おかえりの後で
ハリス・カルレンスによると。
悪魔は、図書館でハリスが書いたという『共に生きる』という本を投げ出しながら、あのいたずらっ子の顔を思い出す。
ハリス・カルレンスによると、人間は愛情を示すとき、相手にキスを贈るらしい。
……なるほど?
とはいえ、こちらは人間ではない。
体の大きさも頭の大きさも違うし、あまり現実的ではない。
けれどもし……。
考える。
もし、僕が人間の姿になったらどうだろう。
いや、だめか。
突然人間の姿で出ていって、そんな行為に及ぼうものなら、もう人間の姿になること自体、下心を晒して歩くようなものになってしまう。
けど……。
マリィを思い浮かべる。
けど……試してみたい。
そんなわけで、悪魔は、マリィが寝静まった頃、マリィの部屋の窓から、風のように入り込んだ。
翼を折り畳み、床に足をつけた瞬間、人間の姿になる。昔、人間の姿になったときのように、ジャケットは脱ぎベストを着ている。以前人間の姿になってから二千年。さすがに人間の姿の年齢も上がり、それでも20歳前後といったところか。
眠っていれば、姿を見られることもない。
星明かりしか頼るもののない薄暗い部屋の中。ベッドから少し離れたところで、腕組みをし、眠っているマリィを眺めた。すやすやと聞こえる寝息。
ずっと見ていられるなら、どれほどいいだろう。
音を立てないよう、静かに足を運ぶ。
この屋敷の一人娘らしい天蓋付きの大きなベッド。
枕元には、相変わらずハリスが書いた例の本がある。表紙でマクスウェルと僕が手を取り合う。どうしてその本が好きなのか。
マクスウェルと僕の……いわゆる濡れ場が……、それほど面白い……のか?
何を好きでもかまわないが、複雑な心境にはなる。
乗り上がっても軋むこともないベッドの縁に座った。布団についた手のそばに、マリィの左腕がある。
床で寝ていた時は、よくうずくまって眠っていたけれど、最近はそんなこともなくなっただろうか。
マリィの寝顔。
触れることが、できたなら。それはどれほどの幸せだろう。
マリィの顔のすぐ横に手をついた。
あの頃よりも伸びた髪。長い睫毛。
綺麗だな。
顔を寄せていく。
あと20センチ……。
あ……これ……、ドキドキす……る……。
あと10センチ……。
といったところで、ぱち、とマリィと目が合った。
「あ……」
何かを取り繕うように飛び起きた。
マリィも体を起こしたものの、寝起きでまだぼんやりしているようだ。
悪魔はそのまま後退りで後ろへ。倒れそうになりながらもなんとか部屋の隅までたどり着くと、後ろの壁へぶつかった。
顔が熱くなるのを感じる。
「ご……、ごめん……」
そう呟くと、何かに気づいたのか、マリィの顔がみるみる真っ赤に染まっていき、布団を握りつぶす。
そんな、何か叫び出しそうな面白い顔を横目に、逃げるように翼を広げ、悪魔の姿で窓から飛び出した。
「フフッ……」
笑いがこみ上げてくる。
……残念。
あんな顔、するんだな。
さて、明日から楽しくなりそうだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『少女と二千年の悪魔』を最後まで読んでいただき、どうもありがとうございます!
初小説で、読みづらい箇所もあったかとは思いますが、私にとってとても大切な小説となりました。
最初の方では設定がふわふわしていたキャラクター達も、みんな元気よく成長してくれて、今ではもうどのキャラクターもお気に入りです。
そのうち、また短編でも書きたいなぁと思いつつ、ここで幕を下ろさせていただこうかと思います。
マリィ「最後まで読んでいただき、ありがとうございました」
作者「ありがとうございました〜」
悪魔「…………ここで終わると、僕が生殺しなんだけど」
マリィ「……私も肝心な話ができてない……」
悪魔「続編を書いた方がいいんじゃない?」
魔女「あッらァ……、続編を書くなら、ア・タ・ク・シが主役、でしょう?」
エルリック「僕が異世界転生する話でいいんじゃない?」
マリィ「レビューや評価をしていただけると作者の意欲が上がります!……意欲が上がれば、きっとこの後に待っている『少女と悪魔の冒険編』とか『少女と悪魔の……編』とか……」
エルリック「僕が世界を救う話とか」
作者「書かないからね!?」
少女と二千年の悪魔 みこ @mikoto_chan
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