episode155 それぞれの下準備

「……で、馬車を手配するとは何だったんだ?」


 翌日、俺とシオンは洞穴内で錬成魔法を使って馬車の作成を行っていた。


「リグノートで手配するのが面倒なことは分かるでしょう?」

「それはそうだが……まさか、作らされることになるとはな」


 俺達のことはマークされているので、リグノートで馬車を手配するのが面倒なのは分かる。

 だが、まさか作らされることになるとは思っていなかった。


「ところで、その辺の適当な木で作ったので大丈夫なのか?」


 素材として使っている木はその辺にあった適当な物を切って使っているが、これだとどうしても耐久面に問題が出て来てしまう。

 ただの木なので物理的な面での耐久性はもちろんのこと、変形させただけで特殊な加工もしていないので、経年劣化も早い。


「どうせ使い捨てだから問題無いわ。こちらで活動する間だけ使えればそれで良いわよ」

「そうか」


 まあ確かにこの馬車を今後も使うわけではないからな。今回だけ使えれば問題無いか。


「さて、こんなものか」


 と、ここでようやく頼まれていた馬車を作り終えた。


「とりあえず、動くかどうかを確認してみるか」


 この馬車は普通の馬車では無く、魔力駆動式の馬車だ。

 なので、ひとまず動作確認をしてみることにした。


「私も一緒に確認させてもらうわね」

「ああ、構わないぞ」


 動作確認のためにエリサと一緒に御者台に乗って、魔力を流して馬車を起動する。


「後はこれで動くかどうかだが……問題無さそうだな」


 軽く動かして動作確認してみたが、特に問題は無さそうだった。


「そうね。ルミナの組んだ術式とだけあって、安定しているわね」


 術式はルミナから伝えてもらった物をそのまま使ったが、錬成魔法道具店の店主とだけあって、高度な術式が組まれていた。

 見たところ、動作は安定していて不具合も無さそうだ。


「壊れた際にも修理ができるようにスペアのパーツも用意しておいてくれるかしら?」

「分かった」


 普通の木で作っただけなので壊れやすいだろうからな。壊れた際にもすぐに直せるように、スペアのパーツも作っておくことにする。


「スペアのパーツは私の次元空間に戻って作ると良いわ。とりあえず、馬車は私が預かっておくわね」

「ああ」


 このまま馬車をここに置いておくわけにはいかないからな。完成した馬車はエリサの空間魔法で収納しておいてもらうことにする。


「ところで、昨日言っていた案とは何なんだ?」


 昨日は何か良い案があるようだったが、結局それが何なのかは聞いていない。

 なので、ここで少しそのことを聞いてみることにした。


「それはその内分かるわ。今日の夜合流するから、それまで待つと良いわ」

「そうか」


 少々気になるところではあるが、待てば分かることなのでここは素直に時間まで待つことにした。


「それじゃあスペアのパーツ作りも頼んだわね」

「ああ」


 そして、その後はエリサの次元空間に戻ってからスペアのパーツ作りを始めた。






 その夜、準備を終えた俺達はエリサの次元空間内でのんびりとくつろいでいた。


「こちら、紅茶になります」


 イヴリアは淹れた紅茶を全員に配って、彼女もそのまま席に着く。


「メイドとだけあって手慣れているな」

「ありがとうございます」


 ルートライア家のメイドを務めていただけはあって、その作業にはかなり手慣れているようだった。


「悪いのだけど、もう一人分用意してくれるかしら?」

「もう一人分ですか?」

「ええ。彼が来たみたいだから」


 どうやら、エリサが呼んでいた人物が来たらしく、その分も用意してくれとのことのようだ。


「入って良いわよ」


 そして、エリサがそう言って出入り口の方に視線を移すと、次元空間の出入り口が開いた。


「誰かと思ったらヴァルトか。珍しいな」


 空間内に入って来たのはヴァルトだった。

 基本的に彼はあまり外に出ることは無く、協力することも少なかったので、こうしてわざわざ協力するために来てくれるのは珍しい。


「ふむ、珍しいか……確かに、遠出をするのは浮遊大陸以来ではあるな」


 どうやら、その自覚は彼自身にもあるらしい。


「まあそんなことはどうでも良い。それでエリサよ、例の女はこいつか?」

「ええ、そうよ。彼女の分身は作れるわね?」

「当然だ。我に掛かればその程度は造作も無い」


 ヴァルトがそう言って人差し指をイヴリアに向けると、彼女の足元に魔法陣が展開された。


「っ!?」

「そこから動くな。複製を術式として記録できんだろう?」


 イヴリアは反射的にそこから跳び退こうとしたが、ヴァルトは目にも留まらぬ速度でそこに接近して、腕を掴んでそれを止めた。


(……速いな)


 ヴァルトはその僅かな動きや魔力の流れから察するに、イヴリアが跳び退こうとしたことを察してから動いていたようだが、彼の動きはそれに追い付くことができるほどの反応速度とスピードだった。


