episode99 レジスタンスの訓練

 その夜は特に何事も無く平穏に過ぎて、翌日は朝からアインセルに向けて出発した。


「ねえねえ、アーミラって護衛なんだよね?」


 アーチェがアーミラの隣に座って、興味深そうにしながらそう尋ねる。


「そだよー」

「と言うことは、やっぱりエリュやシオンよりも強いの?」

「うん」


 アーミラは迷うこと無くそう答える。


「まあそうでなければ、護衛の意味が無いからな」

「それもそうだね。ちなみに、どのぐらい強いの?」

「さあな。彼女が本気を出しているところを見たことが無いからな。それは分からないな」


 言われてみれば、何だんだでアーミラが本気を出しているところを見たことが無い。

 なので、どれほどの実力があるのかは分からない。


「そうなんだ」

「だが、ワイバーンや天喰らいをソロで倒せるぐらいの実力はあるな」

「そうなの!?」

「そうなんですか!?」


 それを聞いてアーチェとマイアは驚いた様子で声を上げる。


「……って、天喰らいってどんな魔物なの?」


 だが、ここでアーチェがそんな質問をして来た。

 どうやら、ワイバーンのことは知っているが、天喰らいのことは知らないらしい。


 まあ天喰らいは浮遊大陸の固有種の魔物だからな。知らないのも無理は無い。


「天喰らいは浮遊大陸の固有種の魔物だな」

「そうなんだ」

「まあ詳しく知りたければ調べると良い」


 今、詳しい説明をする必要はあまり無さそうなので、説明は省くことにする。


「ところで、リメットの次に強いのって誰なの?」


 と、ここでシオンが興味本位にそんなことを尋ねた。


「もちろん、あたしだよ!」


 アーチェが迷うこと無く自分を指差しながら答える。


「いやいや、私の方が強いですよ」


 それに対して、マイアが負けじとそれに張り合う。


「あたしの方が……」

「いや、私の方が……」


 そして、互いに顔を近付けてバチバチと視線をぶつけ合う。仲は良いのだろうが、ここは譲らないらしい。


「とりあえず、二人とも落ち着け」


 すぐに二人の間に入って制止する。


「まあ俺に言わせてみればどちらも同じようなものだ。どちらもあまり大したことは無い」

「えー……それはちょっとひどくない?」

「まあこれから強くなれば良いだけの話だ」


 最初から強い者など普通はいない。弱いのなら強くなれば良いだけの話だ。


「それってどういう……」

「少しぐらいなら戦闘面でのことを教えてやっても良いということだ」

「……良いの?」

「ああ。まあそちらの都合は付くのであればだがな」


 こちらとしてはレジスタンスのメンバーには強くなってもらった方が良いからな。

 特にリメットは伸びそうなので、是非とも教えたいところだ。


「分かったよ。着いたらリメットに相談してみるよ」

「ああ、そうしてくれ」


 そして、その後はのんびりと話をしながらアインセルへと向かった。






「着いたな」

「だね」


 それからしばらくしたところでアインセルに到着した。道中では魔物に襲われた程度で、特に問題は起こらなかった。


「それで、預かっていた荷物はどうすれば良いんだ?」

「こちらに倉庫がある。そこまで来てくれるか?」

「分かった」


 そして、リメットの案内で全員で倉庫へと向かった。






 アインセルに着いた後は預かっていた荷物の受け渡しを行うこととなった。

 リメットに案内されて着いたのは酒場だった。着いたところで酒場の地下に案内される。


 地下にはそれなりに広い空間があって、たくさんの物が置かれていた。

 思った通り、酒場の地下は隠し倉庫になっていたようだ。


(今回は直接隠し倉庫に案内して来たか)


