episode33 冒険者登録

「全く……昨日は酷い目に遭ったな」


 昨日はあの後はルミナに一時間に渡って説教をされた。


「あら? まだ足りなかったのかしら?」

「いや、そんなことはない」


 また説教されるのは御免だからな。そこはきっちり断っておく。


「絶対反省してないよ! と言うか、リーサにちゃんと謝ったの?」

「そう言われてもだな……」


 そう言いつつリーサの方に視線を移す。


「……見ないでくれるかしら、変態」


 しかし、リーサはそう言って外方そっぽを向いてしまった。昨日のあの後からずっとこの調子だ。


「まあ色々と見ちゃったからねー」

「シオン、余計なことは言わないでくれるか?」


 さらに関係が悪化しかねないからな。


「ボクのも見せてあげようか?」

「……もう口を開かないでくれるか?」

「そんな! 酷いよ!」


 ここにシオンが会話に入って来ると話がこじれそうなので、とりあえずシオンには黙っておいてもらう。


「それで、ちゃんと謝ったの?」


 ミィナが重ねて聞いて来る。


「そうしようにも口を利いてくれなくてな」

「だからって謝らなくても良い理由にはならないよ!」


 確かに、それはそうなのだが……。


「そもそも、こうなったのは俺のせいではないと思うのだが?」

「服を剥ぎ取って裸を見たじゃない!」

「下は着けていたので、裸ではないだろ」

「そういうことじゃなくて……」

「それに、服は剥ぎ取ったのではなく勝手に破けたんだろ」


 俺は別に服を剥ぎ取ろうとしたわけではない。

 まず、服の下半分は引き裂こうと思って引っ張ったのではなく、距離を取るのを阻止しようとして服を掴んだら破けてしまっただけだ。

 そして、残った上半分は後ろの襟元が固定されているところを無理矢理起き上がったがために破けたので、俺は何もしていない。


「言い訳無用だよ!」

「言い訳というより事実なのだが……」


 俺がそう言ったところでミィナが食卓をバンと叩いて立ち上がった。


「い・い・わ・け・む・よ・う!」


 そして、俺の目の前まで顔を寄せて、強い口調で言って来た。


「はぁ……」


 もうどうすれば良いんだ……。ついため息が漏れる。


「まあこの件はリーサが落ち着くのを待ってからで良いわ」

「そうしてくれると助かる」


 今のリーサは聞く耳を持たない状態なので、何を言っても無駄だろう。

 なので、ここはルミナの言う通りに落ち着くのを待つことにした。


「ところで、作った武器を試すのはどうするの?」


 話は変わって、作った武器を試すことについての話になる。


「そうだな……街の外に出て適当に試すか」


 前回、魔物と戦ってみた感じからすると、この辺りの魔物であれば簡単に倒せるので問題無いだろう。

 ルミナに付いて来てもらうのが安全ではあるが、あまり迷惑を掛けるわけにはいかないので、シオンと二人だけで行くことにする。


「それもそうだね」

「と言うことで、俺達は街の外に行って来る」


 そして、そう伝えて出て行こうとしたのだが、それをルミナが引き止めて来た。


「ちょっと待ってくれるかしら?」

「……何か用か?」


 どうやら、何か用があるらしい。ひとまず、用件を聞いてみる。


「二人とも冒険者登録してみたらどう?」

「つまり、冒険者になるということか?」

「ええ。二人ともその素質はあると思うわ」


 用件は冒険者にならないかという提案だった。


「確かに、それは良さそうだな」


 魔物相手の実戦のついでにお金を稼げるし、今後のことも考えると悪く無さそうだ。


「シオンはどうだ?」

「ボクもそれで良いよ」

「分かった。それで、冒険者登録はどうすれば良いんだ?」


 方針が決まったのは良いが、肝心な冒険者登録のやり方を聞いていない。


「それはエルナに聞けば良いわ。今日は彼女が担当のはずよ」


 まあ冒険者のことなので、ギルドの者に聞くのが妥当か。


「分かった。シオン、行くぞ」

「うん」


 そして、ルミナの魔法道具店を後にして、シオンと共に冒険者ギルドへと向かった。






 冒険者ギルドに向かうと多くの人で賑わっていた。

 依頼を掲載している掲示板の前には人が集まっていて、受ける依頼を選んでいる。


「やはり、この時間帯は人が多いな」

「だね。とりあえず、エルナさんのところに行こっか」

「そうだな」


 ひとまず、冒険者登録をするためにエルナのいる受付へと向かう。


「来ましたね」


 エルナの元へ行くと、俺達が来るのを知っていたかのような口振りで話し掛けて来た。


「冒険者登録をしたいのだが良いか?」

「ええ。それではこれを渡しておきます」


 そう言うと、エルナは二枚のカードを渡して来た。

 渡されたカードを見ると、そこには名前や冒険者ランクなどの情報が書かれていた。以前も同じ物を見たので間違い無い、これは冒険者カードだ。


「これって冒険者カードだよね?」

「はい、そうです」

「手続きもしていないのに良いのか?」


 普通は何かしらの手続きがあると思うのだが、大丈夫なのだろうか。


