第36話 怒りの矛先
黒装束の人物――イドラは、テネブリスの足元で力なく地面に倒れた。
テネブリスの放った霊位魔法――
一見、人知を超えたように思えるこの魔法には、厳しい発動条件と発動後のデメリットが存在する。
一つ、最後に術者を傷つけた者を洗脳対象とする。術者は対象は選べず、複数人存在する場合、魔法は発動しない。
一つ、洗脳対象者が死亡するまで、洗脳は解かれる事はない。
一つ、魔法発動中、術者は他の魔法を行使できず、その場から動けない。
魔法による戦闘を得意とする、テネブリスの
テネブリスが邪悪な魔力をその身に漂わせ見下していると、手負いのフェルムが息を切らしながら駆けつけた。テネブリスは横目でフェルムの無事を確認すると、一言告げる。
「勝ったのか」
「あ、あぁ……なんとか、な。ルクルースこそ、勝ったん……だよな?」
フェルムはテネブリスが纏っている禍々しい魔力と、倒れている黒装束の男を目の前にし、僅かな動揺を見せる。
聖なる魔力を持つはずの勇者が、その対極とも言える邪悪な魔力を漂わせている。その事実が、フェルムの表情を険しいものにさせた。もしかすると、自分の知らない所で仲間の身に何か起こっていたのか、と憂慮さえしたが今はそれどころではない。
仲間が無事であるならそれでいい、とフェルムは心に生まれた些細な懐疑心を最初から無かったかのように飲み込んだ。
「ふん、それよりちょうどいいところに来た。今からこの男に尋問をするところだ、貴様も聞くといい」
「お、おう……」
尋問? 殺したんじゃないのか? とフェルムは疑問に思ったが、尋問すると言うのなら出来るのだろう、と強引に納得し頷いた。
そしてテネブリスは地面に倒れているイドラに向かって、短く命令を下す。
「立て」
テネブリスの言葉に従うように、イドラは即座に起き上がった。敵対する意思はまるでない。その身なりは綺麗なもので、負傷した形跡もない。
一体何が起こっているのか、とフェルムは唖然としたまま見つめていた。
「仮面を外し、名前とここへ来た理由を言え」
イドラは歪な形の仮面を外すと、意外にも老け込んだ人間の素顔が露わになった。おそらく四十歳くらいの悲壮漂った男。ただその顔には、幾つもの痣や傷跡が刻まれていた。そしてテネブリスの命令通りに、質問に答える。
「俺はアルビオン帝国誅殺部隊隊長、イドラ=アイバーン。皇帝陛下の命により、勇者ルクルースが帝国を出立した直後からずっと監視をしていた」
そこまで聞いたテネブリスは、僅かに眉をひそめた。
帝国を出た直後、と言うとウルグスに向かった辺り。あの時の皇帝との会話で既に警戒されていたのか、とテネブリスは推察する。
「その後、アグリコラ王国にて戒律を破ったのを確認。その場で魔族を討伐した事により他国に益をもたらしたその行いを、皇帝陛下へ報告した。そして俺と帝国兵士団団長シーベンに勅命が下された。勇者ルクルースを帝国に連れて帰れ、と。抵抗するなら他の者は殺してもよい、と」
イドラが言葉を言い終えると、テネブリスとフェルムはお互いに険しい表情で顔を見合わす。この愚かな争いの原因が誰なのかは、もはや明白だったからだ。
テネブリスは己の浅はかな行動を悔いた。全ては帝国を出た所から挫いていたのだ。だがもう、あの国の事などどうでもいい――――アルビオン帝国はこの手で滅ぼす定めなのだから。
一方、己を悔いたテネブリスとは裏腹に、フェルムはその怒りを別の場所に向けていた。アルビオン帝国、そして皇帝陛下であるフェイエンに対してだ。
戒律を破った事は許された事ではないのかもしれない。だがもとを辿ればそれも所詮、帝国の為だけに存在する一方的な縛りでしかない。
アグリコラ王国を救った勇者としての善行を無下にしただけでなく、自分達の命を何とも思っていない非道な命令を下す帝国に対して、フェルムの帝国に対する忠誠心は微塵も消え失せた。
視線をイドラに戻したテネブリスは、最後に――と命令を出そうとするが、フェルムが手をかざしてそれを食い止めた。
「ちょっといいか、ルクルース。こいつに……最後にこれだけは聞いておきたい事がある」
「……なんだ?」
「アルキュミーの事だ。こいつは……アルキュミーの親を殺したと言っていた。答えによっちゃあ、俺は――――」
フェルムはかざした手を強く握りしめ、鋭い目に激しい憎悪を宿していた。その意思を汲んだテネブリスは小さく溜め息をつき、イドラに最後の命令を下した。
「貴様が……アルキュミーの両親にした事を全て話せ」
テネブリスの命令を受けたイドラは、ゆっくりと口を開く。
そして、帝国の闇とも言えるあの出来事について淡々と語り始めた。
あれは十六年前の事だ――――――
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