episode189 オールドイスの率いる部隊vsエルナ
エリュ達がリグノートで行動を起こしていた頃、オールドイスはワイバートの国境にまで来ていた。
「オールドイス様、到着しました。この先がワイバートです」
「このまま進軍しろ。敵は見付け次第、先制攻撃を仕掛けて倒すぞ」
「分かりました」
だが、ワイバート国内に入ったところで、やることに変わりは無い。そのまま進軍を続ける。
「前方に怪しい者を発見!」
これまで通りに何事も無く進めるかと思いきや、ちょうどワイバート国内に入ったところで、斥候からの報告が入った。
「怪しい者? 敵なのかどうかはっきりしろ」
「それが、よく分からないのです。直接ご確認しますか?」
「ああ。確認させろ」
このままだと何なのかがよく分からないので、オールドイスは望遠鏡を受け取って直接、自分の目で確認する。
「…………」
「……どうしたのですか?」
オールドイスは望遠鏡を使って前方を確認するが、その光景を見て何故か黙り込んでしまった。
「いや、少し懐かしい奴がいてな」
「懐かしい者ですか?」
「……すぐに分かる。このまま警戒しながら進むぞ」
「分かりました」
オールドイス達は警戒しながら前方の一団に接近する。
「何ですか? あの一団は?」
そこにいたのは二人の女性と一人の少女だった。
ここは特に何も無い平原ではあるが、彼女達はテーブルを用意してティータイムを楽しんでいた。
女性はどちらも三十代のようで、一人はメイド服を着ていて給仕をしているようだった。
もう一人の女性は銀色の細身の剣を持っていて、着ている服も戦闘用の装備に見える。
また、金髪の少女が着ているドレス風の服は戦闘用の装備のようで、武器として槍を装備していた。
年齢は十三か十四だと思われるが、どうやら戦闘要員らしい。
「……やはり、ここから来ましたか」
こちらのことに気が付いた細身の剣を持った女性は席を立つと、ティーセットを片付け始めた。
「私が片付けます。エルナとお嬢様はそのままお待ちください」
「分かりました。それではお任せします」
だが、メイド服を着た女性がそう提言すると、彼女に片付けを一任した。
「……久々だな、レーネリア」
ここでオールドイスはそう言って数歩ほど前に出る。
「……そうですね」
その様子を見た少女はそう言って一団の先頭に立った。
そのすぐ斜め後ろでは細身の剣を持った女性が警戒している。
「あの……オールドイス様、彼女達は何者なのですか?」
「あのメイドが
もちろん、オールドイスは彼女達が何者であるのかを分かっていた。
この部隊はルートライア家の配下の者が多いので、彼女達のことを知っている者が多いが、全員ではないので中には知らない者もいた。
「あの少女が誘拐されたというオールドイス様の娘さんということですか?」
「そうだ」
その質問にオールドイスは迷うこと無くそう答える。
「おや、平気で嘘を
それを聞いたエルナはそう言って一歩前に出ると、さらに警戒を強めた。
「何の話だ?」
「お嬢様への仕打ちを忘れたとは言わせませんよ? 相変わらず酷い親ですね」
ここで片付けの終わったイヴリアがそう言ってレーネリアの隣に立つ。
「……そもそも、何故お前はそちら側に付いている?」
「私はお嬢様に仕えると決めていますので」
「仕えるべきは雇い主である私だろう? 私はお前をレーネリアの専属にした覚えは無いのだが? まともにメイドとしての仕事もできないのか?」
「道義を外れてまでその仕事に従事するつもりはありませんので」
「高い金を払って雇っているというのに、裏切るとはな。有能だっただけに残念だ」
イヴリアは戦闘能力がそれなりにあるだけでなく、メイドとしても優秀だった。
なので、オールドイスは彼女にそれに見合った高い給料を払っていた。
「全く……これまでの給料を返して欲しいところだな」
「今月分は受け取りを辞退致しますが、今までの分は返納するつもりはありません。それまでは給料に見合う分の働きはしていましたので」
「ふん……図々しいものだな」
「そうでしょうか? 妥当なものだとは思いますが?」
「……まあそのことはどうでも良い」
だが、金に困っているわけでもないので、その話はさっさと切り上げることにした。
「本題は――」
「レーネリアのことですか?」
