孤独

 人間の前に、出ることがなくなった。

 人間に呆れたのか、それとも傷ついたのか。自分がどういう状態なのか、考えたくもなかった。

 ただ、いつも通り、屋根の上にいた。

 人に見えない姿で。ずっと、屋根の上にいた。

 ふっと、アリシアとの約束を思い出した。それだけを心に秘め、屋根の上に居た。

 町全体に障壁を作り、魔女から町を守った。そして、ただ、日々、町を眺めた。

 屋根に座る。それだけだ。

 障壁も、最初は魔女対策がうまくいかず、破られることの方が多かった。

 けれど、千年ほど経って、障壁はほぼ、魔女を通さないものになった。

 目の前は空で、相変わらずのんきに鳥が飛んでいた。

 いつもと同じ風景。けれど、不思議なことに孤独だった。

 一人でいることには慣れていた。

 それでも周りに生物がいるからだろうか。

 なぜか、孤独を感じた。

 どうしようもない気持ちになり、それでもなす術もなくじっとしていた。

 光が差し、闇が覆う。ただ、それの繰り返し。

 次第に、周りで何が起こっていてもどうでもよくなった。

 鳥が飛んでいても遊ばなくなった。

 水面を見ることも、人間の顔を見ることも、町の様子を眺めることもなくなった。

 それでも、時折、嫌な感情にかられた。

 僕は、ここに居て何をしているんだ。

 何処かへ行ってしまおうかとも思った。人間をみんな食べてしまおうかとも。

 それでも、そんな時には、誰かの顔が思い浮かんだ。

 楽しかった頃の、アリシアの笑顔、サウスの困り顔、マクスウェルの真面目な顔、マロイの苦笑した顔、ハリスのいたずらっ子な顔。屋敷にいた人間。もう、ここにはいない人間達。

 いくら思い描いても、もう出会うこともない人間達。また話したいと思い直してももう会うことができない人間達。

 仕方がない。

 人間は弱い。

 もうみんな死んでしまった。

 思い出すらももう残ってはいないだろう。

 僕らが共にいた証拠も、歩いた町並みももうどこにもない。

 思い出だけが重くのしかかる。

 次第にただの無になった。

 なんの音も聞かず。何も見ない。

 ただ、そこにいるだけの、何か。

 何か。

 何か。

 何か。

「初めまして、私、マリィ・カルレンスというの」

 何か。

 何か。

 ……いや、今のは何だ。

 誰だ。

 ふっ、と目を開けた。

 起き上がり、頭を振る。

 いつもの、タキシード。変わらない翼。

 窓の外を見ると、雲の多い、それでも晴れた日だった。

 窓の外……?

 周りを見渡すと、見たことのない場所にいた。……いや違う。ここは自分の屋敷の中なのだ。物は多いが……そう、ここは、屋根裏部屋だ。屋根の上に居たはずが、どうやら下へ落ちてきてしまっていたらしい。

 外を覗けば、見たこともない大きな街が広がっていた。

 こんな大きな街に……。いや、当然の成り行きか。ここには魔女は入ってこない。

 改めて、悪魔は声の主の方を向いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る