episode172 レグレットの動き
それから数日が経過したが、俺達は平穏な日々を送っていた。
「いやー……平和だねー」
「そうだな」
レグレットでは裏で色々と動いていたが、こちらに戻って来てからは動きが無いので、平和そのものだった。
「そう言えば、今日は朝からルミナさんがいないね」
「ふむ……少々気になるところではあるな」
普段であれば、出掛けるにしてもこの時間から出掛けることは無いので、この時間にルミナが店にいないのは珍しい。
「何か情報を掴んだのじゃないかしら?」
「その可能性はありそうだな」
エリサの言うように調査に急を要する案件が発生して、その調査のために動いているという可能性は考えられる。
「む? 誰だ?」
と、そんな話をしていると、何者かが裏口から店に入って来た。
「この魔力は……リメットね」
「よく分かるな」
魔力を感じ取って判断するには非常に高い精度が必要になるが、エリサは難なく判断していた。
「慣れればこのぐらいはできるようになるわ」
「そうだと良いがな」
俺も日々成長して魔力を感じ取る能力は上がっているが、正直まだまだできる気がしない。
「お前達、数日振りだな」
店に入って来たリメットはそのまま二階に上がって来る。
「そうだな。そちらはどうだ?」
「こっちは順調だぞ。特に問題は無いな」
リメットにはイヴリアと一緒に元奴隷達の面倒を見てもらっているが、特に問題は起きていないようだ。
何故、彼女にその依頼したのかと言うと、ああ見えて生活能力が高いからだ。
彼女は小さな頃から妹であるリコットと二人で過ごしていたということもあって、生活能力が高い。
なので、彼女であれば生活に必要なことを教えられると思って、依頼していたのだ。
「それで、今日は何の用だ?」
「あたしはルミナさんに呼ばれて来ただけだぞ」
「ルミナさんに?」
「ああ。良い話があるので、来てくれと言われてな。内容までは聞いていないが、急いで来たぞ」
(話か……)
リメットへの話とルミナが出掛けていることは何か関係があるのだろうか。話の内容が少々気になるところだ。
「それで、ルミナさんは?」
「ルミナさんなら出掛けているぞ」
「そうなのか?」
「ああ。まあ近い内に戻って来るとは思うし、このまま待ってみたらどうだ?」
彼女のことを呼んでおきながら放置するようなことはしないはずだからな。待っていれば近い内に戻って来るはずだ。
「それが良さそうだな」
わざわざ探しに行くほどのことでも無いし、近い内に戻って来ることは確実なので、このままリビングでルミナのことを待つことにした。
そのままリビングで待っていると、しばらくしたところでルミナが店に戻って来た。
「やっと帰って来たか」
「悪いわね、リメット。遅くなって」
ルミナはリメットに対して一言謝罪すると、そのままこちらに来て席に着いた。
「それで、話とは何なんだ?」
ルミナが戻ったところで、早速、話とやらの内容を聞いてみる。
「話は二つあるわ。良い話と悪い話。どちらから聞きたい?」
「俺はどちらからでも良いが……エリサ、どうする?」
「それじゃあ良い話の方からお願いするわ」
「分かったわ。良い話についてだけど、リコットの手掛かりが見付かったわ」
「それは本当か!?」
それを聞いたリメットはテーブルをバンと叩きながら勢い良く立ち上がって、ルミナに迫るように顔を寄せた。
「そんなに慌てなくても話してあげるから、まずは落ち着きなさい」
「……分かった」
そう言われてリメットは冷静になって椅子に座り直す。
「とりあえず、資料を見てくれるかしら?」
リメットが席に着いたところで、ルミナはそう言って一枚の資料を取り出す。
「これは……奴隷の取引の記録のようだな」
資料を確認すると、それは奴隷の取引の記録だった。
リストには取引された奴隷の名前や価格、取引日時などが記されている。
「ええ、そうよ。本家に行った際に手に入れておいたわ。向こうでは見る時間が無かったから、こちらに戻ってから内容を確認したのだけど、そうしたら気になる名前があったのよ。ここを見てくれるかしら?」
