第7話 人間業じゃない


「私が得意とする戦法は、近接武闘式の魔法と、この剣を駆使した接近戦よ。トゥエイト、貴方は?」


 手を組むと決めた後、エリシアは素早く作戦会議に移った。

 剣を軽く持ち上げながら言う彼女へ、俺も答える。


「近接武闘式と遠隔射撃式。それと定点設置式が使える」


「万能ね。単独での戦闘が得意なの?」


「まあ、そんなところだ。だから支援式は使えない」


 なので万能というわけでもない。


 魔法は大別して五種類ある。

 近接武闘式、近接支援式、遠隔射撃式、遠隔支援式、定点設置式だ。

 近接、遠隔、定点設置はそれぞれ魔法の効果範囲を示している。例えば近接式の効果範囲は、術者が触れられる対象までである。


 そして武闘式、射撃式は、魔法の用途を示す。文字通り武闘――接近戦に役立つ魔法か、射撃――遠距離戦に役立つ魔法か、といった分類だ。


 俺が機関から与えられた任務は、大抵、単独で実行するものだった。チームを組んだとしても小規模なもので、それも怪我人が出た場合は、即座に切り捨てろと指示を受けることが多かった。このため第三者に力を与える支援式の魔法は学んでいない。機関の兵士たちは独力で戦う手段ばかりを磨いている。


「近接支援式なら私が使えるわ。……ちなみに苦手な状況はある?」


 エリシアの問いに、俺は少し考えてから答えた。


「正面切っての戦いはあまり得意ではない。エリシアが前に出るなら俺は後方に回してくれ」


「それは構わないけれど……正面切っての戦いが苦手って本当? 貴方さっき、私の攻撃を簡単に止めたじゃない」


「……苦手というより、好みではないと言った方が正しいかもしれない。ちなみに好みなのは奇襲や暗殺だ」


「暗殺が好みって……まるでしたことがあるみたいに言うわね」


 少し口が滑った。すぐに「冗談だ」と誤魔化す。

 エリシアは「当たり前でしょ」と返した。


「私はリーチが短いから、遠隔式の勝負になると後手に回らざるを得ない。見たところ、ファルネーゼ先生も近接式の使い手だし、その心配はないと思うけれど……いざとなったら貴方の射撃を頼りにすると思う」


