第47話 不正疑惑

 カウンターの近くで暫く待っていると、受付嬢から呼び出しを受けた。

 俺たちはそれぞれ、魔法力の試験結果を記した用紙を受け取る。


「ふーん。ま、今はこんなものね」


 エリシアが手元の用紙を見ながら言う。


「全員で見せ合おうぜ」


 グランの提案に俺たちは同意した。

 全員、同時に用紙を開いてみせる。


 グランとエリシアは自信に満ち溢れた様子で。

 一方、ミゼはこの世の終わりみたいな顔をしていた。




***********

●エリシア=ミリシタン


  魔法出力:B

 魔法即応力:B

 魔法持続力:D

 魔法制御力:D

***********


***********

●グラン=イブリス


  魔法出力:C

 魔法即応力:D

 魔法持続力:A

 魔法制御力:E

***********


***********

●トゥエイト


  魔法出力:D

 魔法即応力:B

 魔法持続力:C

 魔法制御力:B

***********


***********

●ミゼ=ホーエンス


  魔法出力:D

 魔法即応力:E

 魔法持続力:D

 魔法制御力:C

***********




「言い出しっぺの私が一番危ういですね…………ふふふ」


 涙目になりながら呟くミゼに、俺たちは複雑な表情で無言を貫いた。


「取り敢えず、一番注目するべきところはグランの魔法持続力スタミナだろう」


 グランの用紙を指さしながら言う。

 驚愕に値する結果だ。計測中の様子から、高い結果を叩き出すとは予感していたが、まさかAランクを記録するとは思っていなかった。


「確か、Bランクで訓練した兵士および冒険者……Aランクで騎士団の団長、副団長クラスよね。……貴方、化物みたいな魔法持続力スタミナしてるじゃない。何か特殊な訓練とか受けた経験があるの?」


「いや……悪ぃけど、そういう経験は全くねぇな。実を言うと俺自身この結果には驚いてる。うーん……生まれつきか?」


 魔法力は努力で向上させることも可能だが、生まれ持った才能も影響する。

 生まれつき特定の能力が高いというのも、有り得ない話ではない。


「トゥエイトは思ったより低いわね。グランがAランクなら、トゥエイトもAランクくらい取れそうな気がするけれど」


 エリシアが俺の持つ用紙を覗き見ながら言う。


「買いかぶりすぎだ。そもそもグランが異常なだけで、本来ならBランクでも十分高い」


「でも、貴方が使う魔法……《魔弾》は、物凄く速いじゃない。あの速さで魔法即応力スピードがBランクっていうのは、ちょっとおかしいんじゃない? 私も貴方と同じBランクだけど、貴方みたいに速い魔法は使えないわよ」


「それは、魔法即応力スピードの解釈を誤解しているな」


 エリシアが首を傾げた。


「魔法即応力は、要するに魔法を完成させる早さのことだ。魔法自体の速さではない」


「……でも貴方の場合、ほぼ反射レベルで《魔弾》を撃ってなかった?」


 流石、剣鬼と呼ばれた男の血を引いているだけある。

 エリシアの前で《魔弾》を使った回数はそこまで多くない筈だが、彼女の分析は的を射ていた。


 しかし分析は正しくても知識が誤っている。

 俺は首を横に振り、説明を続けた。


「魔法即応力というのは……絵に例えるとわかりやすい。複雑な絵を全員同時に模写すれば、完成するまでの時間にばらつきが生まれるだろう。しかし単純な絵……それこそ三角形や円ならどうだ? 筆が速い人も遅い人も、ほぼ同じ速度で完成させる筈だ」


