episode55 一時の別れ
「さて、どうしたものか……」
俺は朝食のサンドイッチを齧ってテーブルに突っ伏す。
『
一階に下りて来る前に確認したが、『
「あら、もう起きていたのね」
「む?」
誰かと思って声のした方を見ると、そこにはルミナがいた。
「ルミナさんももう起きていたのか」
「ええ。彼女はまだ来ていないみたいね」
「彼女?」
誰のことだろうか。さっぱり分からないので聞き返してみる。
「まあすぐに来ると思うわ。私も一緒に良いかしら?」
「もちろん、構わないぞ」
結局、誰なのかは答えてくれなかったが、どうせすぐに分かることなので別に良いだろう。
「後から来る彼女の分も頼んでおいた方が良さそうね」
そう言ってルミナは多めに料理を注文する。
「……まだ落ち込んでいるの? らしくないわね」
「らしくない、か。それは自分でも分かっているのだがな……」
頭では分かっているはずなのにな……。それに行動が伴わない。
「大丈夫よ」
そのとき、ルミナが俺を優しく抱いて頭を撫でて来た。その温もりと柔らかい感触が伝わって来る。
それは良いのだが……。
「……放してくれるか?」
一応、ここは公共の場なので周りの目もある。特にエルナの刺すような目線が痛い。
「あら、遠慮しなくても良いのよ?」
だが、ルミナはそう言ってさらに強く抱いて来た。
「別にそういうことではないのだが……」
これ以上続けられるとエルナに殺されかねない。何とかして拘束を解きたいところだが、力が強く中々抜け出させてくれない。
(……む?)
先程まではエルナの刺すような視線が向けられていたのに、気付くとそれが無くなっている。
ここで受付の方を見ると、いつの間にかエルナがいなくなっていた。
(エルナはどこに……っ!?)
エルナを探して周囲を見渡すと、ギルド内に不審な影が一つあることに気が付いた。
そして、上を見上げると、そこにはエルナが
「……いつまでそうしているつもりですか?」
「それはルミナに言ってくれないか?」
俺がそうしたくてしているのではなく、ルミナが一方的に抱き付いて来ているだけだ。俺のせいではない。
とりあえず、ルミナは放す気が無さそうなので、何とか離れようと手を前に出す。
そして、押して離れようとしたのだが、柔らかい感触によってその手は跳ね返されてしまった。
「あ……」
「あら? そういうお年頃なのかしら?」
前に出した手はちょうどルミナの胸を包み込むような形になっていた。
ひとまず、ルミナ本人は気にしていないようなので彼女に怒られることは無さそうだが、問題はエルナの殺気の籠った視線がこちらに向けられていることだ。
このままだと彼女に殺されかねない。
「そういうのは良いから放してくれ!」
ここでようやくルミナの腕をすり抜けて何とか脱出することができた。
だが、そのとき視界の隅に何か細い物が映った。
「っ!?」
その方向を見るとエルナがこちらに剣を向けていた。そのままじりじりと詰め寄って来る。
そして、壁際にまで追い詰められてしまった。
「えっと……これは不可抗力と言うものでだな……」
「遺言ぐらいは聞きますよ」
俺の言うことに一切耳を貸さずに、にこやかな笑顔を向けながらそう言って来る。
「いや、待……」
「死になさい」
そして、遺言ぐらいは聞くと言いながら、それにすら耳を貸すこと無くその一撃は放たれた。
それから少ししたところでエリサがギルドに入って来た。
「来たみたいね」
「ええ。……席、良いかしら?」
「もちろん、良いわよ。座って」
そして、ルミナに促されるままエリサは席に着いた。
「来たは良いけど……これはどういうこと?」
頭から壁に刺さった俺を見ながら言う。
「ちょっとね。大したことじゃないから気にしないで」
「……彼がいないと話ができないのだけど?」
「エリュがいなくてもボクがいるよ!」
そこでシオンが勢い良く声を上げる。
「……彼を呼んで来てもらって良いかしら?」