「了解。ならフォーメーションの提案がある」


 恐らく戦闘は、ファルネーゼ先生が暴れている体育館になるだろう。

 体育館の構造を観察しながら、俺はエリシアに作戦を伝える。

 一通り説明を終えた後、エリシアはまじまじと俺を見つめた。


「……妙に落ち着いているというか、慣れているわね。貴方が今までどんな人生を歩んできたのか、気になってきたわ」


「大した人生は歩んでいない。強いて言うなら、人の言いなりになって生きてきた」


「ふぅん。……親が厳しかったとか?」


「そんなところだ」


 俺をここまで育ててくれたのは機関である。

 機関は俺にとって親代わりのようなものだ。


「それじゃあ、いきましょう」


「ああ」


 エリシアが鞘に触れる。

 俺たちは共に、ファルネーゼ先生がいる体育館へと足を踏み入れた。




 ◆




「む」


 体育館に入ったエリシアを見て、赤髪の剣士ファルネーゼは短く声を漏らした。

 エリシアの傍には――誰もいない。彼女は再び、単身でファルネーゼに戦意を向けた。


「一人か。先程の少年と話し込んでいたから、てっきり手を組んだのかと思ったぞ」


 ファルネーゼの言葉に、エリシアが小さく笑む。


「そういう軟弱な手は取らない主義ですので」


「……お前は、剣の腕はいいが、少し頭が硬いようだな。その判断は減点だ」


「減点式なんですか? この試験」


「そうだ。と言っても、点数を決めるのは私ではなく、外にいる審査員たちだがな」


「そうですか。なら一つ訊きたいことがあります」


 エリシアが言う。


「たとえどれだけ減点されても――まさか教師を倒した人を、不合格にはしませんよね?」


 その問いに、ファルネーゼは一瞬だけ目を丸める。

 それから、笑みを浮かべて答えた。


「ああ。私が保証しよう」


 刹那。エリシアは地を踏み抜いた。

 近接武闘式の魔法、《靱身レイジ》によって、人外の身体能力を実現する。一歩でファルネーゼの懐まで迫ったエリシアは、目にも留らぬ速さで白刃を振り抜いた。


「甘いッ!」


 ファルネーゼも、エリシアに負けず劣らずの速度で剣を振り抜いた。

 二本の剣が衝突し、火花が散る。

 エリシアは後手に回らないよう猛攻を続けた。だが、ファルネーゼは的確に剣を構えて凌ぐ。


 幾重にも続く剣戟に、先に限界が訪れたのはエリシアの方だった。

 肉体が、これ以上の無酸素運動を拒絶する。極限の集中下で、エリシアは後退するタイミングを窺った。しかし――。


「そら、手を休めるなッ!」


 ファルネーゼは、エリシアの状態を見抜いていた。

 エリシアが一歩退くと同時に、今度はファルネーゼが攻勢に転じる。

 体勢が整っていない。今、攻撃を受けると大きく吹き飛ばされる。そう判断したエリシアは――左手に、盾を創造した。


 ガキン、と大きな金属音が響く。

 ファルネーゼの一閃を、突如エリシアの左手に現われた盾が逸らした。


「《物質化フィクセーション》で盾を作ったか。いい判断だ」


 即座に体勢を整えたエリシアは、再び剣を振るう。

 先程と違って今のエリシアは片手に盾を持っている。しかし、その攻撃は大人しくなるどころか、寧ろ一層苛烈になった。――元より、エリシアは剣と盾を同時に活用する戦い方を好む。


 片手で剣技を繰り出しながら、盾による補助的な動きを交える。

 盾でファルネーゼの視界を奪い、その隙に突きを放った。しかしファルネーゼはこれを読んでいたのか、視界を塞いでいたにも拘わらず、回避してみせる。


 息つく暇を与えない。

 瞬時に刃を切り返し、逆袈裟斬りを放つエリシア。

 だがファルネーゼはこれも、剣で受け止めて見せた。


「その剣は……成る程、魔法具か。どうりで威力が高いと」


 激しい応酬の中、冷静に分析を続けるファルネーゼに、エリシアが舌打ちする。


「余裕、ですね――ッ!」


「伊達に英雄科の教師ではないからな。ちなみに私の剣も魔法具だ。もっとも、通常の剣と比べて少し頑丈なだけで、あまり魔法具らしいとは言えないがな」


 息一つ乱さずにファルネーゼは言う。

 近接武闘式の魔法、《物質化》では、魔法具の創造ができない。そのため《物質化》による武具の創造は、あくまで間に合わせ・・・・・であることが多かった。魔法具は通常の道具と比べて破格の性能を持つため、本格的に装備を整えるとなると、誰もが魔法具を用意する。


 エリシアが持つ剣は魔法具だ。

 盾は《物質化》で間に合わせのものを使用しているが、この剣だけは代えられない。


 ファルネーゼが言った通り、エリシアの剣には、斬撃の威力を倍増させる力がある。

 しかし、エリシアはその剣に依存しているつもりはなかった。剣術の修練は人一倍積んでいる。故に、ファルネーゼならともかく、何処の馬の骨とも分か・・・・・・・・・・らない少年に止められ・・・・・・・・・・たことは驚愕に値した・・・・・・・・・・――本来なら、そう簡単に凌がれることはない。


「お前の技は、騎士のものだな」


 激しい剣戟の中、ファルネーゼが言った。


「どこかの騎士団に――いや、その歳なら団に所属はしていまい。なら……騎士に師事していた経験があるのか?」


「……事前に提出した私の書類に目を通していないんですか? あれを見ればすぐに分かる筈ですが」


「ああ、すまない。私だけはまだ書類を見ていないんだ。この試験で、公平な戦いを実現するためにな――ッ!」


 ファルネーゼの気迫が増した。

 どうにか活路を見出そうとしても、やはり単身では限界がある。

 エリシアの猛攻は次第に勢いが落ち、やがて防戦一方となった。


「くうっ!?」


 ファルネーゼの放つ斬撃を盾で防ぐ。

 だが衝撃を殺しきれず、軽く吹き飛んでしまった。


「敗因は明らかだ。いくら自分に自信があったとしても、格上相手に単身で挑むべきではない」


 鷹揚と言葉を並べながら、ファルネーゼは剣を掲げる。


「試験が終わればすぐに合否を伝えよう」


 ファルネーゼの剣が、振り下ろされた。

 だが、その時。エリシアが笑う。


「いいえ。――合否は今、この場で決めてもらいます」


 刹那。

 何処かで、バンと何かの破裂するような音が響いた。


「――ッ!?」


 先程まで悠然としていたファルネーゼが、途端にその余裕をなくす。

 彼女は焦燥に駆られた顔で、素早く後退した。


 直後、先程までファルネーゼの立っていた場所を、高速の弾丸が突き抜ける。

 僅かでも後退が遅れていたら、今頃、弾丸はファルネーゼの肉体を貫いていた。

 間一髪で弾を避けたファルネーゼは、冷や汗を垂らしながら叫んだ。


「――《狙撃スナイプ》かッ!?」




 ◆




「……正解」


 ファルネーゼ先生の大きな叫び声を聞いて、俺はほくそ笑んだ。


 遠隔射撃式の魔法――《狙撃スナイプ》。長距離かつ精密な射撃を実現する魔法である。


 エリシアと別れた後、俺はファルネーゼ先生に気づかれぬよう素早く体育館の二階に上がり、更に《靱身》を利用して屋根裏へと飛び移った。体育館の屋根には所々穴が空いており、俺はその内のひとつからファルネーゼ先生を狙撃したのだ。


