あなたは、誰? 2

 涙が溢れる。

 こんなのってない。

 あのよくわからないものが、人間を助けるだろうか。

 きっと、空腹だと思ったのだろう。ここに食事を置いておけば、何も考えずに食べると思って。毒を仕込んでおいても、のんきに食べてしまうだろうと。

 悔しい。

 何が入っているかわからない、こんなものを口にするわけにはいかない。

 何か危ないもののように遠巻きに見る。

 涙が止まらない。止まらない。

 思わずエルリックの方にすがりつき、そのまま静かに涙を流した。

「うっ……ふぅっ……」

 悲しみを抱えたまま、疲れを覚え、床で眠る。毛足の長い絨毯。眠るのに困ることはなかった。

 鐘が鳴り、起きれば外へ花を探しに行って。

 そんな日が3回続いた。3回ともエルリックの部屋に戻れば、テーブルの上には必ずスープが載っていた。テーブルの上のスープは、香りを振りまき、存在感を誇示していつでもそこに鎮座していた。

 その度に悲しくなる。

 翌日も、やはりそこにスープはあった。そして、そのスープ皿のわきに、何か紙が置いてあるのが見えた。

 文字が書いてあるようだ。

 手紙?

 そっと、本当にそっと、折り畳まれた紙を持ち上げる。

 と、黒い線が……ザクザクと書かれていることに気がつく。それはペンで書いたというよりは、爪のようなものにインクを付け書きなぐったようなものだった。

「…………!?」

 紙を投げ捨てる。

 文字、だった。

 それには、こう書いてあった。

「僕が人間を消した」

 消した……。

 誰が……魔女が?でも、魔女にしては何かがおかしい。あの黒い影……ということもあるのかも。

「…………。」

 何処かから見られているようで怖くなり、ランタンを手荒く掴むと、その部屋から逃げ出した。

 けれど、ここが少女の家だ。逃げる場所など、思いつかなかった。

 思わず、小さい頃かくれんぼに使っていた屋根裏部屋へと逃げ込んだ。

 屋敷のどこよりも暗い階段から続くその部屋は、とても大きい。それに、古いワードローブや箱がところ狭しと並べてあり、ちょっとやそっと覗いただけでは、何が置いてあるのかはわからない。

 人間の一人や二人隠れていても、きっと誰も気づかない。

 相手が人間でなくとも、ここが一番見つからない、そう思えた。

 屋根裏部屋といえば埃が多そうだが、掃除好きの使用人が多く居たため、とてもきれいな屋根裏部屋だ。

 棚やワードローブをいくつも通り過ぎ、こっそりと、家具の隙間に置いてある木箱の側に座り込む。

 じわじわと溢れる涙は、止まることがない。

 花を探さないといけないのに。こんなところで震えている場合ではないのに。

 けれど、身体は言うことを聞かない。

 自分の身体を抱き締める。

 ランタンの火を消すと、星明かりにぼんやりと浮かぶ窓だけが視界に浮かび上がった。

 声を殺して流れる涙が、頬に伝う感触だけを感じた。

 次第に少女は、そのままうとうとと、眠った。暗いけれど、安心できる部屋で、うとうとと眠った。

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