 以前は場所が特定されないように他の場所から荷物を運び込んでいたが、今回は直接隠し倉庫に案内してくれた。それだけ信頼度が上がったということなのだろう。


「ここに置いてくれるか?」


 そして、その一角に荷物を置くように指示された。


「分かった」

「分かったよ」


 言われた通りに預かっていた荷物を取り出して、指示された場所に置く。


「確認してくれ」

「分かった。全員で荷物の確認をするぞ。すぐに行動に移ってくれ」

「「「分かりました!」」」


 レジスタンスのメンバーが一斉に返答して、荷物を確認に移る。

 そして、確認が終わったメンバーから順次リメットに報告していって、全ての荷物の確認が終わった。


「確認してくれたか?」

「ああ。過不足無く揃っていた」

「そうか。ところで、例の件のことは考えてくれたか?」


 例の件というのは俺達で戦闘面でのことを教えるという話だ。


「その件だが、今日は少々忙しいので、明日にしたいのだが良いか?」

「ああ、明日なら丸一日空いているぞ。いつ頃からにする?」

「そうだな……午前中からで良いか?」

「分かった。俺達はここの宿にいるので、用があるのであればここに来てくれ」


 宿に関してはエリサが先にこの街に来て、既に部屋を取ってある。


「分かった。では、また明日会おう」

「ああ」


 そして、荷物の受け渡しが終わったところで、エリサがいる宿へと向かった。






 宿に向かうと、先にこちらに着いていたエリサが待っていた。


「そろそろ来る頃だと思っていたわ。とりあえず、座って」


 見ると、テーブルの上には人数分の菓子と紅茶が用意されていた。

 ひとまず、それぞれ席に着く。


 そして、全員が席に着いたところで、エリサにこれまでのことを報告した。


「そんなことがあったのね」

「ああ。それで、エリサにもその戦闘訓練に参加してもらおうと思うのだが良いか?」


 エリサの方が俺達よりも教えるのはうまいはずなので、ここは彼女にも参加してもらいたいところだ。


「分かったわ。明日の午前中からね」

「ああ。それで、今すべきことはあるか?」

「いえ、特に無いわ」

「そうか。では、俺達は適当に街の様子を探って来る」

「分かったわ。この街はローハイトよりも兵士が多いから気を付けると良いわ」

「分かった。シオン、行くぞ」

「うん」


 そして、その後はシオンと共に宿を出て街の調査をしたが、特別何も無かったので宿に戻って休んだ。






 翌日、戦闘訓練をするためにレジスタンスのメンバーと共に街の外へと向かった。


「この辺りが良さそうだな」


 街から少し離れたところで人気ひとけが無く広い場所を見付けた。ここなら戦闘訓練をするのにはちょうど良さそうだ。


「それで、何をするんだ?」


 着いたところで、リメットが訓練の内容を聞いて来る。


「とりあえず、基礎である魔力のコントロールの練習をしてもらう」


 最初にすることは全ての基礎とも言える魔力のコントロールの練習だ。これができるようになればDランク冒険者クラスの実力は付けられるし、これができないとその先にも進めない。


「その内容は?」

「細かくは決めていない。それぞれの実力によってするべきことは変わるだろうからな」


 戦闘訓練をするとは言っても、何をするのかまでは決めていない。各メンバーに合わせて内容は変える予定だ。人によって実力に差があるだろうからな。


「そうか」

「まあリメットは俺との実戦訓練で、他はエリサの下で魔力のコントロールの練習になりそうだがな」


 リメットは既に魔力強化の精度が高いので、魔力のコントロールの練習をするよりは実戦訓練をした方が良さそうに思える。


「まあそれを決めるのはエリサだがな」


 だが、それを決めるのでは俺ではない。決めるのはエリサだ。


「今回はエリサが中心となって訓練をしてもらう」

「エリュじゃなくてエリサなの?」


 アーチェが意外そうにしながら聞いて来る。


「ああ。俺は人を指導したりしたことは無いからな」


 俺は人を指導したりしたことは無いので、ここはエリサが中心になって事を進めた方が良いだろう。

 エリサは霧の領域の基地に住んでいるあのメンバー達を纏めているからな。中心になって人を纏める能力は高いはずだ。


「そうなの?」

「ああ。こう見えても俺達はエリサ達に会う前は一人で活動していたからな。こういうのは彼女の方が向いている」

「確かに、そういうのはエリサが向いてるよね。何だんだでみんなのことを纏めてるし」


 アーミラもそれに同意する。


「……向いているからと言うより、私しか纏められる人がいないからそうしているのだけど。誰かが纏める必要があるしね」


 確かに、あのメンバーの中で他にそれができそうな者はアデュークかリュードランのあたりだろうか。

 フェルメットやヴァージェス、フェリエのあたりは論外として、アーミラやフィルレーネは人を纏められるような性格ではない。

 ヴァルトは少々微妙なところでネフィアは性格的には問題無いが、少々気弱なのであの面々を纏められるとは思えない。普通に自分の意見を通せずに押し負けそうだ。


 と言うことで、あのメンバーの中で人を纏められそうなのはエリサ、アデューク、リュードランの三人になるが、この中から一番人を纏めるのに向いている者となると、やはりエリサになるだろう。