 今の射撃でこちらの位置に気づいたのか、ファルネーゼ先生が俺の方を睨みながら何か言葉を口にする。


「『いい腕をしているが、初撃で仕留め損なったのは惜しいぞ』……か。学園の教師が言う台詞じゃないな」


 まるで機関の教官のような口振りだ。

 声は聞こえないが、唇の動きから何を言っているのかは分かった。読唇術という技術である。機関では必修科目だ。


 位置が割れると射線が読まれる。

 そのため俺は、すぐに移動を開始した。


 エリシアには事前に、俺がどの位置に移動するか伝えてある。

 俺の位置は、射撃回数とファルネーゼ先生の現在位置で変化する。次は二撃目。そしてファルネーゼ先生の現在位置は体育館の壁際。なら俺は――体育館の入り口付近に近づき、できるだけファルネーゼ先生の視野の外に陣取る。


 二射目――エリシアと斬り結ぶファルネーゼ先生目掛けて、魔力の塊である弾丸を放つ。

 だが、失敗した。ファルネーゼ先生が、弾丸を剣で弾いた。


 人外の反応速度だ。かなり《靱身》を使いこなしているのだと分かる。

 加えて――恐らく、あの剣は魔法具なのだろう。《狙撃》で放たれた弾丸をいとも容易く弾いてみせるとは……かなり頑丈だ。


 だが、今のは俺の狙撃にも問題がある。


「ちっ、精度悪いな」


 やはり、その辺で拾った・・・・・・・杖では、この程度か。


 世の中には杖と呼ばれる魔法具が存在する。

 正しくは『魔法杖まほうじょう』と言われるものだ。


 この『魔法杖』の用途は「魔法の発動を補助する」という点に尽きる。火力を補助するのか、それとも魔法の精度を補助するのかは、個々のコンセプトによってバラバラだが、魔法による戦闘を得意とする者は大抵、杖を携帯する場合が多い。特に杖は、遠隔式の魔法と相性が良い。


 遠隔射撃式の魔法狙撃は素手でも発動可能だが、精密射撃という性質上、生身での制御が難しいため、一般的には『魔法杖』を用いた発動が推奨される。だから俺は今、適当に現地調達した杖を使っているのだが――やはり慣れない杖は使いづらい。