「昨日、ルミナから話は聞いていたので用意しておきました。必要な手続きもそのときにしておいたので終わっています」

「なるほどな」


 俺達が来るのを知っていたかのような口振りと随分と手際が良かったことから、ルミナが伝えていたものだとは思っていたが、昨日からだったとは思っていなかったな。


「それでは、冒険者についての注意事項の説明を……と言いたいところですが、ルミナから大体のことは聞いているので不要ですかね?」

「そうだな」


 ルミナから冒険者についてのことはだいぶ聞いたからな。

 それに、ルミナと擬似的に依頼をこなしたので、依頼の流れや魔物の買い取りについてももう分かっている。


「それでは、掲示板から受けたい依頼を選んで来てください。今は混雑しているので落ち着くまで待ってからでも構いませんよ」


 エルナの言う通り、依頼を受ける冒険者が殺到する時間帯なのでかなり混雑している。

 こちらは別に急ぎではないので落ち着くまで待つことにした。


「確かに、だいぶ混雑しているな。適当な席に座って待っているので良いか?」

「ええ。それで構いませんよ」

「分かった。シオン、行くぞ」

「うん」


 ひとまず、時間を潰すために空いている席を探す。

 空いている席自体は普通にあるのだが、できるだけ邪魔にならない端の方の空いている席を探してみる。


「エリュ、あれ」


 シオンが良い席を見付けたのか、隅の方にある席を指差した。

 だが、そこに空いている席は無かった。そこには食事を摂っている全身を覆うフード付きの黒い外套を纏った人物がいるだけだ。


 しかし、その人物には見覚えがあった。


「あれは……エリサか?」


 そこにいたのはエリサだった。そう、この街に来た日に市場で会った少女だ。

 と、ここでエリサがこちらに気付いたらしく、誘うように手招きして来た。


「呼ばれてるみたいだけど、どうする?」

「とりあえず、行ってみるか」


 悪いことは無いだろうし、行っても問題無いだろう。呼ばれるままエリサの元へと向かう。


「数日振りね。とりあえず、二人とも座ると良いわ」


 エリサはそう言って座るよう促して来る。


「良いのか?」

「ええ、良いわよ」

「そうか。シオンも良いな?」

「うん」


 そして、エリサの了解を得たところで席に座った。


「エリュにシオンだったわね」


 俺達が席に座ったのを確認したところで、彼女はそう話を切り出して来た。


「そうだが……何故、知っている?」


 一度会っただけで名乗ったことは無かったはずだが、何故知っているのだろうか。


「ルミナから聞いたわ」

「ルミナから聞いたって……いつの間に聞いたんだ?」


 こちらに来てから三日目まではほとんどルミナと行動していた。

 と言うことは、昨日か一昨日のどちらかに聞いたということになるが、ルミナはずっと店にいた上に俺も錬成魔法での武器作りをしていてずっと店にいた。

 なので、直接聞いたのであれば店を訪れているはずだが、地下でずっと作業していた俺はともかく、他の誰かは気付いたはずだ。


「昨日の昼に店を訪れたときに聞いたわ」


 俺は気が付かなかったが、昨日の昼に店を訪れていたらしい。


「シオン、昨日彼女が来ていたのか?」


 俺は地下で作業をしていたので気付かなかったが、シオンなら気付いたはずだ。


「さあ。昨日の昼間はボクとミィナとリーサの三人で出掛けてたから、その間に来たんじゃないかな? 少なくとも、ボクが店にいる間には来てないよ」


 俺は地下に籠っていたので知らなかったが、昨日の昼間は三人で出掛けていたらしい。


「確かに、私が店を訪れたときはルミナとあなたしかいなかったわね」


 やはり、ちょうど三人で出かけていたときに店を訪れたようだ。

 それはそうと、ここで気になったことが一つ。


「何故、店には二人しかいないと分かったんだ?」


 直接会ったルミナは当然分かるとしても、地下にいて直接会っていない俺のことは分からないはずだ。


「普通に魔力探知で確認しただけよ」

「なるほどな」


 そういうことだったのか。納得した。

 彼女は空間魔法を使えるぐらいなので、魔力探知ぐらいはできても不思議では無い。


「そう言えば、エリサって冒険者なの?」

「いえ、違うわ」


 ここに来ているぐらいなので冒険者かとも思ったが、どうやら違うらしい。


「じゃあ何でここにいるの?」


 基本的には冒険者以外はあまり用は無いはずだが、何の用があったのだろうか。食事をするためだけに来たということは無いだろう。


「ちょっとアーニャの様子を見に来たのよ。まあ今はこの街にはいないみたいだけど」


 アーニャという名前には聞き覚えがある。

 確か、メイルーンのパーティメンバーだったはずだ。現在、別行動中でアーニャはロクレットにいるとのことだったな。


 その関係が気になるところではあるが、個人的なことを聞くのはあまり良くないので、ここは聞かないでおく。

 そもそも、アーニャとは面識すら無いしな。


(さて、そろそろ本題に入るか)


