episode123 雪国ノースレイヴ

 冒険者ギルドを出た後は飲食店が立ち並ぶ場所にやって来た。

 もちろん、目的は夕食を摂ることだ。


「それで、どの店にするの?」

「そう言われても、私もこの街には来たことが無いよ?」


 シオンがどの店で夕食を摂るのかをアリナに尋ねるが、彼女もこの街には来たことが無いようなので、当然、店のことにも詳しくない。


「『緑風の紡ぐ空ブリズドアイビー』の皆に聞くが、過去にこの街に来たことはあるのか?」

「無いよー」

「わたしはありません」

「私もありませんね」


 思った通り、全員この街に来るのは初めてのようだ。


「やはり、そうか」

「じゃあどうするの?」

「お前達が相談して決めれば良いのではないか? 俺はどこでも良いのでお前達だけで決めて良いぞ」


 俺は別にどこでも良いので、向かう店は他のメンバーに任せることにする。


「分かったよ。みんなはどこか行きたいところはある?」

「まだあまり見て回れてないし、もう少し見て回ってからかな」

「あたしもー」

「そうですね」

「私も同意見です」


 どうやら、全員の意向は一致していて、もう少し見て回ってから決めたいとのことだった。


「それじゃああっちに行ってみよっか!」


 そして、シオンが真っ先に駆け出して行く。


「あ、待ってよー!」

「待ってくださーい!」


 それをステアとミリアが追い掛ける。


「俺達も行くか」

「そうだね」

「そうですね」


 そして、俺とアリナとレーネリアもそれを追い掛けた。






 六人で横一列になって歩くわけにもいかないので、三人ずつで二列になって歩くことにした。

 前列はシオン、ステア、ミリアの三人で後列は俺、アリナ、レーネリアの三人だ。


「色々あるね」

「そうだね」


 そして、ゆっくりと街を歩いて店を見て回る。

 どの道、夕食の時間には少々早く、時間を潰す必要があるからな。ゆっくりと歩いて回るぐらいでちょうど良い。


「そう言えば、街に入ったときから思ってたけど、暖かい気がするのは気のせい?」

「言われてみればそうだね」


 シオンの言う通り、言われてみれば街の外と比べると暖かい気がする。


「街の主要な道などには地面の下に熱気を発する刻印術式が仕込まれています。なので、街の外と比べると街中は暖かくなっています」


 それを聞いたレーネリアがそのことについての説明をする。


「そうなのか。と言うか、何故そんなことを知っているんだ?」

「ルミナさんに聞いていましたので」

「そう言えば、ルミナさんはこの街の設備のことにも関わってたっけ」


 それを聞いてアリナが思い出したように言う。

 まあワイバートとこの国は友好的な関係なので、国で一番の錬成魔法の使い手であるルミナが技術的に何かしらの協力をしていてもおかしくは無いな。


「そうなんだ。やっぱり、ルミナさんってすごいんだね」


 シオンが珍しく感心したように言う。


「言われてみれば、この街の街灯はワイバスの物と似ているな」


 ここで街灯をよく見てみると、ワイバスの物とかなり似ていた。


「こちらの街灯には熱気を発する刻印術式が仕込まれているので、少しだけ形が異なっているらしいです」


 どうやら、形状に違いが見られるのは組まれている刻印術式に合わせたからのようだ。


「そうか。ところで、良さそうな店は見付かったか?」


 それはそうと、ここに来た目的は夕食を摂ることだ。

 ひとまず、行きたい店が見付かったのかどうかを聞いてみる。


「ボクはあの店が良いかな」

「あれか?」


 シオンが選んだのはファミレスのような店だった。

 確かに、あの店なら夕食を摂るのにはちょうど良さそうだ。


「お前達はどうなんだ?」


 シオンの意見だけで決めるわけにはいかないので、他のメンバーにも意見を聞いてみる。


「私はどこでも良いからみんなに合わせるよ」

「私もどこでも構いませんよ」


 アリナとレーネリアは特に希望は無いようだ。


