episode130 大規模討伐戦

 翌日、少し早めに起きて準備を始めた。


「えーっと……武器は万全の状態で……ポーションも揃ってて……」

「ふむ、問題無さそうだな」


 こちらに来る前に確認しておいたものを再確認してみたが、特に問題は無さそうだった。


「相変わらず、エリュは慎重だねー」


 その様子を暇そうにしながら見ていたステアが、そう言って確認の終わった短剣を手に取る。


「まあな。そちらは大丈夫か?」

「うん。昨日の夜アリナが全員のを確認してたからね」

「そうか」


 俺達は先に眠ったので知らなかったが、昨夜はアリナがリーダーらしく全員の装備品の確認をしていたようだ。


「ステアは手伝わなかったのか?」

「あたしはもう寝てたからね」

「では、何故そのことを知っているんだ?」

「…………」


 だが、そう尋ねるとステアは黙り込んでしまった。

 彼女の言う通りにそのときに既に眠っていたとすると、当然そのことは知り得ないはずだ。

 つまり、そのことを知っているということは、そのときステアはまだ起きていたということになる。


「まあどうせ手伝うのが面倒で寝た振りでもしていたのだろう?」

「そ……そんなことは無いって!」


 本人はそう言って否定するが、これはどう見てもこれは図星だな。


「ステア、どうなの?」


 ここでアリナが話に加わって来る。


「だから、そんなこと無いって!」

「ふーん……そうなんだ」

「分かってくれた? 起きてたらもちろん手伝ったよ! ……痛ぁ!?」


 だが、アリナはそれを聞いた上でステアの頭を掴んだ。


「痛いって! 何でちょっと怒ってるの!?」

「……ステアが寝た振りをしてたのは分かってたよ」

「いやー……それは気のせいで……って、痛い! 待って! 謝るから放して!」

「…………」


 ここでアリナはようやくステアのことを放した。


「ステアの良くないのはそうやって隠し通そうとするところだよ」

「じゃあ素直にサボるって言ったら怒らないの?」

「いや、それはそれで怒るけど」

「結局、怒るじゃん!」


 まあ結局サボっていることに変わりは無いからな。怒られて当然だろう。


「話はそこまでにして朝食を済ませておきませんか?」


 と、ここでレーネリアが朝食にすることを提案して来た。

 今日は朝から大規模討伐戦が始まるが、朝食は各自で摂ってから集合することになっている。

 なので、朝食は早めに済ませて余裕を持って動けるようにしておきたいところだ。


「それもそうだね。とりあえず、朝食にしよっか」

「ああ」


 そして、朝食にするために自分の分とシオンの分の朝食用の保存食を取り出す。


「……助かったよ、レーネリア」


 ステアがレーネリアの耳元で囁くようにして礼を言う。

 本人は周りに聞こえないように言ったつもりだったようだが、俺にはしっかりと聞こえていた。


「まあ説教のせいで遅れてしまっても困りますので」


 確かに、そのせいで集合時間に遅れるのは困るからな。


「二人ともどうかしたの?」

「いや、何でも無いよ。早く朝食にしよ」


 ステアはそれを誤魔化すように朝食を急かす。


「そうですね。こちらが朝食になります」


 そして、レーネリアは空間魔法で『緑風の紡ぐ空ブリズドアイビー』のメンバーの分の朝食の保存食を取り出した。


「では、いただくとするか」

「だね」


 そして、そのまま朝食を摂って準備ができたところで、早めに集合場所に向かった。






 集合場所に向かうと、ちょうど人が集まり始めているところだった。


「ちょっと早すぎたかな?」

「遅れるよりかは良いのではないか?」

「それもそうだね」


 こういうのは時間がギリギリになって焦るのが一番良くないからな。早いぐらいでちょうど良い。


「皆さん、お早いですね」


 と、ここでこちらに気付いた職員が声を掛けて来た。


「まあな」

「それでは、出席の確認のために、こちらの名簿にサインしていただけますか?」


 そして、職員はそう言って俺に名簿を渡して来る。