「大丈夫よ。複製のために記録するだけだから、警戒しなくても良いわ」

「……分かりました」


 イヴリアはエリサに言われて納得したらしく、素直に従ってくれた。


「ふむ……記録したぞ」


 そして、数秒ほどしたところで記録が終わったらしく、魔法陣が薄れていって消滅した。


「ところで、何をするつもりなのですか?」

「彼にあなたの分身を作ってもらって、それを護衛しているように見せるわ」

「先程から言っている『分身』とはどのような物なのですか?」


 イヴリアは分身のことが気になっているらしく、そのことをエリサに尋ねた。

 まあ彼女はヴァルトの分身を見たことが無いからな。それが気になるのも当然か。


「ヴァルト、見せてあげなさい」

「良かろう。見ておくが良い」


 ヴァルトは右手を前に突き出して、そこに手の平ぐらいの大きさの魔法陣を展開すると、そこから赤い液体が流れ出た。

 そして、その液体が集まって人の形を形成すると、それが色付いてイヴリアと全く同じ姿になった。


「これが分身ですか……精巧で見ただけだと分かりませんね」

「そうであろう?」

「と言うか、自分以外の分身も作れたんだな」

「先程のように記録しておけば作れるぞ」


 以前見せてもらったときは自分の分身を作っていたが、考えてみれば彼の能力は自在に自身の血を操る能力だからな。

 作る形や色のデータさえあれば、基本的に何でも作ることができるか。


「そうか。それで、本物のイヴリアはどうするんだ?」

「本物はリュードランに向こうに送ってもらうわ。とりあえず、これからのそれぞれの動きについて説明するわね」

「ああ、頼んだ」


 エリサがこの後のことについて纏めてくれるようなので、このままそれを聞いてみることにする。


「先程言ったように、イヴリアは今からリュードランと一緒に向こうに向かってもらうわ」

「今からですか?」

「ええ。暗い方が見付かりにくいから、今から行ってもらうわ。準備が整ったら言ってくれるかしら?」

「分かりました」


 まあ今回夜に合流したのも見付からないようにするためだからな。できるだけ早く出発してしまった方が良いだろう。


「アデュークとヴァルトは分身を使って護衛をしているような振りをしていてくれるかしら?」

「我もか?」

「あなたがいないと分身の維持が面倒でしょう? 別にあなたは戦わなくても良いわ」

「そうか。では、我は馬車の中で適当に闇に潜っておくことにしよう」


 闇に潜るというのはよく分からないが、恐らく闇魔法で作った空間に潜むということだろう。


「そして、残った四人でリグサイドに行って、地下闘技場についての調査をするわ」

「分かった」

「何か質問はあるかしら?」

「「「…………」」」

「無いようね。それじゃあイヴリアとリュードランは準備をして、他は休むと良いわ」


 そして、これからのことを確認し終えたところで、解散となった。


「そう言えば、地下闘技場はどこにあるんだ?」


 それはそうと、地下闘技場の調査に行くのは良いが、その詳しい場所をまだ聞いていない。

 なので、今の内にその場所を聞いておくことにする。


「大型商業施設の地下にあるわ」

「そうか。ところで、地下闘技場にはどうすれば入れるんだ?」

「普通に入れるわよ」

「普通に入れるのか? 表向けの施設では無いし、そうとは思えないのだが?」


 地下闘技場はどう考えても表向けの施設では無いので、普通に入れるとは思えない。

 紹介制だったりして、入場には何かしらの制限があるのが普通だ。


「地下闘技場は国が黙認している施設だから、隠れて営業する必要が無いのよ。だから、一般人でも普通に入ることができるわ」

「なるほどな」


 まあそれなら普通に入れるというのも分からなくは無いな。


「と言うか、思っていたよりも詳しいな」

「一応、何度か行ったことがあるから、ある程度は知っているわ」

「なるほどな。それで知っていたのか」


 エリサ達はこの国に調査に来たこともあるからな。地下闘技場の調査をしていてもおかしくは無いか。


「まあ私が案内してあげるから大丈夫よ」

「そうか。では、明日は任せるぞ。ところで、今日の夜の見張りはどうするんだ?」


 それはそうと、今日の夜の見張りについてをまだ決めていないので、そのことについて話すことにする。


「今日は私とアーミラで見張りをするわ。だから、あなた達は休んでいて良いわよ」

「そうか。では、今日はゆっくり休ませてもらう」

「ええ、そうすると良いわ」


 そして、その後はのんびりと就寝までの時間を過ごした。






 エリュ達が休息を取っている頃、リグサイドでは一人の少女があることを調べ回っていた。


「エリサ達にこの国まで連れて来てもらったは良いが……全然、手掛かりが掴めないな」


 そう、彼女はガーグノットでレジスタンスのリーダーを務めていたリメットだ。

 彼女は妹であるリコットの手掛かりを探してこの街に来ていた。


「リコットが売り飛ばされたのは三年以上前だし、今更調べても分からないか」


 だが、リコットがこの国の奴隷商人に売り飛ばされたのは三年以上も前の話なので、手掛かりを見付けられないでいた。


「地下闘技場か……明日はそこを調べてみるか」


 地下闘技場の存在とそこが奴隷を使って戦わせる施設であるとの情報は得ている。

 なので、そこを調べれば何か手掛かりが得られる可能性があった。


「とりあえず、今日は切り上げて宿に戻るか」


 そして、明日は地下闘技場の調査に向かうということを決めたリメットはそのまま宿に戻った。

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