「あたしはシオンと同じところが良いかな」

「わたしもです」


 ステアとミリアはシオンと同じ店が良いようだ。


「そうか。では、あの店に行くか」

「だね」


 そして、全員の意向が一致したので、その店に行くことにした。






「人は……まだ少ないようだな」


 店に入って軽く席を見渡してみたが、少し早い時間なせいか人は少なかった。

 席はテーブル席のみで、明度の高いライトが店内全体を照らしていて、明るい印象を受ける。

 やはり、外から見た通りにファミレスのような感じの店のようだ。


「いらっしゃいませ。六名様でしょうか?」


 そして、店に入ったところで、店員の獣人ビーストの女性に話し掛けられた。


「ああ」

「それではこちらへどうぞ」


 そのままその店員の獣人ビーストの女性に席に案内される。


「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」


 そして、それだけ言い残すと、厨房に戻って行った。


「どうした、シオン?」


 ここでシオンは何か気になることがあるのか、先程の店員のことをじっと見ていた。


「モフモフ……暖かそう」

「……そうか」


 どうでも良いことだったので、軽く流してスルーする。


「はい、メニューだよ」


 と、ここでアリナから店のメニューを渡される。


「シオンはどれにするんだ?」


 シオンとその隣にいるステアと共に一緒にメニューを見ていく。


「エリュはどうするの?」

「そうだな……俺はアイスウィングの唐揚げにするか」


 アイスウィングは寒い地方に生息するEランク推奨の鳥の魔物だ。

 肉は食用になり、羽は保温性が高く服の素材として有用なので需要が高く、討伐依頼が多いのでこの国の冒険者には人気の依頼らしい。


「ボクはこれにしようかな」


 シオンが選んだのはアイスホーンボアのステーキだった。

 アイスホーンボアはその名の通り一本の角を持った猪の魔物で、こちらはDランク推奨の魔物だ。

 肉は食用になり、角は武器の素材になるので需要が高く、こちらも討伐依頼が多く人気の依頼だ。


「ステアは決まったか?」

「うん、あたしはもう決まってるよ」


 ステアは既に注文する品が決まっていたようだ。


「みんな決まったみたいだね」

「そのようだな」

「店員さーん。注文良いですかー?」


 全員の注文が決まったところで、アリナが店員を呼び出す。


「今行きます」


 呼ぶとすぐに先程の獣人ビーストの女性の店員がやって来た。


「それではご注文をお伺いします」

「ええっと……アイスウィングの唐揚げとアイスホーンボアのステーキと……」


 そして、アリナが代表して全員の注文を伝える。


「かしこまりました。それでは少々お待ちください」


 そして、注文を受けた店員はそのまま厨房に戻って行った。


「うーん……やっぱり、獣人ビーストってモフモフしてて暖かいのかな?」


 シオンはまだそんなことを気にしていたらしく、呟くようにそう言った。


「ミーシャに聞いてみれば良いんじゃない?」


 それにはステアが答えた。


「それもそうだね」

「それにしても、やはりメニューも地方に合った物だったな」


 メニューは一通り見てみたが、使われている食材はこの地方で手に入る物がほとんどだった。

 他の国でもその傾向は見られたので、やはり魔物が存在していて輸送が大変なこの世界では、近くで手に入る物が使われることが多いようだ。


「まあこの国は北と西には山脈があって、東は霧の領域になってるからね。その関係で交易しやすいのはワイバートぐらいだから、その傾向は強いみたいだね」


 言われてみれば、この国は周囲の地形の関係でワイバートとぐらいしか交易をしていないので、そうなるのも当然と言えば当然か。


「でも、その分ワイバートとの交易はかなり盛んなんだよね?」


 シオンがアリナに確認するようにして聞き返す。


