episode173 レグレット上層部による会議

 その日、リグノートの城では国の重要人物が集まって会議が行われようとしていた。


「全員、集まったな?」


 最後に会議室に現れた王が全員が揃っていることを確認したところで席に着く。


「今回の議題はルミナ・フォン・エンドラースに関してのことだ。……おい!」

「はっ!」


 王が呼ぶと、側近の兵士が資料を手にして報告を始める。


「現在手配中のルミナ・フォン・エンドラース及びその協力者はワイバートに逃走しました。ワイバートに引き渡しを要求していますが、一向に応じる気配がありません」


 ルミナ達がワイバートに戻ったことを確認したところで、引き渡すように要求しているが、ワイバート側はそれに一切応じる気が無いようだった。


「交渉の状況はどうなっている?」

「こちらは脅しを掛けたりと様々な方法で交渉をしていますが、やはり応じる気は無いようです」

「それはそうだろうな。ルミナはワイバートにとって重要な人物。何をしても引き渡すことは無いだろうな」


 それを聞いたオールドイスはそのことが分かっていたかのような答えを返す。


「戦争も辞さないと伝えても交渉に応じませんでしたし、その可能性はありそうですね」

「全く……困ったものだな。セミアス、お前の力でどうにかならんのか?」

「知っての通りあいつは自由と言うか勝手なので、僕の力ではどうにもなりませんね。ルミナには出頭するように伝えてはいますが、聞く耳を持ちません」

「ふん、その様子だと誰が当主なのかが分からんな」


 オールドイスはここぞと言わんばかりに貶しに掛かる。


「オールドイス殿、今回はそんな話をするために集まったわけではないですぞ?」


 しかし、すぐに王族の男に注意されてしまった。


「……まあ良い。それで、ワイバートの対応を受けてどうするつもりなのですかな?」

「決まっておろう? 我が国の力を知らしめる。そのために準備していたのだからな」


(やはり、そう来たか)


 このまま要求を拒否され続けることを察して、戦争の準備をしていることはオールドイスも知っていた。

 なので、彼にはこう来ることが分かっていた。


「お言葉ですが、それは止めておいた方がよろしいかと」

「ほう? 何故そう思うのだ?」

「……率直に申し上げましょう。王はワイバートの戦力を甘く見過ぎています」


 そして、オールドイスは少し迷った後に王にそう意見する。


「王の見立てが間違っているとでも言うのか!」


 それを聞いた側近の兵士はオールドイスに突っ掛かる勢いで声を上げる。


「まあ待て。オールドイスの意見も聞いてやろうではないか」


 だが、王はそれを制止してオールドイスの進言を許可した。


「そもそも、王はどのようにお考えで?」

「脅威になるのは元Sランク冒険者のレイルーンぐらいであろう? そいつさえどうにかなれば、我が国の戦力を以てすればの小国など簡単に落とせよう」

「つまり、王はレイルーン以外に脅威になる存在がいないと思っておられるのですね?」

「そうだ。他に脅威になる存在がいるというのか?」

「…………」


 オールドイスは何も分かっていない王に対してため息をつきそうになるが、それを堪えて説明を始める。


「まず、元Sランク冒険者のレイルーンが脅威と仰いましたが、Sランク冒険者と言うと『新緑を繋ぐ意思オリジンガーディア』のアーニャ・フェルノットがいます。その点はどのようなお考えで?」


