第57話 闇の侵攻

 光輝く骨董品やきらびやかな調度品の数々。

 この部屋にある物全てが絢爛な造りで揃えられているのは、この部屋の主がそれだけの財力と権力を持っている証明だ。


 庶民なら、そこを歩くだけでも腰が引けるほどの高価な絨毯。その上を、どこか落ち着かない足取りでせわしなく歩き回る人物がいた。

 純白のガウンを羽織り、見事な白髭を蓄えた初老の男。その男は気難しい表情で、絨毯の上を右往左往している。


「父上……どうか落ち着いて下さい」


 扉の前で冷ややかな目でその様子を見ていた中年の男が、初老に声をかける。

 父上と呼んだ中年の男の身なりも、この部屋に相応しい豪華なものだ。緑を基調とした騎士服に、胸にはいくつもの輝く勲章が揺れている。

 腰には立派な飾剣サーベルを携えているが、貧相な体躯には似つかわしくないものだ。


「黙れ、サール。こんな時にのこのこと現れよって……!」

「酷い言い草ですね……息子が父の心配をして何がおかしいでしょうか?」

「皇帝陛下……ここではそう呼べと教えたはずだぞ?」

「失礼致しました。フェイエン=ファン=ラドノーア皇帝陛下」


 中年の男は仰々しく頭を下げる。

 その所作は身なりに似合った優雅なものだ。というのも、彼がアルビオン帝国の皇子、サール=ファウルン=ラドノーアであるのだから当然だろう。


「で、サールよ。何の用だ?」

「父上……いえ、陛下がご心配なさっていた件の報告に参りました」

「……! 無事だったのか!?」


 フェイエンは声を荒げ、サールに近寄る。

 サールは一瞬、怪訝な顔つきになるが、すぐに穏やかな微笑でその感情を覆った。


「落ち着いて下さい、陛下」

「あ、あぁ……すまん。報告を聞こう」

「……勇者ルクルースの連行へと向かった帝国兵士団団長シーベン=ノワイヤと、兵士団十名。及び誅殺部隊隊長、イドラ=アイバーン。全員の死亡を確認。そして――」


 サールが淡々と告げた報告に、フェイエンは口を大きく開け唖然とする。

 少しの沈黙のあと、再びサールは報告を続ける。


「――全員の死体が忽然と姿を消しました」

「なっ…!? それはどういう……」


 取り乱すフェイエンに対して、サールはさっと手を前に出し、報告にまだ続きがある事を諭す。

 そしてフェイエンは苦渋の表情で、言葉を飲み込んだ。


「偵察に出した兵士団がマグヌス平野の中央辺りで、帝国兵の騎馬を確認。その周囲には大量の血痕が……おそらく兵士たちのものかと思われます。そして少し離れた所に、下半身のみの兵士団長の遺体。そして頭部だけの誅殺部隊隊長の遺体を確認――」

「むぅ……」

「そして、兵士団が残された遺体を持ち帰ったはずだったのですが――」

「遺体がなかった、ということか?」

「……はい」


 サールは下を俯き、報告が以上である事を暗に告げた。

 フェイエンが腹心として寵愛していた配下の死。そして忽然と消えた遺体の数々。受け入れがたい現実に、フェイエンは唇を噛む事しかできなかった。


「ルクルースめ……! 絶対に許さん……!!」

「陛下……お言葉ですが、まだ勇者が手を下したとは――」

「黙れ! では奴以外に、誰がシーベンたちを殺せるというのだ!」


 フェイエンは憤慨する。彼からすれば、身内を殺されたも同然だ。

 しかし対するサールは、冷静にひとつの可能性を口にした。


「可能性があるとするなら、アンデッド……通称、闇の勢力ゼノザーレと呼ばれるものかと」

「アンデッド……だと!?」

「えぇ。マグヌス平野で何者かと戦闘になり、そこで兵士たちが死亡。その後、アンデッドとなり、兵士団長らを殺した……とも考えられます」

「ふんっ……可能性はなくはないが、お前は勇者びいきしすぎだ。そのが、ルクルースであるなら話は一緒だろう!」

「……ですので、あくまで可能性の話を――」


 勇者の肩を持つサールと、腹心を殺されたフェイエン。両者の譲らぬ思いは決して交わる事なく、燻る憎悪だけが増していく。

 そこへ、宮殿が揺れるほどの地響きが二人の口論を止めた。


「なっ、なんだ!?」


 フェイエンは慌てて都市が見渡せる窓際へと向かった。しかし、そこから見た光景に言葉を失う。フェイエンの様子に気づいたサールも、急ぎ早に窓際まで駆けつけた。


 二人の目に映ったもの――それは殺戮だった。


 都市の大通りには黒くうごめく無数の眼を持つ魔族。その周囲には数百の人ならざる者――アンデッドが、逃げ惑う帝国民に対して邪悪な力を振るっていた。


 すると、そのアンデッドの中に一際目立つ存在がいた。胸に帝国の紋章を刻んだ純白の鎧。下半身はどろどろとした黒い粘液のようなもので、かろうじて人の形を保っている。

 二本の小剣ショートソードを振り回し、いとも容易く帝国民の命を奪っていく。その光景に、フェイエンは崩れ落ちるように膝を落とした。


「あぁ……なんという事だ……………………終わりだ……帝国は終わりだ…………」


 隣で崩れ落ちたフェイエンを横目にしながら、サールは眉をしかめる。

 そして、腰に据えた飾剣サーベルに手を添えて部屋を飛び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る