第86話 手の内


 俺が愛用する魔法のひとつに、《爆発罠》というものがある。


 定点設置式であるこの魔法は、その名の通り罠として使用するものだ。

 特定の位置にこの魔法を使うと、そこに爆発する罠が仕掛けられる。起爆の方法は二通りあり、術者がそう念じるか、外部からの衝撃を受けて自動的に爆発するかだ。

 残念ながらこの二つの条件は自由に選択することができず、起爆のタイミングを完璧にコントロールできるわけではない。しかし、それでも魔力さえあれば爆弾を仕掛けられるというのだから、十分強力な魔法と言えるだろう。糸や感圧板を組み合わせて衝撃を感知させることも可能だ。


 機関の兵士だった頃、俺はこの魔法を教官に教わった。

 最初は一般的な使い方を教わっていたが……途中で教官が、俺の魔法即応力と魔法制御力の高さに注目し、《爆発罠》の特殊な使い方について提案してきた。


 恐らくこの技を使用できるのは、王国でも俺一人だろう。

 なにせ使い方を考案した教官ですら、そのあまりの危険性に物怖じし、習得を諦めたのだから。


 ――《即席爆弾インスタント・ボム》。


 それは、想像を絶する破壊兵器となった。


「ぐ、う……ッ!?」


 ただの石ころだった筈の物が途端に爆発したことで、オズは勢い良く後方へ吹き飛んだ。

 砂塵の中、ゆっくりと起き上がったオズは、呻き声を発しながら目を見開く。


「今、のは……」


「《爆発罠》だ。お前も良く知っている魔法だろう」


 ポケットから、石ころを取り出して言う。


「もっとも――使い方は工夫しているがな」


 再び石ころをオズに投げる。

 宙で放物線を描くそれらは、また激しく爆発した。

 咄嗟に《靭身》を発動したオズは素早く後退し、直撃を免れる。


「まさか……石を投げると同時に、《爆発罠》を発動しているの?」


 伊達に元機関の兵士ではない。一瞬でタネを見抜いたようだ。

 こちらの無言を、オズは肯定と受け取り――驚愕した。


「ば、馬鹿じゃないの!? そんなの、一瞬でもタイミングがズレたら、自分が吹っ飛ぶじゃん!?」


「そうだな。……実際、これを身に付けるまで、何度も腕を吹っ飛ばした」


 触れているものを爆弾に変える。それが《即席爆弾》という魔法だ。


 これは《爆発罠》を独自にアレンジした魔法である。

 元々爆発罠は、衝撃を受けると同時に爆発する定点設置式の魔法だ。俺はこの魔法を石ころに掛け、投げると同時に完成させている。


 魔法を完成させるタイミングが僅かでも遅れると、ただの石ころを投げていることになるし、逆にタイミングが早すぎると投げる時の衝撃ですぐに爆発してしまう。《即席爆弾》の肝は、対象が自分の手から離れる瞬間を狙って、寸分の狂いもなく魔法を完成させねばならないことだ。


