屋敷での生活 1
温まったところで、少女はあの日着ていたドレスを丁寧にしまい、日常用のドレスを着た。胸元にはロベリアのランの花のブローチを付ける。パーティー用のドレスと違い、大人しいワンピースだ。ワインレッドなのは同じ。少女の好きな色。
エルリックがいる部屋へ。部屋の中は、相変わらず変わりない。
相変わらず、テーブルの上には温かいスープが乗っている。スープはそのままに、エルリックのそばへ。
祈るように側にいる。
「外に出られなかったよ、エルリック」
それでも当たり前のように、目の前のエルリックは眠るばかりだ。
椅子に座り、エルリックを眺めると、ただ、寝顔を見ているだけのような気がして……少しばかり気が抜ける。すぐに起きそうな気がする。エルリックは寝起きはいいだろうかとそんなことを考えた。
ふっと横目でスープを見やり、厨房へ向かった。ここにいないといけない。生きなければいけない。けれど、何が入っているかわからないものは、食べる気にはなれない。
少女は料理長に料理を教わる、というていで厨房へ出入りしてはいたけれど、実際料理はそれほどできるわけではない。
厨房のランプに火を入れると、厨房が明るくなった。皆がいた時間を少しだけ思い出す。料理長や料理人数人が、ひっきりなしに動いていた。少女のおやつも作ってくれていたし、少女に多少なりとも料理を教えてくれていた。
オーブンの上に乗る小鍋の匂いを嗅ぐ。
やはり、美味しそうな、スープの匂いがしていた。じゃがいもの匂いがするスープ。以前見たときと料理が変わっているということは、ここであの悪魔が作ったものなのだろうか。どう見ても人間ではないものでも、食事を必要とするのだろうか。でなければ、こんな料理の仕方をしっているものだろうか。
悪魔を思い浮かべる。あの大きな手でどうやってこんな繊細な料理を作っているのだろう。それとも、風のようになるのと同様に手が小さくなったりするのだろうか。
次こそは、食べられてしまうのかもしれない。
けれど、狼のことを思うと、怖がるような気持ちにもあまりなれなかった。あの恐怖と、悪魔を前にした恐怖は、少し違う気がした。
「料理長、借りるね」
鍋を探し出し、野菜を少しだけ倉庫から持ち出した。
といっても、スープの作り方を知らない。料理長から教わったことはあっただろうか。パンやクッキー、ナイフの使い方なんかは覚えているけれど、料理らしい料理を教わった記憶がほとんどない。……水で野菜を煮たところで野菜を煮たもの以上のものにはなりそうにない。挑戦してみてもいいけれど、味付けはどうやってやるんだろう。確か、パンの時には塩や砂糖を入れるのだけど。
うーん……と悩みながら、小鍋のスープと、左手に持った人参を見比べる。相手はあの異形の人なのに、この差はなんだろう。
「はぁ……」
落ち込んだところで、人参をそのまま少しかじって、あの日以来の食事を終わらせた。
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