 レイルーンの他に真っ先に脅威の候補として挙がるのは、現役Sランク冒険者であるアーニャ・フェルノットだ。

 彼女がワイバート側に協力することになると、圧倒的に不利になる。


「Sランク冒険者とは言っても、そいつは現役の冒険者だろう? ならば、指名の依頼を出して国外に出しておけば良いだろう」

「依頼を断られた場合はどうするおつもりで?」

「破格の報酬を用意すれば良いだけの話だろう? 冒険者など簡単な依頼で大金を用意すれば、すぐに飛び付いて来るであろう」

「……私にはそうは思えませんがね」


 王は金で簡単に釣れると思っているようだが、オールドイスにはそうは思えなかった。


「冒険者なのに金に釣られないとでも?」

「そういう奴もいます。それに、『新緑を繋ぐ意思オリジンガーディア』にはレイルーンの妹のメイルーンもいますし、金で動かない可能性は十分に考えられるかと」


 『新緑を繋ぐ意思オリジンガーディア』にはレイルーンの妹であるメイルーンもいるので、金に関係無く彼女の意向で動いて来る可能性は高かった。


「そもそも、金で釣れるとしても、向こうにそれ以上の金を積まれてしまうと意味がありません」


 そもそも、彼女達が金で釣れるとは思えないし、釣れるとしてもこちらの依頼の報酬以上の金をワイバート側に積まれてしまえばそれで終わりだ。


「ふむ……確かに、それは一理あるかもしれんな」


 それを聞いて王は納得した様子を見せる。


「それに、脅威となる人物はまだまだ居ます。中でも元冒険者であるルミナとエルナはかなりの脅威です」

「ルミナとエルナ、確か『月夜の双璧ルナティアレゾナンス』だったか? 元Bランク冒険者だったな?」

「そうです」

「脅威とは言ってもBランク冒険者だろう? そこまで警戒するほどなのか?」


 それを聞いたマーチャット商会の代表の男はオールドイスにそんな疑問を投げ掛ける。


「奴らは一世代前の最強と謳われている元冒険者だ。それに、私の見立てでは奴らは実力を隠している」

「実力を隠しているとは?」

「奴らは元Bランクだが、実際のところはそれ以上の実力があるということだ」

「確かに、冒険者の間ではそんな噂が流れているようだな」


 ここで騎士団の団長の男がそう言って話に入って来る。


「だが、それはあくまで噂だろう? 確証はあるのか?」

「前々から気になって調べていたが、残念ながら確証は得られなかったな」


 オールドイスは敵対関係にあるエンドラース家の実力者であるルミナのことが気になって前々から調べてはいたが、彼女が実力を隠しているという確証は得られなかった。


「だが、怪しい点は見られたな」

「例えば?」

「そうだな……買い取りに出した魔物がBランク冒険者二人に倒せるような魔物でなかったり、二人だけで特殊魔力地帯の調査に向かっていたなどの話は聞いたな」


 実力を隠しているという確証は得られなかったが、いくつかの噂話は聞くことができた。

 そして、それらの噂話通りだとすると、二人が実力を隠していることは確実だった。


「そうは言っても、話が本当かどうかも分からんのだろう? それに、話が本当だとしたら冒険者ギルドに記録として残っているはずではないのか?」

「そう思って情報収集をしてみたが、記録は見付からなかったな」


 もちろん、噂の真偽を確かめるために調査をさせたが、残念ながらそれを証明できるような記録を見付けることができなかった。


「ならば、噂は嘘だったのではないか?」

「いや、調査の過程である一つの話を聞いてな。強ちそれが嘘とは言い切れんな」

「ほう? その話とは何だ?」

「二人は報告をレイルーンにのみしていたらしい」

「ふむ? それがどうかしたのか?」

「これは私の推測になるが、記録はレイルーンが個人的に所有しているのではないか? そうだとすると、記録が見付からないことにも合点がいく」


 二人がレイルーンにのみ報告をして、その記録をレイルーンが個人的に所有しているのだとしたら、記録が見付からないことにも真相を知る人物がいないことにも合点がいく。


 それに、ギルドマスターである彼女であれば個人的に記録を持っておくことも不可能ではないからな。それも十分にあり得る話だ。


「つまり、真相を知るのは当事者の三人だけということか?」

「いや、もう一人それを知っていると思われる人物がいる」


 これまでの話からすると、真相を知るのはその三人だけのように思われるが、もう一人だけ知っている可能性のある人物がいた。


「それは誰なんだ?」

「レイルーンに仕えているというメイドだ」


 そう、それはレイルーンに仕えているメイドだ。レイルーンの家には一人のメイドが仕えているので、彼女であれば真相を知っている可能性が高かった。


「なるほど。確かに、それなら知っている可能性は高そうだな。それで、そのメイドのことについては分かっているのか?」

「いや、調べたがそのメイドが何者なのかについては分からなかった」


 調査によってメイドがいるということは確認されたが、その正体までは掴めていなかった。


「正体不明? どういうことだ? 調べれば目撃証言なり記録なりが出て来て、すぐに分かりそうなものだが?」


 雇われたメイドであれば調べれば簡単に分かるはずだが、何故かそのことについて分かっていなかった。


「そう思って目撃証言も探してみたが、そのメイドを一度も外に出していないらしくてな。それに、契約に関しての記録も一切見付からなくてな。少なくとも、正式なところには記録が無かった」