「分かった。アリナが書くか?」

「いや、エリュが書いて良いよ」

「分かった」


 リーダーであるアリナに代表して書いてもらった方が良いかと思ったが、本人がそう言うのであれば俺が書いてしまっても問題は無いだろう。そのまま俺が名簿にサインする。


「それでは、このままこちらでお待ちください」


 そして、サインを受け取った職員は他の参加者の出席の確認に向かった。


「忙しそうだね」

「まあこれから参加者が集まり始めるところだからな」

「それもそっか。それで、この後はこのままここで待つの?」

「ああ。特にすることも無いからな」


 少々暇にはなるが、早めに来たのでそれは仕方の無いことだろう。


「分かったよ」


 そして、その後はのんびりとしながら参加者が集まるのを待った。






 それから三十分ほどが経過したところで、大規模討伐戦の参加者全員が集まった。


「全員が集まったようですね。それでは、前線に配置されている方は早速、出撃していただきますが、準備はできていますね?」

「「「はい!」」」


 勢い良く返事すると、同時にそれぞれで武器を構える。


「そうで無い方は少しの間このまま待機となります。出撃の際はこちらで指示しますので、いつでも出撃できるように準備しておいてください」

「「「はい!」」」

「それでは、前線に配置されている方は出撃してください!」

「「「はい!」」」


 そして、職員のその号令と共に前線に配置されているメンバーは一斉に出撃した。






 出撃した俺達は奥を目指して森の中を駆けていた。


「フゴッ!」

「……斬る」

「フゴ……」


 茂みから飛び出して来たアイスホーンボアを斬り捨てて、そのまま速度を落とさずに駆けて行く。


「レーネリア、怪しい反応はあるか?」

「今のところは特にありません」

「そうか」


 レーネリアには常に魔力探知を張ってもらっているが、特に怪しい反応は無いようだ。


「敵の動きも特に怪しい点は見られないな」


 敵の動きも観察しているが、今のところは報告にあった統率の取れた動きは見られない。


「やっぱり、気のせいだったんじゃない?」

「……だと良いのだがな」


 シオンの言う通りに報告者の気のせいであれば良いのだが、そうとは限らないので警戒は怠らないようにしておく。


「……左右から来ます。二体ずつです」


 ここで敵が近付いて来ているのを感じ取ったレーネリアがそのことを報告して来る。


「分かった。アリナ、ステア、右側は任せた」

「分かったよ」

「おっけー」


 右側の魔物はアリナとステアに任せて、俺とシオンは左側の魔物を片付けることにする。


「フゴーーッ!」

「……またお前か」


 茂みから飛び出して来たのはまたしてもアイスホーンボアだった。

 それを居合斬りで軽く斬り捨てる。


「アリナとステアは……当然一撃か」


 アリナとステアの方を確認すると、こちらもアイスホーンボアを一撃で倒していた。


「まあ大した魔物じゃないからね」

「そうだな」


 最初に戦ったときも倒そうと思えばすぐに倒せたしな。この程度の魔物は俺達の敵では無い。


「このままこんな感じが続けば楽なんだけどなー」

「だねー」

「……気を抜くな。安心するのは森の全域を確認し終わってからにしろ」


 ステアとシオンは余裕そうにしているが、安心するにはまだ早すぎる。


「分かってるって」

「だと良いのだがな……」


 特にステアは調子に乗りそうなので少々心配だ。


「それじゃあこのまま奥に進もっか」

「ああ」


 そして、その後も順調に敵を倒しながら森の奥へと向かった。






 それからしばらくして、ある程度森の奥まで来たところで少し休憩することにした。


「ふぅ……ここまでずっと走って来たので、少し疲れましたね」


 ミリアはそう言って近くにあった腰掛けるのにちょうど良い大きさの岩に腰掛ける。


「別にそうでも無いが?」

「ボクも」

「私はまだ大丈夫だよ」

「あたしもまだまだ行けるよ」

「私もまだ大丈夫です」


 ミリアはそう言うものの、他のメンバーは別にそうでも無かった。