ルミナが指したところを見ると、そこには「リコット・レイター」と書かれていた。
そう、リメットの妹の名前だ。
「本人で間違い無いのか?」
その名前は間違い無くリメットの妹の名前だが、同姓同名の別人という可能性もゼロではない。
なので、その点も確認しておくことにする。
「ええ。ここ数日で裏付けを取ってみたけど、間違い無さそうだったわ」
「そうか」
まあ嘘の情報を教えるわけにはいかないからな。そこはちゃんと調べていたようだ。
「それで、リコットはどうなったんだ!?」
「そんなに慌てなくても教えてあげるわ。あなたの妹はガンヴルインに売られたそうよ」
「ガンヴルイン……レグレットの隣国だな」
どうやら、リコットはレグレットに売り飛ばされた後は、その隣国であるガンヴルインに売り飛ばされたようだ。
「ただ、三年前になるから、彼女が今どうなっているかまでは分からないわね」
「何とか分からないのか?」
「調べれば少しは分かるかもしれないけど、今のところは分からないわね」
「そうか……」
そう聞いたリメットはため息をついて軽く
「……あなた、向こうに行こうとしているわね?」
「…………」
ルミナのその指摘は図星だったらしく、リメットは
「すぐにでも飛び出していきたい気持ちは分かるけど、今から直接向こうに向かうのは止めておきなさい。あなたでは調べられないでしょう?」
「…………」
「私が調べてあげるから、しばらくはこの街に留まっていなさい。分かったわね?」
「……ああ」
「…………」
リメットはそう言うが、ルミナはそれを訝しんでいるようだった。
「そう言えば、調査の報酬を貰っていなかったわね」
「報酬か?」
「ええ。もちろん、払ってくれるわよね?」
「……いくらだ? これで足りるか?」
リメットはそう言って硬貨の入った袋を取り出すと、それを勢い良くテーブルの上に置いた。
「お金は良いわ。その代わりに私からの依頼を一つ受けてもらうわ」
ルミナはそれを押し返すと、代わりに一つの依頼を出す。
「依頼? どんな依頼だ?」
「あなたには地下闘技場から連れて来たあの子達の面倒を引き続き見てもらうわ」
「それが依頼か?」
「ええ、そうよ。調べて欲しいのであれば、ちゃんと依頼をこなしなさい。間違っても勝手に一人で街を飛び出して助けに行こうなんて思わないことね」
「……分かった」
リメットは少々不満そうにしながらも、それを了承した。
「……今のあなたには私に頼る以外に妹の手掛かりを得る手段が無いことは分かっているわね?」
「……ああ」
「冷静になってあなたがすべきことを考えなさい。今あなたがすべきことはガンヴルインに向かうことかしら?」
「……分かった。しばらくはこの街に留まろう」
ルミナに諭され続けて、リメットはようやく納得したようだ。
「それで、悪い話とは何なんだ?」
ひとまず、良い話の方は済んだので、悪い話の方を聞いてみることにする。
「悪い話っていうのはレグレットの方で動きがあったということよ」
「何だ。そんなことか」
「そんなことって……大丈夫なのか? そんな一言で片付けて良い話では無いと思うが?」
「そうか? その内何かしらの動きがあることは確実だったし、別に驚くようなことでは無いと思うぞ?」
リメットはそう言うが、その内レグレットで動きがあることは分かっていたので、別に驚くようなことでも無い。
むしろ、これまで動きが無かったことが意外なぐらいだ。
「それで、どんな動きがあったんだ?」
「この国に私とレーネリアとその協力者の身柄を引き渡すように要求して来たわ」
どうやら、俺達がこの街に戻って来たことを掴んだらしく、国に対して身柄を引き渡すように要求しているらしい。
「一応、聞くが、協力者というのは……」
「察しの通り、あなた達のことよ」
念のために聞いてみたが、思った通り俺達のことだったようだ。
「やはりか。それで、その要求に対して国はどうしているんだ?」