そして、オールドイスは本題となる話に入ろうとしたが、エルナがそのことを先に口にした。
「初めに言っておきますが、彼女をあなたの元へ返すつもりはありません」
「レーネリアは私の娘だ。お前達にどうこう言われる筋合いは無い」
「……ええ、そう言うと思っていました。ですので、こんな物を用意しておきました」
エルナはそう言って一枚の資料を取り出して、それをそのままオールドイスに見せる。
「……養子だと?」
確認すると、その資料は養子に関しての資料で、その内容はレーネリアをルミナの養子にするという内容の物だった。
「ええ、そうです。後はここにあなたのサインをいただければ手続きが完了するところまで進めてあります」
「……何が言いたい?」
「ここにサインをいただけませんか? それで事は済みますので」
「私がそれを了承すると思っているのか?」
「思っていません。なので、ここで死んでいただきます」
そして、エルナはそう言って資料を片付けると、剣を鞘から抜いた。
「……待っていただけますか?」
だが、それを見たレーネリアは前に出てそれを制止した。
「何でしょうか?」
「私が行きます」
「……直接あなたの手で決着を着けるのですね?」
「……はい」
その質問にレーネリアは静かに答える。
「分かりました。イヴリアはレーネリアのサポートに回っていただけますか? 私は周りの雑魚を片付けておきますので」
「分かりました」
エルナの指示でレーネリアは槍を、イヴリアは短剣を構える。
「レーネリア、お前に戦闘のことについて教えたのは誰だったか覚えているか?」
「……あなたですね。不本意ながら」
レーネリアに戦闘のことを教えたのは、もちろんオールドイスだ。
オールドイスはレグレットの高い地位の貴族の当主であると同時に実力者なので、戦闘についても詳しい。
なので、彼が直接レーネリアに対して指導していた。
「ですが、三年半前の私とは違います」
「その程度の期間の鍛錬で私に勝てるとでも?」
「……ええ。そのつもりです」
レーネリアは槍をオールドイスに向けて、戦意を見せる。
「……非戦闘員は下がっていろ。二人の相手は私がする。戦闘員はエルナの相手をしていろ」
「分かりました」
オールドイスの指示で部隊のメンバーはすぐに動いた。
戦闘員と非戦闘員に別れて、非戦闘員は素早くその場を離れていく。
「エルナ、そちらはお任せします」
「はい。すぐに片付けてそちらに向かいます」
そして、レーネリアとイヴリアはエルナと別れて、オールドイスを連れてその場を離れた。
「……行きましたね。それでは、始めましょうか」
エルナはレーネリア、イヴリア、オールドイスの三人が遠くに行ったことを確認したところで、残った戦闘員達に向けて剣を構える。
「相手は一人か。楽な仕事になりそうだな」
「油断するな。奴は元Bランク冒険者らしいが、Sランククラスとの噂もある」
「どうせこちらを攪乱する目的で流した根も葉もない噂だろう?」
エルナがSランククラスの実力を持つという噂を聞いて警戒している者もいたが、中にはそれを信じていない者もいた。
「まあそんな噂など関係無い。目の前の敵を片付けるだけだ」
だが、何であれ倒さなければならない敵であることに変わりは無いので、戦うことにした。
部隊のメンバー達は隊列を組んで戦闘態勢に入る。
「ようやく整ったようですね」
「随分と余裕なようだな。前衛、俺に続――」
先頭にいた男がエルナに仕掛けようとしたが、その瞬間に彼の上半身が消し飛ばされた。
そのまま残った下半身がゆっくりと後方に倒れる。
「何を驚いているのですか?」
エルナはそう言って突きを放った後の状態から元の構えに戻す。
そう、先頭にいた男の上半身が消し飛ばされたのはエルナの攻撃によるものだった。
彼女は風魔法を使って風を纏った突きを放って、そこから一直線に放たれた風によって敵を消し飛ばしていた。
「こいつ……強いぞ!」
「どうする?」
それを見た部隊のメンバー達はエルナの想定外の強さに驚き戸惑う。
「こちらには人数差による優位がある。連携して攻めろ」
確かにエルナは強いが、部隊側には人数差による優位がある。
なので、しっかりとそれを活かしながら戦うことにした。
「はっ!」
「せいっ!」
まずは前衛の三人が風魔法を使って高速で駆けて、それぞれ別の方向から攻撃を仕掛ける。