 当然、最初は何度も失敗した。俺の腕はかれこれ百回近く吹き飛んでいる。その度に、機関の優秀な治癒魔法使いに治してもらっていた。

 しかし、習得した甲斐はあったと言えるだろう。


 ――《魔弾》。


 急所に直撃させれば、大抵の敵を一撃で殺すことができる魔法だ。

 オズの額目掛けて放った《魔弾》は、射線を読まれていたのか紙一重で避けられる。


 ――《瞬刃》。


 同じく、こちらも条件さえ整えば一撃で敵を殺せる魔法だ。

 近接武闘式の《物質化》をアレンジしたこの魔法を習得できる者は少ない。流石にこの魔法はオズも見慣れていないのか、対処に手間取っている。

 それでも、殺しきれなかった場合は――。


 ――《即席爆弾》。


 手当たり次第、傍にあるものを爆弾に変えて放り投げる。

 爆風が砂塵を巻き上げ、視界を埋める。その間に俺は体勢を立て直す。


 後はまた、最初からやり直しだ。

 基本的にはこのループで、敵を倒すことはできる。


「あぁああああぁああぁあああああ――ッッ!!」


 だが、オズはその基本には当て嵌まらない。

 至近距離で爆発を受けたオズは、幾つもの砲撃を放った。


「そんなもので、ボクを倒せると思うなッ!!」


「……思ってねぇよ」


 一発一発が形勢逆転の威力を持つ砲撃。

 こればかりはどうしようもない。


 ――分かっていたことだ。


 どう足掻いても、人には向き不向きというものがある。

 暗殺・奇襲の術を鍛え続けてきた俺に対し、オズは強襲の術を鍛え続けてきたのだ。土壇場でその差を覆すことは難しい。


 本当は、こうやって一対一で戦っている時点で俺に勝ち目はないのだ。

 今、俺がやっていることは、ただの悪あがきに過ぎない。


 真正面から迫る砲撃を避けていると、いきなり頭上からも砲撃が降ってきた。《即席爆弾》で砂塵が巻き上がった時、あらかじめ弾を上空へと放っていたらしい。


「ちっ」


 舌打ちしながら、上空目掛けて《瞬刃》を閃かせる。

 降り注ぐ魔力の塊を、暴発するよりも早く斬り伏せていく。これで頭上からの砲撃――《流星砲》は対策できる。


 手数は向こうに分がある。ならこちらは一撃の確実性に拘るしかない。

 肉を切らせて骨を断つ。その覚悟で俺は、《魔弾》を放った。


「ぐっ!?」


 オズの左足を《魔弾》が撃ち抜いた。

 だがこちらも正面からの砲撃を避けきれず、傷を負う。


「足が、潰れたって――ッ!!」


 オズがTD02を地面に向けた。

 砲撃が放たれると同時に、オズの身体が宙に浮いてこちらへ肉薄する。――砲撃を推進力に使った移動だ。


 対応が遅れ、オズの接近を許してしまう。

 咄嗟に《靭身》を発動して、迎撃しようとするが――その前に、オズは俺の額へTD02の先端を突きつけていた。


「……勝負、あったね」


 片膝をつく俺を、オズは肩で息をしながら見下ろした。


「腕が鈍ったって言ったのは、撤回してあげる。……そのコンディションで、ここまで戦えたのは凄いと思うよ」


「……そりゃどうも」


 こちらは睡眠すらままならない極限状態での戦闘だ。コンディションが最悪だったことは否めないが、実戦でそのような文句は通用しない。コンディションの管理も戦いに含まれる。


「尋問は苦手だから、一度しか訊かない。――ミゼは何処?」


 オズの冷たい眼が俺を睨んだ。

 だが俺は――薄く笑う。


「わざわざ俺が、言う必要はない」


「……はぁ?」


「すぐに分かる」


 残念ながら俺はもう動けそうにない。顔を伏せ、息を整える。

 その時、オズは俺の左手首に装着されている黒い腕輪を見た。


 BF28。

 それは、俺にとっての切り札である魔法具だが――。


「それ……まさか、偽物――」


 黒い腕輪の造形に、違和感を覚えたオズが言う。


 ご明察。しかし、もう遅い。

 この黒い腕輪はBF28ではなく――村の露店で購入した、ただのアクセサリである。




 ◆




 凡そ十分間。

 ミーシェリアーゼ=アルケディアは、トゥエイトとオズの戦いを見守っていた。


『俺が一発狙撃した後、すぐに腕輪を交換する』


 十分前。

 トゥエイトはそう言って、自身の黒い腕輪と、ミゼが持っている村で購入した腕輪をそれぞれ指さした。


『すり替えるだけなら、《物質化》で腕輪を作った方が早くないですか?』


『いや、《物質化》で作った物体は、集中を切らすと簡単に崩れてしまう。本気で騙すなら実物の方がいい』


 トゥエイトの説明に、ミゼは納得して頷いた。


『腕輪を交換した後、ミゼは所定の位置につき、いつでも狙撃できるよう準備を整えておけ。……狙いは、あの小さな岩だ。あれに射線を合わせてくれたらいい。俺はその射線上にオズを誘導してみせる』


 地平線の先にある小さな岩を、トゥエイトは指さす。 


『間違っても自分でオズを狙おうとするな。下手に照準をずらすと――』


『――分かっています』


 ミゼは神妙な面持ちで頷いた。


『私は、私にできることを全うします』


 こうして作戦会議が終わった後、トゥエイトとオズは交戦を開始した。

 その間、ミゼは土を被って俯せになり、ひたすら気配を殺していた。


 どれだけトゥエイトが傷ついても。

 ミゼは心を鎮め、己の役割だけを全うすることに集中していた。


 BF28の『遠視晶』は、ずっと地平線の先にある岩を映している。

 だが、次の瞬間――『遠視晶』の中心にオズが現れた。


 ――狙いをつける時は両目を開け。


 トゥエイトの教えを思い出しながら、ミゼは両目を開く。


 ――深く呼吸しろ。


 吸った酸素が、全身の末端まで巡るイメージを思い浮かべる。

 引き金に、そっと指を添えた。


 ――肺に溜めた酸素を、半分ほど吐き出したところで呼吸を止める。


 揺れ動く身体が、ピタリと静止する。

 暫くすると、ドクン、ドクン、と鼓動の音が聞こえてきた。


 ――鼓動と鼓動の合間。


 肉体が、最も静謐な状態であるその瞬間に――。



「引き金を、引く」



 パン、と小さな音が響くと共に。

 一発の弾丸が、オズの身体を撃ち抜いた。


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