人間の真似事 1
「悪魔は、人間の姿にはなれないの?」
10歳になったハリスがそう言ったのは、とてもよく晴れた日、庭での事だった。
「なれるよ」
特別、嘘をつく理由もなく、そう言った。
悪魔はすぐに、お茶会の準備に戻る。その日はアリシアが話し合いの場としてお茶会を開くことになっていたのだが、庭で開かれるのはそのおこぼれにあずかろうと、余分におやつを作ってもらえるよう厨房に依頼した、子供達のパーティーだ。
ハリスだけでなく、周りでお茶会の準備をしていたマクスウェル、マロイ、アリシアまでもが悪魔の方を目を見開いて見ていた。
「人間に……?」
「え……それだけ……?」
口々に疑問が飛び交う中、肝心の悪魔は指先で器用にも、テーブルクロスをシワひとつなく広げている。
「じゃあ、人間になってみて!」
そう言ったのはハリスだった。
「…………」
きょとん、としていたかは周りにはわからなかったけれど、悪魔がハリスをじっと見た。
「ああ……いいよ」
その瞬間、そこにいた全員が固唾を呑んで見守った。
乗り気ではないけれど、特に困ることもなく、了承して翼を幾度か羽ばたかせる。
少しだけ浮き、翼を折り畳んだ瞬間、地面に降り立ったのは人間の姿をした悪魔だった。
皆が……じっと、悪魔の姿を見ていた。
人間になると、突然、人間の決まりを押し付けられるのが嫌だった。人間の姿で飛ぶのは目立つし、周りに表情がわかることで不利になることも多い。
「…………え」
皆が、え、という顔をしていた。
アリシアは、わかりやすく眉をよせ、腕を組んで、首をかしげている。
「ねぇ、悪魔?貴方……その姿以外にもなれる、のよね?」
「なれないよ」
「…………」
「僕の”存在“が、この姿だから。魔女が顔は変えられないのと同じことだよ。魔女と違って、僕は年齢も変えられない」
「あ…………」
アリシアが少し悩んでから言葉を続けた。
「喋り方が若いとは思ってたけど……その……ずいぶん若いのね」
アリシアは、眉をよせたまま、笑った。
どうやら、思ったよりも若かったらしい。子供達の驚きも、そのせいなのだろうか。そこらの人間よりはずっと長く生きているのだが。
そこにいたのは、人間の姿になった悪魔だった。
ジャケットを着ないベスト姿。
あまり手入れされていない、ボサついた肩までの黒髪。夜の空のような青みがかった瞳。
そして、どう見積もっても十代後半あたりにしか見えない顔。青年……とは言いがたく、少年と言った方がしっくりくる。
アリシアに紐を差し出されたので、くるくると髪を一つに纏めた。
その手つきを見ると、やはり悪魔なのだと、誰もが思ったようだった。
子供達は、しばらく言葉を失ったあと、口々に悪魔に言葉をかけた。
「そ、それで町へ出られるわね!?」
「スケッチ……させてもらってもいい?」
「驚いた……兄さんがいたら、こんな感じなのかな」
それからしばらくは、マロイがペンを動かす時間だった。さらさらと人間の姿をした悪魔を何枚か描くと、珍しく悪魔は3人を連れて町へ出ることになった。
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