屋敷での生活 2
ぼんやりとエルリックの部屋へ戻る。
エルリックの部屋に戻るのが、すっかり当たり前になっていた。寝顔を見ると、今にも、起きそうだ。
いつまで見ていても見飽きることがない。
しばらく眺めた後、茶色の長椅子に腰掛けた。エミルがあまり触らせてくれなかった綺麗な長椅子。手で撫でると、滑らかな手触りがした。弾力があり、座り心地もよい。
そこで少女は、うずくまって眠った。少女の身長ならば、足を伸ばしても問題はないサイズだったけれど、少女は、小さくなって眠った。
鐘が鳴ると、相変わらずランタンを持ち、そのまま屋敷を出て行った。
湖のへりを歩きながら、花を探す。
青い花は、小さくはない。むしろ、真っすぐに何本もの背の高い花が揺れるので、自己主張の激しい花だ。それなのにここまで探しづらいのは、この夜のせいだろう。
朝が来ることもなく、ただ、星明かりだけの世界。
遠目だと、花があるのかどうかもわからない。青かどうかもわからない。それも、ほとんど元気がない草花ばかりなのだ。
屋敷へ帰ると、料理長の部屋へ向かった。
料理に詳しい料理長のことだ。レシピの一つも置いてあるに違いない。
昨日のスープ作りのことを思い出す。
こそっと、ドアをすり抜ける。
ランプをつけると、案の定、そこには小さな本棚とデスクが置いてあった。本棚には、レシピ本の他、料理長が書いたと思われるノートが何冊もあるようだ。
1冊1冊、触れるように探す。料理長のものだ。それは、ここに料理長が居たことの証だった。
この国の公用語ではない本や、とても初心者が作れるようなものではないものも多かったけれど、簡単そうな基本の本を探し出して、1冊手に取った。
料理長の手書きノートも手に取りパラパラとめくる。
「これって……」
半分ほどは料理長のレシピのノートだったけれど、あとの半分は日記帳のようなものだった。料理のアイディア、屋敷の人間の食事に関するメモと共に、誰に何を教えたとか誰が何を得意なのかとか、事細かに書いてある。
少女のことも書いてあった。
「マリィ10歳 クッキーの作り方を教えた。雑なところもある子だけれど、コツはつかんでくれたし話の聞き方はいい。」
そうだ。料理長にクッキーの作り方を教わったことがある。オーブンに火を入れた時の温度管理が難しくて。
「料理長……」
あの頃は、何も考えず、楽しく暮らしていた。こんなことになるなんて思ってもみなかった。
まだ、教わることがたくさんあったはずだ。だって、自分のためのスープだってどうやって作ればいいのかわからないのだから。
日記帳をそっと本棚にしまって、料理長の部屋を眺める。
質素なベッドに真っ白なシーツ。さっぱりとした料理長だからか、料理のこと以外興味がなかったのか、雑貨などはほとんど置いていない。
「本を借りるね」
一言断って、少女はその部屋を出た。
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