「そうね。シオンだと話にならないから、エリュを呼ぶわね」
「ええっ!? 何でなのー!?」
すると、そこから黒い鞭のようなものが伸びて来て、そのまま俺の足に巻き付いた。
その鞭は輪郭すらはっきりとしない影で作られているかのような黒色で、闇魔法によるものと見て間違い無いだろう。
そして、俺を壁から引き抜いて、そのまま引き寄せた。
「……大丈夫?」
「ああ、何とかな」
剣の柄で殴られて壁に埋められただけで、斬られてはいないので問題は無い。
「何があったの?」
「少々トラブルがあっただけだ。気にしないでくれ」
「そう。……これ以上は聞かないでおいてあげるわ」
「……ああ」
説明するのも面倒だからな。そうしてくれると助かる。
そして、落ち着いたところで席に着いた。
「それで、何故エリサを呼んでいたんだ?」
ルミナが呼んでいたのはエリサだったようだが、その意図が見えて来ない。
「彼女を呼んだのはあなた達の面倒を見てもらうためよ」
「……と言うと?」
「しばらくの間はあなたとアリナは距離を置いた方が良さそうだからよ。今一緒にいても関係が悪化するだけだと思うから」
「なるほどな」
「一応言っておくと、邪魔だから追い出すとかそういうことではないわよ」
「それは分かっている」
ルミナの性格や先程の様子からしてそれは無いだろうしな。そこは心配していない。
「エリサと話は付いているのか?」
「ええ。昨日話したわ。だから、後はあなた達の意思次第よ」
どうやら、俺達の知らないところで話を付けていたようだ。
昨日、俺達がここに来たときにはまだルミナは来ていなかったので、俺達が部屋に行った後に話をしたのだろう。
「そうか。……シオンはどうしたいと思っているんだ?」
俺の一存で決めるわけにもいかないので、シオンの意見も聞いてみる。
「ボクはエリュの方針に従うよ」
「そうか、分かった。では、しばらくはエリサのところで世話になる」
ルミナの言う通り、今はアリナは距離を置いた方が良いだろう。
なので、しばらくの間はエリサのところで世話になることにした。
「方針は決まったみたいね。それじゃあこれを渡しておくわね」
そう言って収納用の魔法道具の袋を渡して来る。
「これは?」
「あなた達の荷物を纏めておいたものよ。持って行って」
どうやら、昨日の内に店に置いたままになっていた荷物を纏めておいてくれたようだ。
「……助かる」
「それと、一つ良いかしら?」
「……? 何だ?」
まだ何か用があるのだろうか。ひとまず、何用なのかを聞いてみる。
「二人とも近くに来てくれるかしら?」
「それは構わないが、何の用だ?」
「良いからこっちに来て」
理由は分からないが、悪いようにされることは無いので大丈夫だろう。
とりあえず、言われた通りに二人でルミナのすぐ目の前にまで近寄る。
「っ!?」
「うわっ!?」
そして、何をして来るのかと思ったら、そこで俺とシオンを二人纏めてばっと抱いて来た。
「ええっと……ルミナさん?」
突然の出来事に困惑する。
「……少しの間のお別れになるわね」
強く抱き寄せると同時に彼女は優しく言った。
「……そうだな」
それに対して、こちらも同じように優しい声色で返す。
「折を見てまた戻って来てね」
「……ああ。当然だ」
そして、俺がそう言ったところで俺達のことを放して来た。
「行ってらっしゃい」
「ああ。行って来る!」
「行ってきます!」
心配するな、とメッセージに込めるように元気良く返事をする。
そして、ルミナとの別れの挨拶が済んだところで、いつの間にか席を離れて出入口付近で待機していたエリサの元へと向かった。
「……エリサ、良いか?」
「ええ、歓迎するわ。それじゃあ早速向かいましょうか」
「ああ。シオン、行くぞ」
「うん」
そして、エリサに連れられるまま街の外へと向かった。
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