そう言って雪姫が、各々の紙コップにジュースを注いでいく。



「では、皆さん――準備はよろしいですか?」


 全員にジュースが行き渡ったところで、もゆが立ち上がって「えへん」と胸を張った。



「それでは今日は、殲滅魔天せんめつまてんが二人になった記念。血の盟友・ユリーシャがもゆたちの仲間になってくれた記念のパーティーなのですよ! 皆さん、楽しく盛り上がるのです。さながらここは桃源郷。前世よりの赤き繋がりを、どうぞ存分に堪能――」


「……ばーか。何言ってんのよ」



 つらつらと中二病な口上を述べるもゆを、わたしが遮った。


 突然のことにきょとんとして、もゆは紙コップを持ったまま立ち尽くす。



「なんなのですか、ほのり先輩? いくらリーダーとして仕切りたいからといって、後輩の挨拶を邪魔するのは恥知らずなのですよ?」


「違うわよ。今日がなんの日か、よく考えなさいって言ってんのよ」


「はい? だから今日は殲滅魔天が二人に……って。え?」



 ようやくピンときたらしいわね。


 そんなもゆの様子を見て、百合紗がゴソゴソとパソコンラックの下を漁りはじめる。


 そして取り出される――大きな白い箱。



「ほら、開けるといいっすよ。もゆ」



 ぶっきらぼうに言い捨てて、百合紗は箱をもゆに押し付ける。


 もゆはおそるおそるといった調子で、その箱を――開けた。



『ハッピーバースデー◆もゆ』



 出てきたのはそんなホワイトプレートの乗せられた、チョコレートケーキ。



「あ……え……まさか、じゃあ今日は、もゆのために……?」


「ふっふふー。百合っぺの発案なんだよっ★ せっかくの誕生日だから、もゆちんのことを祝ってあげたいって」


「引きこもりのくせに、自分で買いに行くって聞かなかったからな」


「わ、わわわ! 雪姫さん薙子さん、それは言わないでって言ったじゃないっすかぁ!!」


 百合紗は顔を真っ赤にして、二人の口を塞ぎにかかる。



「ユリーシャ……」


「えーあー……まぁ、一応パートナーになるわけっすし? これからもよろしくってことで……」


「ユリーシャ!」



 感極まって涙まで浮かべたもゆが、百合紗にぎゅっと抱きついた。

 百合紗は気恥ずかしそうに頬なんて掻きながら、されるがままになってるし。


 ……ったく。見てるこっちが、恥ずかしくなるわ。



「はいはいー。それじゃあ、ロウソク並べよっ? 薙ちゃん、ライター持ってる?」

「ん。任せろ」


「ほら、もゆ。あんたは主役なんだから、真ん中に座んなさいよ」

「はい、なのです!」


「にょろーん。それじゃあミーたちも一緒に……」

「おっと、手が滑った」

「ぎゃー!? なーぎのライターが鼻に、鼻にぃ!!」



 相変わらず騒がしい仲間たちに嘆息しつつ、わたしは百合紗に話し掛ける。


「そういや、ジャスミンとしての活動はこれからも続けんの?」


「当たり前っすよ。大ヒットについては黒墨くろすみの洗脳音波のせいでしたけど、きっとジャスミンの歌を楽しみにしてくれてる人はいるはずなんす。その人のためにも、自分は毎日新曲をアップし続ける。そう――家に篭って」


 魔法少女になっても引きこもりは変わらないのか、こいつは。


 果たしてきちんと出動してきてくれるのか、若干心配なんですけど……。



「まぁでも、今日くらいはジャスミンをお休みしようかなって、思うっす」



 そう言って立ち上がると、百合紗は付けっぱなしにしていたパソコンの電源を落とす。


 そして頬を桃色にして喜んでいるもゆを見て――ぽつりと呟くのだった。




「今日は自分の……大切な友達の、誕生日パーティーっすから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る