「そうだよ。ワイバート側としても寒い地方でしか手に入らない物は珍しいから、交易には積極的だよ」


 この大陸には寒い地方が少ないので、そのような地方でしか手に入らない物が手に入るのはワイバート側としてもメリットだ。

 実際、ルミナもそのようなことを言っていて、この国から錬成で使う物を仕入れているようだしな。

 ワイバートがこの国との交易に積極的なのも頷ける。


「この地方にしかいない魔物だとか雪山にしか無い薬草だとか色々あるらしいよね」


 ステアが補足するように言う。


「そうなのか。ところで、明日からの予定は決まっているのか?」


 大規模討伐戦まではまだ一週間近くあるが、それまでの予定が決まっているのかを聞いてみる。


「適当に依頼を受けるつもりだよ。大規模討伐戦までにいつもと違うここの環境に慣れておきたいからね。エリュは何か予定はあるの?」

「いや、俺達は特に予定は無い。そちらに合わせるぞ」


 俺達は特に予定は無いので、『緑風の紡ぐ空ブリズドアイビー』のメンバーに合わせて動くことにする。

 まあ今回に関しては俺も同じことを考えていたからな。依頼を受けることに異存は無い。


「分かったよ。言わなくても分かってるとは思うけど、明日は朝から依頼を受けるから準備は済ませておいてね」

「ああ。分かっている。……む?」


 と、ここで店員が料理を持ってこちらに来ているのが確認できた。

 どうやら、注文した料理が出来上がったらしい。


「こちら、ご注文の品になります」


 そのままテーブルに料理が並べられていく。


「それじゃあ夕食にしよっか」

「そうだな」


 そして、その後はのんびりと雑談をしながら夕食を摂って、それが終わったところで冒険者ギルドに戻った。






 冒険者ギルドに戻ったところで、そのまま取っておいたギルド直営の宿へと向かった。

 もちろん取った部屋は二部屋で、俺とシオン、『緑風の紡ぐ空ブリズドアイビー』のメンバーとで別れている。


「思ったより暖かいね」

「そうだな」


 外はそれなりに寒かったが、部屋は快適に過ごせるぐらいに暖かかった。

 寒い地方なだけあって、暖房器具はそれなりに充実しているようだ。


「こういうのも全部ルミナさんが作ったのかな?」

「流石にそれは無いと思うぞ? 技術的な協力はしているだろうがな」


 時期が定かで無い以上、断定はできないが、協力したのは冒険者時代で店を開く前だろうし、その時期に本格的に錬成魔法での大量生産をしたとは思えない。

 それに、店を開いた後だったとしてもこのような簡単な物はミィナやリーサの担当だろうしな。ルミナ本人が作ってはいないだろう。


「それもそうだね。とりあえず、部屋は暖かいしこれは脱いでおいて良さそうだね」


 ここでシオンはタイツを脱ごうとショートショーツを脱いだ。


「……何故ここで着替える」

「いつも部屋で着替えてるじゃん」

「それは別室が無いからだろう?」


 確かに、普段は俺が居ようとも部屋で着替えているが、それは他に着替えるための場所が無いからだ。

 ここは寝室と居間とで別れていて着替える場所はあるので、同じ部屋で着替える必要は無い。


「別に良いじゃん。いつも一緒の部屋で着替えてるし。それともボクのパンツ見たく無いの?」

「いや、そういうことでは無いのだが……」

「何ならパンツも脱いであげようか?」


 そして、シオンはそう言うとショーツに手を掛けた。


「何故そうなる!? 脱ぐな!」


 すぐにシオンの両手を掴んで止めに入る。


「遠慮しなくても良いんだよ?」

「良いから止めろ!」

「むぅ……しょうがないなー」


 そして、渋々といった様子ではあったが、諦めて手を離してくれた。


「全く……悩みの種を増やすようなことは止めてくれるか?」


 そう言いつつ脱いだコートを置いて席に座る。

 今回ここに来たのは大規模討伐戦のためで、それに集中したいので余計なことをして厄介事を起こされると面倒だ。


「大丈夫だって。ボクが問題を起こすと思ってるの?」

「ああ」