「そうですか?」

「ミリアはもっと体力付けた方が良いんじゃない?」


 ステアの言う通り、ミリアはもっと体力付けた方が良さそうだな。

 体力が無いわけではないのだが、他のメンバーと比べて体力が少ないことは確実だ。


「そうだね……ミリアには体力を付けるような練習メニューを組もうかなぁ」


 その様子を見たアリナはミリアの体力増強のためのトレーニングを計画する。


「体力を付けるよりも魔力のコントロールの練習をした方が良さそうではあるがな」


 だが、どちらかと言えば問題は魔力のコントロールの精度が低いことだ。

 魔力のコントロールの精度を上げれば魔力強化の精度が上がるし、そちらの方が短期間でできる上に体力を増やすよりも高い効果を見込める。


「そう?」

「ああ、俺はその方が良いと思うぞ。魔法の精度も上がるからな」


 俺が魔力のコントロールの練習を推奨したのはそれだけが理由では無い。

 それを推奨したもう一つの理由は魔力のコントロールの精度を上げれば魔法の精度も上がるからだ。


「確かに、それもそうだね」

「エリサに言えば教えてくれるかもしれないぞ?」

「うーん……今度頼んでみようかなぁ……。確か、エリサ達って今は何か用があっていないんだよね?」

「ああ」


 エリサ達は戦利品の売却とそのついででレジスタンスの護衛をしているからな。それが終わるまでは戻って来れない。


「いつ頃帰って来る予定なの?」

「それは特に聞いていないな。まあ状況によって少々予定が前後するようなことではあるし、正確なことは言えないな」

「そうなんだ。それで、エリサ達は何してるの?」

「別に大した用では無い。気にするな」


 その内容までは言わない方が良さそうなので、ここは適当にはぐらかすことにする。


「ふーん……まあいっか。そこまでは聞かないでおいてあげる」

「そうしてくれると助かる」

「それじゃあそろそろ休憩は終わりにして行こっか」

「そうだな」


 そして、十分に休んだところで、魔物の討伐を再開することにした。






「特に何も起きないねー」

「そうだな」


 それからさらに十五分が経過した。

 魔物の討伐を続けてはいるが、相変わらず特別なことは起きていない。


「魔物は多い気がするけど、それだけだよね」


 ステアの言う通りに魔物の数は少々多い気はするが、それ以外には変わった点は見られない。


「……正面から集団が来ます」


 ここでレーネリアが敵の接近を感知して報告して来る。


「数は?」

「三十ほどです」


 三十体か……。少々多いな。


「分かった。俺が先制する」


 とりあえず、一番前にいるのは俺とアリナなので、俺が先制攻撃を仕掛けることにした。

 範囲攻撃できる魔法の術式を詠唱して、詠唱待機状態にして構える。


「フゴッ!」

「ガルッ!」

「……撃つ」


 そして、現れた魔物達に向けて雷魔法を放った。


「フガッ……」

「ガッ……」


 俺の魔法によって放射状に大量の雷が放たれて、直撃した魔物を黒焦げにする。


「私も行きます」

「あたしも行くぜ!」


 さらに、レーネリアとフードレッドが残った敵に魔法で攻撃を仕掛ける。


「三人ともありがと! 後は私達に任せて!」


 そして、それでも残った敵をアリナが倒しに向かう。


「あたしも行くよ!」

「ボクも!」

「……殲滅します」


 それにステア、シオン、スノーホワイトの三人も続いて残った敵を殲滅した。


「うーん……やっぱり、Eランク、Dランク推奨クラスの魔物だと何体いても大したこと無いね」

「だね。……どうしたの、エリュ?」


 ここで俺が何かを気にしていることに気が付いたシオンが何事なのかを聞いて来る。


「ああ。ちょっとな」

「……エリュも気付きましたか?」

「まあな」


 どうやら、レーネリアはこの違和感に気付いていたようだ。


「えっと……何かあった?」


 他のメンバーは気付いていないようなので、説明することにする。


「違う魔物が混在していた上に少しではあるが統率が取れていた」