「今のところは要求を拒否しているわ」
「そうか。それなら、しばらくは大丈夫か」
身柄の引き渡しを要求しておきながら、強硬な手段に出るようなことは無いだろうからな。
そのやり取りが続いている間は大丈夫そうだ。
「そうね」
「だが、問題は国が折れて要求に応じた場合にどうするかだな」
今の状態が続くのであれば問題無いが、問題は国が要求に応じてしまった場合だ。
もし国が要求に応じてしまうと、この国にも居られなくなる。
「そこは問題無いわ。自分で言うのも何だけど、この国の重要人物である私を引き渡すようなことはしないはずよ」
「……俺達はどうなんだ?」
「あなた達のことも引き渡さないように言っておいたから大丈夫よ」
「だと良いのだがな」
ルミナはそう言うものの、国の重要人物である彼女はともかくとして、そうではない俺達のことは引き渡しに応じてしまう可能性も十分に考えられる。
「私が大丈夫だって言っているのを信用できないのかしら?」
「いや、ルミナさんのことを信用していないわけではない。問題は国の方だ」
「私が言っておいたのだから大丈夫よ。それに、たとえ国が引き渡すって言っても、私が守ってあげるから安心しなさい」
「……そうか。では、もしそうなった際には頼んだぞ」
「ええ、任せて。三人のことは守ってあげるわ」
「あら、私達のことは守ってくれないのかしら?」
それを聞いたエリサは意地悪くそんなことを尋ねる。
「あなた達は自分達の力だけでどうにかできるでしょう?」
「そうね。私達は自分でどうにかするから、あなたは三人の心配をしてあげると良いわ」
まあエリサ達は戦闘能力が高いし、霧の領域の基地に戻れば何とかなるからな。
彼女達のことは気にしなくても良さそうだ。
「それで、今後はどうするつもりなんだ?」
「とりあえず、このまま向こうの出方を窺うわ」
「ふむ、そうか」
「あら、不満そうね?」
「このままだと膠着状態が続くだけのように思えるが、大丈夫なのか?」
様子を見るのは良いが、それだと膠着状態が続くだけなので、何の解決にもならないように思える。
「確かに、このままだとエリュの言うように膠着状態が続くだけかもしれないけど、残念ながらそうも行きそうにないのよね」
「どういうことだ?」
「まだ確証を得たわけじゃないから確実なことは言えないけど、こちらが引き渡しに応じる気が無いことを悟ってなのか、ワイバートに仕掛けて来ようとしているみたいなのよ」
「仕掛ける……? 戦争をか?」
「ええ、そうよ。ただ、今のところはそれらしき動きが見られたというだけだから、先程も言ったように確実なことは言えないわ」
どうやら、レーネリアを巡る一件が広がって、戦争にまで発展しようとしているらしい。
「そうか。…………」
「あら、もしかしてこうなっちゃったことを気にしているのかしら?」
「まあ流石にここまで事が大きくなるとは思っていなかったからな」
最初はルートライア家との直接対決になるぐらいだと思っていたからな。ここまで事が大きくなるのは予想外だ。
「あなた達が責任を感じる必要は無いわ。レーネリアのこととなるとルートライア家と対立することは確実だったし、最悪レグレットと対立することも想定していたわ。だから、これは起こるべくして起こった必然的な出来事だし、想定内だから何の問題も無いわ」
「まあそういうことにしておこう。それで、今後はどうするんだ?」
「ひとまず、このまま待機で良いわ。何か進展があれば報告するわね」
「分かった。話は以上か?」
「ええ。それじゃあ私は地下で作業をして来るわね」
そして、話が終わったところで、ルミナは地下に向かった。
「一応、俺達はいつでも動けるようにだけしておくか」
「そうね」
今のところは特にすることは無いが、いつ動くことになるか分からないので、俺達は準備だけしておくことにした。
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