「兵士としては十分優秀なようですが、私の相手をするには力不足ですね」
その速度は常人に捉えられるような速度ではなかったが、エルナにとっては余裕で捉えて対応できるものだった。
エルナはそれらの攻撃を剣で弾いて防いでいく。
「この人数差で押し込めない……!?」
エルナ一人に対して三人で攻撃しているが、押し込めないどころか逆に押し負けそうになっていた。
「行くぞ!」
「喰らいなさい!」
ここで詠唱が完了した後衛達は一斉にエルナに向けて魔法を放つ。
「はっ……」
エルナは風を纏った回転斬りによる一撃で前衛の三人を吹き飛ばすと、続けて後衛達の方に向けて剣を振り抜いた。
すると、そこから放たれた爆風によって後衛達の放った魔法の威力が弱められた。
さらに、その弱められた魔法を斬って打ち消していく。
「おや、避けましたか。少しはやるようですね」
エルナの放った爆風は後衛達を攻撃していたが、後衛達はその攻撃を跳んで躱していた。
「……来ないのですか?」
動こうとしない部隊のメンバーを見て、エルナはそんなことを尋ねる。
「……どうしますか?」
想定以上の実力を持つエルナを見て、部隊のメンバーは少し戸惑いを見せていた。
「諦めて降伏したらどうですか? 私としてはどちらでも手間は変わらないので、どちらでも良いですが」
「……随分と甘く見られていますね」
女性兵士の一人はそう言うが、この実力差を見た後だと文句も言えない。
「どうするのですか? 降伏しないのであれば行きますよ?」
エルナは剣を構え直してからそう問い掛ける。
「十秒待ちます。それまでに降伏しなければ斬ります」
そして、風を纏って攻撃態勢に入った。
「…………」
「……十秒経過しました。それでは行きます」
「来るぞ! 備えろ!」
十秒が経過したところで、エルナは素早く接近して攻撃を仕掛ける。
「ぐっ……」
「ぐわっ……」
エルナはそのまま近い順に攻撃していくが、兵士達はその速度に追い付けずに次々と斬られていく。
エルナの戦い方はとても単純だった。
力と速度に任せたごり押し。それが彼女の戦い方だ。
攻撃が通らないのであれば、威力を上げれば良い。攻撃を避けられるのであれば、避けられない速度で攻撃すれば良い。小細工は不要。それだけで十分で、その必要無いからだ。
通常はそれだけではどうにかならないことが多いが、それだけでどうにかできてしまうほどの実力が彼女にはあった。
「速過ぎる……!」
エルナの速度を前に最早、間合いは意味を成さなかった。
前衛を全滅させたエルナは後衛を斬っていく。
「あなた達が遅いだけでは?」
「ぐあっ……」
そして、エルナはこの程度は当然と言わんばかりにそう言うと、最後の一人を斬った。
「やはり、素直に降伏しておけば良かったのでは?」
全員、片付いたところで、そう言って剣を鞘に収める。
「……もう出て来たらどうですか?」
「…………」
エルナが下がっていた部隊の方に視線を向けると、彼らは警戒しながら戻って来た。
「残すと面倒な裏組織に属する者は始末しましたが、他の者は生かしてあります。治療してはどうですか?」
エルナは全員は殺さずに、裏組織に属する者だけを殺していた。
理由はいくつかあるが、まず一つは単純に裏組織の者はできるだけ減らしておきたいからだ。
裏組織の者は正規の軍とは違って自由に動くことができ、何かと面倒な存在なのでできるだけ減らしておきたい。
そして、そうでない者を生かした理由は手間を取らせることができるからだ。
怪我人を残しておけば治療をすることになるので、オールドイスの方に合流するのを防ぐことができる。
「ポーションが足りないのであれば提供しますよ?」
エルナは空間魔法でポーションの入った箱を取り出すと、それをそのままその場に置いた。
「毒は入っていませんので安心してください。そんな面倒なことをするぐらいなら、初めから始末しています」
「……感謝します」
そして、下がっていた部隊はポーションを取って治療を始めた。
「……向こうはまだ戦闘中のようですね」
ここでエルナはレーネリア達がいる方向に注意を向けてみるが、向こうはまだ戦闘中のようだった。
「さて、合流しましょうか」
そして、敵を片付けたエルナはレーネリア達に合流しに向かった。
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