第65話 悪を断つ者
魔王と勇者。二名の強者を目の前にしたレスティンギトゥルは驚愕こそしたが、すぐさま冷静に覚悟を決めた。
どのみち、生きとし生ける者全てを死に導く目的を果たす為には、テネブリスとルクルースという邪魔者たちを避けては通れない。ビフロンスを駒にした計画は既に破綻してしまったが、これも運命なのだ――と、半ば開き直る。
「その姿……久しいな、レスティンギトゥルよ。相変わらず醜い汚物のようだ」
「…………身体を取り戻したぐらいでいい気になるなよ、テネブリス……!!」
レスティンギトゥルは骨だけの拳に力を込めた。すると、頭部を覆っていた暗黒のベールと同様のものが両腕に発生していく。
逆に濃度を薄くすれば、魔力的な防御能力と攻撃能力を向上させる事ができる。そして今、レスティンギトゥルが両腕に発生させたのは――
「霊位魔法――
レスティンギトゥルの周囲に暗雲が生まれていく。負の魔力による逃れることが出来ない闇の濃霧。それは視界を完全に閉ざされた闇の空間となりどんどんと広がっていく。ここではあらゆる生者が、負の魔力によって身体的能力と魔力が半分にまで低下してしまう恐ろしい空間だ。
だが、その闇を切り拓くように勇敢な声が響いた。
「聖位魔法――
雲間に差す太陽のような一筋の光。振り下ろされたそれは、空間ごと暗雲を切り裂いた。
霧散していく暗雲の中、曇ることなく輝いていたのは聖剣エーテルナエ・ヴィテ。そして、それを手にしているのは勇者ルクルースだ。
「レスティンギトゥル……お前の持つ負の力がいくら強大であろうとも、俺とこの聖剣がいる限り、好きにはさせない」
「くっ……人間風情が……!!」
表情があれば唇を噛んでいるであろうレスティンギトゥルの頭上に、強大な魔力の気配が訪れる。
「私もいる事を忘れたか?」
短く、そして冷酷にそう告げたテネブリスは、強靭な拳を振り下ろした。
レスティンギトゥルは目で追うのがやっとの速さだったが、
現在、骨だけの肉体であるレスティンギトゥルは魔法的な攻撃よりも、物理的な攻撃の方が受けた時のダメージは深刻だろう。それを知ってか知らずか、テネブリスは直接攻撃による戦闘を畳み掛ける。
「どうした? 私が怖いのか?」
そう言ってテネブリスは
久方ぶりの自身の肉体。それを噛みしめるように、失っていた時間を取り戻すかのように、自身でも驚くほど昂ぶっている。
それに呼応するように、真なる持ち主を宿した肉体は果てなき魔力を全身に帯びながら縦横無尽に駆け巡る。
拳、脚、肘、爪、踵――その一撃一撃どれもが、重く激しくレスティンギトゥルを襲う。もはや一方的な暴力に成り下がっていた攻防は、地中から突然現れたあるものによって遮られた。
「グゥオォォォォォォォ!!!!」
地中より出でし
その全身は、人間や魔族の白骨で構成されていた。人間であれば一口で捕食できそうな大きな顎。それを支える巨大な体躯は、まさしく
「我が眷属……
レスティンギトゥルの命令を受けた
その巨体が前進する度に、地面が揺れるほどの圧が迫る。白骨の眼窩に宿す生者を恨む暗黒の濁光が、テネブリスを捉えていた。
そして、
「テネブリス。コイツは俺が請け負おう」
「ふん……よかろう」
テネブリスとルクルース。両者は互いに目配せをし、それぞれの敵を見据える。
テネブリスはレスティンギトゥルを。そして、聖剣を構えるルクルースの前には、
「さて、お前の相手は俺だ。人位魔法――
光を纏った聖剣を目まぐるしい速さで振り乱す。音速を超えた斬撃は、
(邪悪な気配が一番強い頭部……おそらくここが弱点!)
白骨で繋がれた頚椎部を切断するべく、聖剣を振ろうとする。しかしそれを待ち構えていたかのように、
そこから溢れ出たのは負の瘴気。生者にとっての猛毒だ。
「くっ……! 聖位魔法――
聖なる魔力で全身を覆い、かろうじて瘴気を弾く。しかし真正面から浴びた吐息の勢いまでは完全に防ぐ事は出来ず、ルクルースは大きく後方へと吹き飛ばされた。
だが、すぐさま態勢を整え着地すると、聖剣をぎゅっと握りしめた。と同時に、
(奴の脚を斬った時……俺の
ルクルースの
そしてその能力の恩恵を、不完全な形で受けていたのがルクルースの身体に移っていた時のテネブリスだ。ルクルースの
しかし彼にとって、そんな事は二の次だ。相対する人間の敵、それをこの場で確実に倒すことこそが勇者であるルクルースの役目であり存在意義なのだ。
そんな強い意思と覚悟を持ったルクルースは、聖剣を強く握った。
全身に巡る聖なる魔力を聖剣に流し込み、集中する。そして蒼碧の瞳を力強く見開くと、
「聖位魔法――
聖なる光を纏った光刃が、眼窩の奥に潜む怨念の集合体ごと巨竜の体躯を縦に両断した。
崩れ落ちていく巨体。支えていた
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