「確かに、それもそうだな」

「と言うことで、私の指導の下で訓練をするわ。それで良いわね?」

「ああ。お前達もそれで良いな?」

「「「はい」」」


 どうやら、方針は決まったようだ。早速、全員がエリサの下に集まる。


「まずは魔力のコントロールがどの程度できるのかを見せてもらうわ。私の指示通りに魔力を操作してくれるかしら?」


 そして、エリサによる訓練が始まった。


「ボク達はどうする?」

「とりあえず、出番が来るまで待つか」


 エリサがそれぞれの訓練の内容を決めるまでは特にすることが無いので、のんびりと座って待つことにした。






 それからしばらくしたところで、それぞれの指導の方針が決まった。

 結局、リメットは俺との実戦、他のメンバーは魔力のコントロールの基礎練習という思っていた通りの流れになった。


「それで、あたしは普通に戦えば良いのか?」

「ああ。遠慮は不要だ。全力で掛かって来い」


 手を抜かれては正確な実力が測れないからな。ここは全力で来てもらう。


「分かった。じゃあ全力で行くぜ!」


 そして、リメットは勢い良く鞘から大剣を抜いて構えた。

 こちらも空間魔法で大剣を取り出して構える。


「大剣を使うのか?」

「ああ。大体の武器は扱えるからな。そちらに合わせる」


 一応、フェルメットに武器の扱いは一通り学んだからな。どの武器もある程度は扱える。


「大体の武器って……どこかで本格的な扱い方を学んだのか?」

「一応な」


 フェルメットも我流な上にがっつりと学んだわけでは無いので、本格的にとは言えないかもしれないが、それでも学んだことに変わりは無いので、ここは「一応」という程度の返答にしておく。