 当然そんなことは無いと言わんばかりに自信満々な様子でそう聞いて来るが、それに迷うこと無く即答する。


「ええっ!? エリュはボクのことをそんな風に思ってたの!?」


 そう言われても、それは普段の行いのせいなのだが。


「そんなことを言われても、それは普段の……って、おい!」

「何かな?」

「……何故、脱いでいる?」


 シオンの方を振り向いて見てみると、タイツだけでなくショーツも脱いでいて、下半身が裸の状態になっていた。


「タイツを脱ごうとしたら、うっかり一緒に脱げちゃった」

「嘘を吐くな」


 絶対わざとやっただろ。自信を持って問題を起こさないと言ったのは一体何だったんだ。


「大丈夫だよエリュ、今日はボク達だけだから!」


 シオンはそう言って上も脱ぎ始める。

 そして、止める間も無く手早く服を脱いでいって、あっという間に上はブラジャーだけになってしまった。


「だから、止めろ!」


 その最後のブラジャーを外そうとしたのを何とか止める。


「もしかして、エリュがやりたかった?」

「なわけないだろ!」

「だったら、エリュにやらせてあげるよ!」


 そう言って体を横にして後方のブラジャーのホックの部分を指差す。


「人の話を聞け!」


 暴走するシオンに対して強い口調で声を上げる。


「エリュがしないんだったら、自分で外すよ!」


 しかし、シオンはそれでも止まらなかった。

 シオンは自分でブラジャーのホックの部分に手を掛けて、そのまま外してしまった。


「いや、だから……」

「二人とも入るよー」


 だが、そのときだった。部屋の扉が何者かにノックされたのは。


「エリュ、明日のことを少し……って、何やってるの!?」


 部屋に入って来たのはアリナだった。

 どうやら、明日のことについて少し話がしたかったらしい。


「えっと……」

「…………」


 全裸のシオンを見たアリナは言葉に詰まって、俺とアリナの間に気まずい空気が流れる。


「盛り上がってたところを邪魔しちゃってごめんね。私は出て行くから、二人だけでゆっくり楽しんでね!」

「いや、盛り上がっていたのはシオンだけだ! おい、待て!」


 すぐに引き止めて弁明しようとするが、アリナはそれを聞く前に部屋を出て行ってしまった。


「……シオン」

「何? ……うわっ!?」


 シオンを突き飛ばすと寝室の方にまで飛んで行ってベッドに倒れ込んだ。

 そこにゆっくりと歩いて向かう。


「やっとその気になってくれた? ……痛ぁ!?」


 そして、シオンの頭を掴んでベッドに強く押し付けた。


「えっと……怒ってる?」

「……見て分からないか?」


 そう言ってさらに力を強める。


「痛い! 待って! ごめんって! 謝るからーーー!」

「…………」


 そうは言うものの、シオンのことなのでこの程度では反省していないだろう。

 力を緩めずにそのままの状態を維持する。


「止めてってばー!」


 だが、ここでシオンは足を俺の首に巻き付けて抵抗して来た。


「おい! その格好でそれは止めろ!」


 何がとは言わないが、顎のあたりに当たっている。

 このままの状態でいるわけにもいかないので、すぐに頭を掴んでいる手を離してその拘束を解いた。


「…………」

「エリュ? 顔が赤いよ?」

「……気のせいだろ」


 そして、目を逸らしながら右腕に力を込めてシオンの腹に一撃を叩き込んだ。


「いっったあぁぁーー!?」


 どうやら、本当に痛かったらしく、シオンは殴られた箇所を両手で押さえながらベッドの上をのたうち回った。


「戻って来るまでに服を着ておけ。分かったな?」


 これ以上シオンと話をしても仕方が無いので、それだけ言い残して『緑風の紡ぐ空ブリズドアイビー』のメンバーがいる部屋へと向かう。


 そして、そこでアリナにこのことを弁明する羽目になったのだった。

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