「……成る程。つまり単純シンプルな魔法なら、訓練次第で誰でも速く発動できるってことね」


「そういうことだ。俺のように単純な魔法を重用する者にとって、魔法即応力はそこまで大事な能力ではない」


 エリシアが得心した様子を見せる。

 すると今度は、グランが疑問を口にした。


「じゃあ魔法出力パワーはどうなんだよ。トゥエイトの《魔弾》って、かなり威力高ぇよな?」


「ああ、それは魔力を圧縮させているだけだ」


「圧縮?」


 グランが首を傾げる。


「魔法をアレンジする際の技術のひとつだ。発動範囲または発動時間を限定することで、威力を底上げすることができる」


「へぇ、そいつは知らなかったぜ。まだ授業でも習ってねぇよな?」


「偶には図書館に行って勉強でもすればどうだ。圧縮を用いたアレンジは中々便利だぞ」


 感心するグランを眺めつつ、俺は内心で安堵していた。

 エリシアといい、グランといい、実戦能力の高い人間は観察眼も優れている。


 二人にした説明は事実だ。


 だが――――俺がほんの少しだけ手加減・・・・・・・・・・した・・のも、また事実。


 任務中であるため、今は不要な注目を浴びたくない。

 しかし学友に怪しまれるようでは……俺もまだまだということか。


「魔法力は才能によって大きく左右されるが、工夫次第で幾らでも補える。逆に言えば、魔法力の結果だけで人の実力は測れない。……だから、ミゼもそこまで落ち込む必要はない。重要なのは寧ろ、次に計測する基礎戦闘力の方だろう」


 そうミゼに告げると、彼女は小声で「はい」と呟いた。

 完全に自信を喪失している。だが、ミゼの試験結果は恐らく学生にしては平均的なものだろう。


 この場にいるミゼ以外の三人は、学生にしては高い戦闘力を持っている。

 その三人と比較しても意味はないのだが……そう告げたところで、彼女が納得することはないだろう。


「おい、お前ら。ちょっと待てよ」


 その時。

 近くにいた英雄科の生徒が、俺たちのもとへ近づいてきた。


「聞こえたぞ……そこのお前、Bランクを取ったのか?」


 英雄科の男子は、俺の方を睨みながら言う。


「ああ」


「なっ――ふ、ふざけるな! そんなのありえねぇだろ!!」


 英雄科の男子は、途端に激昂した。

 そしてカウンターの奥にいる受付嬢へと怒鳴りつける。


「おい! こいつはDランクの魔法も使えねぇんだぞ! なのになんで魔法力がBランクもあるんだよ!」


「そ、そう言われましても」


 受付嬢が困惑する。

 第二種免許を希望する際に記入した用紙から、その男子が英雄科の貴族であることを知ったのだろう。波風を立てないよう必死に頭を回している様子だ。


「何の騒ぎだ」


 二階から男の声がする。

 階段を下りてきたのは、がたいのいい男だった。赤褐色の髪を、獅子の鬣の如く後ろへ流している。グランにも勝る筋骨隆々な体格だ。


「ギルドマスターのレウス=バーレンだ。俺のことはマスターと呼んでくれ。……で、この騒ぎは何だ?」


 男の容貌に英雄科の男子は僅かに鼻白んだが、すぐに俺を指さしながら事情を説明した。


「そ、そこにいる男はDランクの魔法も使えねぇのに、魔法力がBランクになってるんだ! こんなの有り得ねぇだろ!」


「……成る程。確かに、かなり稀な事例だな。使用できる魔法のランクと、魔法力のランクには相関がある。普通、Dランクの魔法が使えないなら、魔法力も高くてDかEになる筈だ」


 そうなのか……。

 しかし、そんなことを言われても俺は不正を働いたわけはない。

 英雄科の男子から一通り話を聞いたマスターは、次に俺の顔を見た。


「一応、そっちの言い分も聞いておこう。……お前、名前は?」


「トゥエイトです」


「そうか。で、トゥエイトは不正をしたのか?」


「していません」


「まあ、そりゃそう答えるよな」


 マスターが悩ましい顔をする。


「よし、わかった。なら次の基礎戦闘力の試験は俺が監視しよう」


 マスターが言った。


「俺が監視している以上、不正は見逃さない。もしトゥエイトが魔法力で不正を働いているようなら、基礎戦闘力の試験で必ずボロが出る筈だ。……それでお互い、矛を収めてくれ」


 英雄科の男子が、複雑な顔をしながらも頷く。

 後は俺が頷けばいいだけか。


 大人の対応というものを強いられるのは、少し癪ではあるが、下手にごねてまた決闘にでもなったら面倒である。


「わかりました」


 俺が首を縦に振ると、マスターが安堵した様子を見せた。


「決まりだな。お前さんの実力、しっかりとこの目で見させてもらうぜ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る