 違和感というのは違う魔物が混在していたことと統率が取れていたことだ。

 俺の先制攻撃で陣形が崩壊していたので、後者に関しては確認できる時間がほとんど無かったが、明らかに何者かの意思によって陣形が組まれていた。


「確かに、違う魔物が混在してるね」

「しかも、リーダーになって統率するような魔物もいませんね」


 さらに、ミリアの言う通りに魔物を統率できるようなリーダーシップのある魔物もいなかった。

 なので、これらの魔物が集団行動を取っているのは明らかに不自然だ。


「と言うことは、他の統率者がいるってこと?」

「そういうことになるな」


 つまり、このことから導き出される答えは他の統率者が存在しているということだった。


「とりあえず、このことを報告するぞ」


 ひとまず、統率者が存在していることは分かったので、そのことを報告することにした。

 渡されていた通信用の魔法道具を取り出して、冒険者ギルドの職員との通信を繋ぐ。


「……何かありましたか?」

「ああ。どうやら、統率された行動が見られたというのは気のせいでは無かったようだぞ」

「どういうことですか?」

「違う魔物が混在している魔物の集団が集団行動を取っていた」

「……それは本当ですか?」

「ああ。間違い無い」

「…………」


 それを聞いて思考を巡らせているのか、職員の女性は無言になった。


「……! 何かが来ます! 警戒して構えてください!」


 と、ここでレーネリアが何かが近付いて来るのを感じ取って、これまでに無い言葉で強く警告して来た。


「どこから来てるの?」


 すぐにアリナがその方向を尋ねる。


「上です!」


(上ということは上空か?)


 そう言われて上空の方に視線を移すと、何かが飛んでいるのが確認できた。


「あれは……レッサーワイバーン?」


 それを見たステアが呟くようにそう言う。


(確かに、そのように見えるが……)


 確かに、その容姿を見た感じだと、上空を飛んでいる何かはレッサーワイバーンのように見えた。

 だが、俺には何故だかそうではないように思えた。


(いや、違う。あの魔物は……)


 しかし、よく見るとその部位にはレッサーワイバーンとの差異が見られ、レッサーワイバーンにしては体長が長かった。


「っ! 避けろ!」


 しかも、こちらの存在に気が付いて口を開いて攻撃態勢に入っていた。

 すぐに全員に回避するように指示を出す。


「避けるって言われましても……」

「レッサーワイバーンの火球もこの距離なら大丈夫だよ」


 しかし、あの魔物をレッサーワイバーンだと思っているようで、全く警戒しようとしなかった。


「レーネリア、スノーホワイト、フードレッド!」

「はい!」

「分かりました」

「任せろ!」


 なので、分かっているメンバーに他のメンバーの補助をするように指示を出す。


「グルルアァァーーー!」


 そして、咆哮と共にその口からビーム状の雷撃が放たれた。


「っ!」

「っ……」

「回避します」

「当たるかよ!」


 その雷撃を分かっているメンバーが他のメンバーを肩に担ぎ上げて回避することで、その雷撃を何とか全員で回避した。

 先程まで俺達がいた場所に雷撃が着弾して、着弾点で大爆発が引き起こされる。


「な……なな……何なんですか、あの魔物は!?」


 その高火力の雷撃を目の当たりにしたミリアはかなり動揺している。


「……もしかして、あの魔物はレッサーワイバーンじゃなくて違う魔物?」

「……間違い無いね。レッサーワイバーンはこんな高火力な攻撃なんてできないし」


 ステアとアリナはこの攻撃を見て、ようやくあの魔物がレッサーワイバーンではないことに気付いたようだ。


「ああ、そうだ。あの魔物はレッサーワイバーンなどという竜種もどきの魔物ではない。あれはれっきとした竜種の魔物、ワイバーンだ」


 そう、上空に現れたあの魔物はBランク推奨の竜種の魔物、ワイバーンだった。

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