第2章 自由の代償

第35話 プロローグ:籠の中の鳥の夢


 ――その女は、冷たい牢の中に閉じ込められていた。


 女は不思議な力を生まれ持っていた。

 それ故に、多くの者に狙われ、多くの者に利用された。


 散々、道具のように扱われた後は、誰の目にも映ることのない暗闇へと押し込まれた。強大な力を持って生まれた女は、その力のせいでいつの間にか自由を失い、そして暗闇の中での日々を強いられた。


 暗闇は終わらない。

 光が届くことはない。

 外の景色を忘れ、声の出し方も忘れ、やがて己の姿形すら忘却した。


 自由になりたい。

 その願いは暗闇の中で、儚く散った。

 女は独りで死んだ。


 ――その女は、石の塔に閉じ込められていた。


 牢と比べれば些かマシだ。窓があるため日の光が入る。けれど内側から扉は開かず、たった一人の窶れた顔をした使用人を除けば、誰も塔には立ち寄らなかった。


 最低限の食べ物と、最低限の飲み物。

 最低限の書物に、最低限の家具。

 人が人として生きるための最低限の道具は揃っていた。けれど、それだけでは余りある時間を満たすことができない。


 女にとっての唯一の癒やしは、窓辺にとまる小鳥だった。

 綺麗な毛並みに魅了された。可愛い鳴き声に頬が緩んだ。だが何より、意のままに空を駆ることができる、その翼に憧れた。


 自由になりたい。

 その願いを聞いた小鳥は、まるで他人事であるかのように何処かへ飛んだ。

 女は独りで死んだ。


 ――その女は、宝石箱のような部屋に閉じ込められていた。


 女は最初から自由を諦めていた。

 不思議な力を生まれ持った。その事実を自覚した瞬間、女は自由を捨て、傀儡となることを決意した。


 恐らくその傀儡は、歴代と比べて従順だったのだろう。

 気を良くした飼い主は、女に広くて華やかな一室を与えた。部屋の中心には寝返りを打っても落ちることがない大きなベッドがあった。タンスの中には豪奢なドレスが十着も入っていた。話し相手は与えられなかったが、その代わりに可愛い小鳥を傍に置くことが許された。


 だがその部屋は、冷たい牢だった。

 石の塔だった。


 籠の中に閉じ込められていた小鳥を解き放つと、脇目も振らずに窓から外に出て行った。

 その光景を目の当たりにした時、女の頭に、叶う筈のない願いが浮かんだ。


 自由になりたい。

 その願いは最早、口にすることすら許されず。

 女は独りで死んだ。




 ――そういう夢を、少女・・は見ていた。


 物心つく頃から続く夢。

 途絶えることのない、得体の知れない願望、憧憬。

 見知らぬ女たちの人生が、何度も何度も、頭の中で反芻される。


 自由になりたい。


 自由になりたい。


 自由になりたい。


 血の涙を流すほどの渇望が、頭に流れ込んでくる。

 目を覚ました時は殆ど覚えていない。

 だが、覚えていなくとも――女たちの無念は、確かに、少女の胸に刻まれていた。

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