「そうか。変わっているのだな」

「そうか?」

「普通はある程度使用する武器は絞るものなのだがな」

「確かに、それもそうだな。実際、元々は刀と短剣しか使っていなかったしな」


 まあ実際に使っていたのはドスやナイフがメインだったので、短剣ではなく短刀なのだが。


「だが、器用なので他の武器も扱えるだろうと言われてな。それで、一か月ほどの間武器の扱いを学んだ」


 そもそも、それらの武器しか使っていなかったのは単に入手しやすかったらだ。ヤクザを潰すだけで大量に手に入ったしな。


「一か月だけか?」

「ああ、そうだ。言っただろう? 一応ってな」

「……そうか」


 だが、そう聞いたリメットの反応は少々微妙なものだった。


「……何だ? 一か月だけしか学んだいないので、大したことが無いと思っているのか?」

「別にそういうわけでは無い。く言うあたしは誰かから学んだりはしてないしな」


 本人はそう言うものの、やはりその実力に少々疑いがあるようだ。まあ一か月程度でそんなに上達はしないだろうし、俺もそこまで上達したとは思っていない。


 だが、基本的な武器の扱いは学んだので、それなりに扱えるようにはなったつもりだ。


「そうか。……早速、試してみるか?」

「……そうだな。それじゃあ行くぜ!」


 そして、リメットとの実戦訓練を開始した。


「っっせええぇぇーーい!」


 訓練の開始と同時にリメットは俺に素早く接近して斬り掛かって来た。魔法は使っていないが魔力強化はしているようなので、それなりの速度は出ている。


「よっと……」


 だが、遅すぎる。俺の相手をしていたフェルメットの速度が異常なだけかもしれないが、その話を別にしても今の俺からしてみればこの速度は遅すぎる。


 俺は振り下ろして来た大剣を右側に受け流して、斬撃の軌道がずれたところで左手を放す。

 そして、彼女の大剣が地面に当たって隙ができたところで、空いた左手でリメットの腹を殴り付けた。


「ぐっ……!?」


 その一撃を受けたリメットは大きく吹き飛んでいった。

 だが、器用に空中で体勢を立て直して、一回地面で跳ねたところでうまく着地した。


「……大丈夫か?」

「このぐらいは大丈夫だ」


 俺の攻撃は直撃だったが、魔力強化でしっかりと全身の身体能力を強化していたので大丈夫そうだ。


「あたしに合わせると言って大剣を使っておきながら、そんな攻撃をするのか……」

「……? 何を言っている? 俺が見たいのは大剣の扱いではない。俺が見たいのは総合的な戦闘能力だ」


 大剣の扱いに関しては俺も詳しく無いので見てもあまり分からないし、正直今回はどうでも良い。今回俺が見るのは総合的な戦闘能力だ。

 武器の扱いも当然重要だが、総合的な戦闘能力となるとそれ以外の部分も含まれる。


「武器以外にも攻撃手段はあるだろう? 何でも使え。戦場にルールなど無い。殺すか殺されるか、ただそれだけだ」


 戦場では殺されればそれで終わり。そこにはルールも何も存在しない。それだけの簡単な話だ。


「……ああ。確かに、そうかもしれないな」

「さて、話はこのぐらいにするか。持て得る限りの手段を用いて掛かって来い。相手するぞ」


 そして、話が終わったところで大剣を構え直した。


「っせえぇーい!」


 リメットは先程と同じように素早く接近しようと駆け出して、攻撃態勢に入るために大剣を後方に引こうとする。


「……やはり、遅いな」


 俺は大剣を引くタイミングに合わせて風魔法で一気に接近して、膝蹴りを叩き込む。


「ぐ……」


 リメットはその攻撃を受けて吹き飛んでいくが、これで終わりでは無い。

 俺は勢いを保ったまま前方に跳んで追撃を仕掛ける。


「……燃えろ」


 まずは上から牽制用に火魔法を十発ほど適当に放つ。


「っ……」


 リメットはそれを大剣で受けて防ぐが、この攻撃は牽制なので、防がれたところで問題は無い。本命の攻撃である大剣での斬り下ろしを放つ。


 だが、これもそのまま真っ直ぐと放つようなことはしない。風魔法で空中で跳ぶようにして落下の軌道をずらして、防御されない位置に攻撃する。


「あがっ……」


 その一撃は頭部に直撃した。

 攻撃したとは言っても、刃の部分では攻撃していない。確実に怪我をするからな。大剣の側面部分で殴って攻撃している。


「まだ行くぞ?」


 さらに、吹き飛んだリメットに向かって闇魔法で形成した鞭を放つ。

 そして、その鞭で足を掴んでこちらに引き寄せた。


「はっ……」


 引き寄せたリメットに向けて大剣を振り下ろして、強く地面に叩き付ける。

 さらに、先程と同じ魔法を地面の魔法陣から放って拘束して、動きを封じたところで武器、体術、魔法による連続攻撃を加える。


「どうした?」


 それに対して、リメットは抵抗できずに一方的に攻撃され続けている。


(これだと一方的過ぎて訓練にならなそうだな)


 このまま一方的に攻撃していては訓練にならないので、一旦攻撃を止めることにした。攻撃の手を止めて様子を確認する。


「大丈夫か?」

「…………」


 しかし、リメットからの返事は無い。


「……エリュ、もしかして殺っちゃった?」

「そんなわけは無いだろう。流石に死なない程度には加減している」


 この程度で死ぬほど彼女は柔ではない。

 だが、決して状態が良いわけでは無いので、ひとまず状態を確認してみる。


(気絶しているだけのようだな)


 状態を確認してみたが、彼女は気絶しているだけのようだった。頭部を殴ったので、それで気絶したのだろう。


「とりあえず、安静にさせて治療するぞ。シオン、アーミラ、手伝ってくれ」


 やった自分が言うのも何だが、彼女は俺の攻撃を何度も受けて、体中傷だらけでボロボロだ。

 とりあえず、回復魔法で治療しておいた方が良さそうだ。


「分かったよ」

「うん」


 すぐにリメットに回復魔法を掛けて治療する。


「……何をやっているのよ」


 そこにエリサが呆れた様子でやって来る。


「大丈夫ですか!?」

「リメット、大丈夫!?」


 マイアとアーチェもそれに続いて来る。


「少々やりすぎてな。まあ気絶しているだけだ」

「そんなことは見れば分かるわ」

「ぐふっ!?」


 俺はすれ違い様にエリサに腹を殴られる。


「治療はシオンとアーミラの二人に任せるわ。とりあえず、こっちの空間に移すと良いわ」


 そう言うと、エリサは空間魔法で別次元の空間への入り口を開いた。


「シオンの回復魔法とポーションで治療したので十分なはずよ。ポーションは倉庫の中にある物を使うと良いわ」

「おっけー」

「分かったよ」


 そして、シオンとアーミラはリメットを連れて、その空間の中に入って行った。


「ねえねえ、今のって何なの!?」


 その様子を見たアーチェが興奮しながらエリサに尋ねる。


「空間魔法で作った別次元の空間に繋いだだけよ」

「あたしにもできる?」

「それは努力次第だけど、空間魔法は難易度が高いからそう簡単にはいかないわね」

「そうなんだ」

「とりあえず、あなた達は基礎訓練に戻るわよ」

「分かりました」

「分かったよ」


 そして、三人は基礎訓練に戻って行った。


「……することが無くなったな」


 相手であるリメットがいなくなってしまったので、することが無くなってしまった。


 そして、その後はレジスタンス達の訓練の様子を見ていたが、結局、俺の出番が訪れることは無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る