 たわいない話をしたところで、そろそろ本題に入ることにする。


「ところで、何故俺達のことを聞いたんだ?」


 彼女はただの客のはずなので、ルミナの方からわざわざ俺達のことを話に出すことは無いだろう。

 つまり、エリサの方から俺達のことを聞いたということになる。


「色々と気になることがあったからよ」


 そう言われてもだな……。


「エリュはボクのものだから渡さないよ!」


 シオンがそう言って俺に抱き付いて来る。別に俺は誰のものでもないのだが。


「シオンは少し黙っていてくれるか?」


 話が進まなくなりそうなので、今回もシオンには黙っていてもらう。


「えー……」


 シオンは不満そうに返事をしつつも、言うことを聞いて口を噤んだ。これでようやく本題に入れる。


「さて、話の続きだが色々と気になるとはどういうことだ?」

「そのままの意味よ」


 俺が聞きたいのはその内容なのだが、この様子だと話してくれそうにない。

 なので、少し質問を変えることにした。


「何故、俺達に関わって来たんだ?」

「色々と気になったからよ」

「本当にそれだけか?」


 気になっていることがあるというのは間違い無いようだが、それだけではないように思える。

 思うに、俺達に関わることを決定付けた他の理由があるはずだ。


「中々勘が鋭いのね。気になったからというのは理由の一つで、最大の理由は私達と同じな気がしたからよ」

「どういうことだ?」


 相変わらず要領を得ない返答だな。その真意を探るために聞き返す。


「表には合わなかったような社会から、世界からのはぐれ者。そんなところかしら」

「裏の人間だと言いたいのか?」

「それともちょっと違うわね。あなた達自身で分かっているのではなくて?」


 まるで俺達のことを知っているかのような口振りだな。


「見透かしたようなことを言うな。何か根拠でもあるのか?」

「何と無くよ」


 何か根拠があるのかと思ったら、ただの直感だったらしい。


「まあ良いわ。この話はこのぐらいにしておくわね」


 これ以上聞き出せることは無いと判断したのか、エリサはここで話を切り上げて来た。


「ところで、あなた達は何をしにここに来たのかしら? 確か、冒険者ではなかったはずよね?」


 話は変わって俺達がここに来た目的を尋ねて来る。


「冒険者登録をしようと思ってな。それは終わったのだが、掲示板の方が混雑していたから時間を潰しているところだ」

「そうだったのね。もうだいぶいてきたみたいだし、そろそろ行ってみたらどう?」


 そう言われて掲示板の方を見てみると、だいぶ人が減っていた。

 確かに、そろそろ頃合いだろう。


「それもそうだな。シオン、行くぞ」

「うん」


 掲示板の前の人混みが落ち着いたので、良さそうな依頼を探す。


「どれが良いかな?」

「フォレストウルフが良いのではないか?」


 ゴブリンは数が多いと面倒だからな。フォレストウルフであれば数が少ない上に素材の買い取り分もあるので、安定して収入を得られる。


「そうだね。えーっとフォレストウルフの討伐依頼は……あった!」