「一切、見付からなかった? と言うことは、孤児なんかの調べられても分からないような人物を個人的に雇って働かせているということか?」

「普通に考えればそうなるだろうな」

「ふむ……? 何か掴んでいるのか?」

「いや、そのメイドについての情報は掴めていない。だが、その正体についての見当は付いている」


 そのメイドについての情報が上がっていないにも関わらず、オールドイスにはその正体に見当が付いていた。


「情報を掴めていないのに、正体に見当が付いている? どういうことだ?」

「情報を掴めていないのに分かったというわけではないな。情報が出て来ないからこそ、その正体が分かったといったところだな」


 そう、情報が掴めていないのに正体が分かったのは、逆にこれだけ徹底的に情報が隠されていたからだ。


「それで、その正体は何者なんだ?」

「恐らく、そのメイドはメリーフ・ウールモット。レーネリアと共に姿を消した、ルートライア家に仕えていたメイドだ」


 オールドイスはメイドの正体がレーネリアと同様に行方不明になっていたメリーフだと見抜いていた。

 レイルーンの家で仕えているメイドがメリーフだとすると、徹底的に隠されていたことにも合点がいく。


「つまり、メリーフがレーネリアを連れて街を出て、それをレイルーンが匿っているということか?」

「そういうことだな。どんな手段でワイバートにまで行ったのかは分からんが、事実としてレーネリアがルミナの店に匿われていたわけだしな。その可能性は十分に考えられる」

「そうなると、レイルーンもレーネリアの一件に関わっているということか?」

「その可能性は高い」


 以上のことから、レイルーンもレーネリアの一件に関わっている可能性が高かった。


「それは分かったが、結局『月夜の双璧ルナティアレゾナンス』の二人の実力は分からんのだろう?」

「まあそれはそうですな」


 王の言うように、結局『月夜の双璧ルナティアレゾナンス』の二人の実力は不明なままだ。


「ならば、この議論はもう必要無かろう」

「いえ、まだ脅威となる人物はいます」


 だが、脅威となるのはそれだけではない。まだ脅威となる人物は存在している。


「まだいると言うのか?」

「はい。ルミナへの協力者もかなりの脅威です」

「ルミナへの協力者……指名手配中の奴らのことか?」

「そうです」


 そう、それはエリサ達のことだ。かなりの戦闘能力があることが確認されているので、彼女達も脅威となる存在だった。


「そんなに脅威になるのか?」

「奴らには既に私の配下の組織をいくつも潰されています。詳しくは分かりませんが、かなりの戦闘能力があることは確かです」


 エリサ達にはルートライア家の組織を潰されていて、オールドイスも頭を悩ませている存在だ。

 ルミナに協力している以上、ワイバート側に協力することは間違い無いので、ワイバートに仕掛けるとなると確実に彼女達とも戦うことになる。

 なので、仕掛けるのであれば何かしらの対策を講じる必要がありそうだった。


「加えて、奴らは強力な魔物を使役しています。ワイバーンにミストグリフォン、さらに数日前には巨大な黒いドラゴンを使役しているとの情報も入りました」


 さらに、強力な魔物も使役しているので、それも考慮する必要がある。


「ふむ……確かに、厄介そうな相手ではあるな」

「ええ、そうです。ですので、ワイバートとの戦争は止めておいた方がよろしいかと」


 ワイバートは確かに小国だが、その戦力は強大だ。

 さらに、元々発展していて技術力の高い国だったが、ルミナが加わったことでその技術はさらに発展している。

 どう考えても勝てる見込みは薄いので、戦争を仕掛けるべきでは無い。


「だが、我が国の戦力で以てすれば蹂躙できる相手だ。違うかね?」

「……私はそうは思いませんな」


 王はそう言うが、オールドイスの意見は変わらない。


「オールドイス殿は随分と弱腰ですな」

「そうですな。確かに、脅威となり得る存在はありますが、数えるほどしかいません」

「その程度であれば問題無いでしょう」


 それとは対照的にオールドイス以外のメンバーは王の意見に賛同する。


(全く……何も分かっていないな。これだから安全な場所から指揮しているだけで、前線に立ったことの無い奴らは困る)


 他のメンバーは敵がどれほど脅威的な存在なのかを理解していないようだった。

 オールドイスは実力者で前線に立ったこともあるので、実力者の脅威を知っているが、他のメンバーは前線に立ったことの無い者ばかりなので、それが理解できなかったらしい。


(しかも、今回はかなり相手が悪い。どうしたものか)


 その上、今回の相手はルミナを含むワイバートの連中だ。

 オールドイスはルミナと直接争ったからこそ身を以て理解しているが、あの国には実力者が多い上に脅威になる存在が多い。

 単純に戦闘能力の高い者が多いだけでなく、ルートライア家の組織を次々と葬った暗躍部隊など、分かっているだけでも脅威は多い。


「オールドイス殿もそれで良いですな?」

「……分かった」

「では、私はワイバートに最終警告をするよう手配して来る。お前達は仕掛ける前提で動け。……おい」

「はっ!」


 そして、王はそれだけ言い残すと、側近を連れて部屋を出て行った。


(こうなった以上は仕方が無いか)


 この様子だと戦争は回避できそうに無いので、もう戦争をすることを前提に動くことにした。


(折角なので、この状況を利用してやるか)


 戦争をするのは決定事項なので、オールドイスは覚悟をして逆にその状況を利用することにした。


「オールドイス殿、どうか致しましたか?」

「少し考え事をしていただけだ」

「そうですか。期待していますぞ」

「そうか。では、私は各所に通達しに向かう」


 そして、オールドイスは会議が終わったところで、今後の計画を立てるために本家へと戻った。

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