第30話 百戦錬磨の初陣

 エリシアと別れた俺は、王都の中心に聳える王城の方へと向かった。

 その道中、見知った人物と落ち合う。


「何が『仕事だ』よ。誰も貴方にそんな指令、出してないんだけれど?」


 黒い軍服を纏う、薄紅色の髪をした女性――クリスは、呆れた様子で言った。


 どうやら俺とエリシアの話を盗み聞きしていたらしい。

 盗聴器はつけられていない筈だが……まあ、局の人間がやることだ。方法などいくらでも考えられる。俺たちの近くに部下が潜んでいて、その人物がクリスへ話の内容を伝えたのかもしれない。


「どうせ俺がやらなくとも、他の誰かがやることになるだろう。元飼い犬の気遣いというやつだ」


「……勝手な行動は事故を招くわ」


「だからクリスに話を通している」


 そう言うと、クリスは溜息を零した。

 そして、地面に置いていた黒い鞄を俺に差し出す。


「ご希望の品よ。確認してちょうだい」


 クリスから鞄を受け取り、蓋を開く。

 鞄に入っていたのは、真っ黒な腕輪だった。


「メンテナンスは?」


「万全よ。貴方が使用していた頃のも再現しているわ」


「それは助かる。……ちなみに最近、誰かが使用したことはあるか?」


「半年前に数人が試し撃ちしたけれど、それっきりよ。前も言った通り、誰も貴方と同じようには使いこなせなかったから、やむを得ず倉庫行きになったのよ」


「……複雑な気分だな。かつては肌身離さず持っていた相棒が、今は薄暗い倉庫で埃を被っているわけか」


「うちとしても本意じゃないんだけれどね。高性能だし、なんとか活用したいところだけど、後継者がいない以上は仕方ないわ」


 クリスの説明に俺は頷く。

 黒い腕輪を眺めていると、どこか懐かしい気分になった。


 慣れた動作で腕輪を左手首に嵌める。あの頃と全く同じ感触だ。

 片腕に懐かしい重さを感じながら、俺はふと、思ったことを口にした。


「しかし今更だが、よく協力してくれる気になったな。昨晩の件も大変だっただろう」


「そう思うなら労って欲しいわ。エリシアさんが、偽物のロベルトに上手く引っ掛かってくれるよう、色々と工夫したのよ? あの人形ダミーも、結構高かったんだから」


「……持ち合わせがない。ツケといてくれ」


「心配せずとも、局が払うわよ」


 その返答に、俺は疑問を抱いた。


「……それは、局が今回の作戦を、容認しているということか?」


「詳しいことは説明できないけれど、そう捉えてもらって構わないわ。大体、そうでないとソレを持ち出すことなんてできないわよ」


 クリスが俺の持つ黒い腕輪を指さして言った。


「ちなみに分かってはいると思うけれど……任務に失敗した場合、私たちは貴方を切り捨てるから。そのつもりで行動してちょうだい。……まあ、百戦錬磨の貴方なら、問題ないでしょうけど」


 クリスの言葉に、俺は首を横に振った。


「違うな」


「え?」


「これは――トゥエイトの初陣だ」


 国のためではない。

 では、エリシアのためか? ――それも違う。


 ここから先にあるのは俺のエゴだけだ。

 今日。俺は生まれて初めて、俺自身のために敵を殺す。


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