 シオンがフォレストウルフの討伐依頼を見付けて手に取る。


「他はどうする?」


 複数依頼を受けるつもりなのか、シオンは他の依頼も受けないのかどうかを聞いて来る。


「それだけで良くないか?」

「えー! 折角だから他の依頼も受けて行こうよ!」


 そう言うと掲示板の方に目線を向けて依頼を探し始めた。


「例えば、どんな依頼だ?」

「これなんてどう?」


 そう言ってシオンが渡して来たのはケイヴバットの翼の納品依頼だった。


「……よく考えて選んでくれるか?」


 この依頼には色々と問題がある。

 まず一つは討伐依頼ではなく納品依頼という点だ。

 納品対象はケイヴバットの翼なので、ただ倒すだけでは無く翼を傷付けないように倒す必要がある。


 さらに、討伐対象となる魔物であるケイヴバットも問題だ。

 ケイヴバットはその名の通り、洞窟に生息している蝙蝠こうもりの魔物だ。

 当然、洞窟は真っ暗なので明かりを用意する必要があるのに加えて、狭いので戦いにくい。

 なので、Fランクの依頼の中では難易度が高めだ。


「これぐらいなら大丈夫だと思うよ」

「何を根拠にそう言っているんだ?」


 予想は付くが、一応その根拠を聞いてみる。


「ゴブリンとかフォレストウルフと同じ程度の強さの魔物らしいし、大丈夫だと思うよ」

「だと思った」


 とりあえず、何も考えていないのは分かった。


「同じ程度の強さでも、環境が違うだろう?」


 同じ魔物とだとしても、平原で戦うのと洞窟で戦うのでは話が違う。


「それに明かりはどうするんだ? 洞窟内に光源は無いぞ?」

「明かりならルミナに言えば用意してくれると思いますよ」

「む?」


 ここで話し掛けて来たのはエルナだった。

 受付の方は一段落着いたらしく、ほとんど人がいなくなっていた。


「それじゃあエルナさん、この二つの依頼お願い!」


 シオンはそう言ってフォレストウルフの討伐依頼とケイヴバットの翼の納品依頼の書かれた紙をエルナに渡す。


「待て、勝手に決めるな」


 フォレストウルフの討伐依頼は受けるが、ケイヴバットの翼の納品依頼の方は受けるかどうかまだ決めていない。


「その二つであればあなた達の実力なら問題無いと思いますよ」


 エルナは依頼を受けることに賛成のようだ。


「そうは言ってもだな……」

「慎重なのは良いことですが、少々慎重過ぎますね。その調子だと、いつまで経っても冒険者ランクが上がりませんよ?」


 確かに、それはそうなのだが……。


「あなたの場合は驕りさえなければ大丈夫でしょう。私が保証します」


 続けて、俺が決めかねているのを後押しするようにそう言って来る。

 もうここまで言われたら受けないわけにもいかないだろう。


「分かった。その二つの依頼を受けさせてもらう」

「承りました。手続きはしておくのでもう行ってもらって構いませんよ」

「分かったよ。それじゃあ行こっか」

「ああ」


 そして、洞窟で使う明かりを準備するためにルミナの店へと向かった。

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