 杖の中には『狙撃杖』と呼ばれる、《狙撃》の使用に特化したものもあるのだが……当然、俺が今使っている杖はただの『魔法杖』であり、『狙撃杖』ではなかった。


「でも――感覚は掴めた」


 二発撃った。

 一発目は射角の確認。二発目は射程の確認。

 それぞれを済ませたことで、なんとなくこの杖の癖が読めてきた。


「《狙撃》で不殺生を狙うのは難しいんだが……できないことも、ない」


 また位置を変え、狙撃の体勢に入る。

 瓦礫の影に隠れながら俯せになり、杖を真っ直ぐ伸ばした。

 ファルネーゼ先生に杖の先端を向けながら、俺は少しだけ過去を想起する。


 ――こんなことなら、使い慣れた『狙撃杖』を持って来ればよかったか。


 かつて、仕事道具として持ち歩いていた魔法具のことを思い出す。

 だがあれは俺の所有物ではない。元々、機関に借りていた道具だ。今は機関が解体されたため、俺の『狙撃杖』は機関の上位組織――国の管理下にある。


 ――あれを使う時は、俺が再び国家の狗に戻った時だ。


 今はまだ、その時ではない。


 三射目。

 放たれた弾丸は、またしてもファルネーゼ先生の剣に弾かれる。


 次は移動しない。即座に四射目を放つ。

 だがこれも、剣で弾かれた。

 少し移動してから、五射目を用意する。


「さて。後は任せたぞ」


 白熱した剣術勝負を繰り広げているエリシアの顔を見て言う。

 そして俺が、五射目を放った時――。


 ――ファルネーゼ先生の剣が、砕けた。




 ◆




 その瞬間。

 エリシアの脳内に、「信じられない」という驚愕と、「絶好のチャンス!」という決意が現われた。


「馬鹿なっ!?」


 ファルネーゼが驚愕する。

 エリシアも内心では、同じくらい驚いていた。


 確かに、あの少年――トゥエイトは言っていた。

 理想は《狙撃》を直撃させて倒すことだが、難しいようならせめて無力化してみせる……と。

 しかし――。


 ――人間業じゃない。


 エリシアは率直な感想を抱いた。

 ファルネーゼの剣技は一級品だった。恐らく彼女は、剣の道一本で長い人生を歩んできたのだろう。故に、《狙撃》による攻撃を剣で弾く際も、動きが計算されていた。ファルネーゼは剣に負担がかからないよう刀身の角度を調整し、弾丸を防ぐのではなく・・・・・・・逸らしていたのだ・・・・・・・・


 しかし、そんなファルネーゼの技を嘲笑うかのように、トゥエイトがやってみせたのは――。


 ――剣の、全く同じ場所に、弾丸を当て続けた。


 四射目が終えた直後、エリシアは「まさか」と感づいた。

 そして五射目が放たれ、ファルネーゼの剣が砕け散った時、エリシアの予想は正しかったのだと証明された。


 いくらファルネーゼが弾丸の力を逸らしても、そう何度も同じ箇所に直撃を受けると、刀身への負荷は避けられない。


 理屈は理解できる。しかし感情が納得しない。

 最早、神業と言っても過言ではない精密射撃である。なにせ相手は動く的であり、しかも刀身の一部という極めて狙いづらい場所だ。ファルネーゼの動きを予測し、どう撃てばどう防がれるのかを、完全に予知しなくては実現できない。


「まさか、これを狙ってやったというのか……!? 私に、わざと弾を防がせて……っ!?」


 信じられないのはファルネーゼも同じようだった。

 だが結果は目の前に現われている。信じられないが、これは現実だ。


 驚愕のあまり立ち尽くすファルネーゼへ、エリシアは間合いを詰める。

 ファルネーゼは反射的に剣を構えた。だが刀身は折れている。半分になったそのリーチでは――防げない。


 エリシアの放った一閃は、ファルネーゼの首筋でピタリと静止した。


「勝負ありですね」


 エリシアの言葉に、ファルネーゼは深く呼気を吐いて答えた。


「ああ。……私の負けだ」


 場が、完全に静まりかえっていた。

 体育館にいる他の受験生たちも、ファルネーゼの敗北に驚くあまり硬直している。

 その後、すぐにトゥエイトがやってきた。


「うまくいったな」


 そんなことを言いながら暢気にやって来るトゥエイトを、ファルネーゼは一瞬、化物を見るような目で見た。だが、教師としての矜持を思い出したのか、すぐに賞賛の笑みを浮かべてトゥエイトの方を向く。


「先程の《狙撃》はお前だな。見事な……実に見事な、腕前だった」


「どうも」


 興味なさそうに返事をするトゥエイト。

 そんなトゥエイトの様子に、ふと、エリシアは疑問を抱いた。


「トゥエイト。その杖……私と別れる前は、持っていなかった筈よね?」


 トゥエイトは今、背中に黒い杖を担いでいた。『魔法杖』であることは分かるが、何処で用意したのだろうか。


「ああ、これは現地調達だ。丁度、手頃な位置に杖を持った受験生がいたんで、捕まえて、少し貸してもらった。まあ無いなら無いでやりようはあったが――」


「ちょ、ちょっと待って。捕まえたって……え? 貴方、私と別れた後、すぐに一人倒したってこと? あんな短期間で?」


「ああ」


 平然とした様子で、トゥエイトは頷く。

 しかし、エリシアは冷や汗を垂らした。


 この男は――何者だ?

 そんな疑問がぐるぐると胸中で渦巻く。


「というわけで、俺はこの杖を返してくる」


 そう言って、トゥエイトは踵を返した。

 しかし歩き出す直前、こちらに振り向き、口を開く。


「賞金は俺もいらないから、好きにしてくれ」




 ◆




 杖を持ち主に返した後、旧校舎全体に笛の音が響いた。

 英雄科の入学試験が終わった合図だ。


 受験生たちは、生き残った者も脱落した者も講堂に集められ、程なくして合格者が発表された。名を呼ばれたら合格。名を呼ばれなかったら不合格だ。


 普通科に入りたかったのに、何故、俺はこんなところにいるんだろう。

 そんな風にぼーっと考えながら待つこと十分。


 漸く受験生全員の合否が発表された。






 俺は不合格だった。 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る