第3話 堂々たる出陣

 差し込んだ太陽の光。

 その光が、部屋に陳列されている数々の剣や鎧に反射して、部屋全体が明るく輝きを放っているようだ。


 煌めく部屋の壁際に雄大に置かれた大きなベッド。

 そこで真っ白のローブに身を包み、寝ぼけ眼で天井を見つめる男がいた。

光が反射するような艶めく銀髪、澄み渡る空のような蒼さの瞳。精悍な顔つきには男らしさと、あどけなさが絶妙に入り混じっている。


 その男こそが、凄惨たる魔王――テネブリス=ドゥクス=グラヴィオールである。


 しかし全くもって信じられない事だが、その姿は紛う事なき勇者ルクルースである為に、周囲の人間からはルクルースと呼ばれていた。


 テネブリスは、絢爛なシャンデリアが設置された天井を仰向けで眺めている。

 あれから幾時が過ぎただろうか。


 あれから、というのは魔法使いの女――アルキュミーに、数日前に無理矢理ベッドへ拘束されてからというもの。看護という名の、ある意味監禁に似た生活を余儀なくされていた。


 どこへ行くにも、アルキュミーはついて来た。

 食事の際も、隣でずっと瞳孔をこれでもかと開きながら見つめられ。

 用を足す時にも、頬を紅潮させながら背後で見守り。

 ベッドで寝ている時には、何故か同じ寝具に入り。


 そのような生活が三日三晩。

 そのせいで、実はとっくに魔王である事を見抜いた上で監視しているではないか、とテネブリスは考えるようになっていた。


 しかし、現在いまの状況はどうやらいつもと違うようだった。

 半ばぼやけた意識を取り戻し、周囲の気配を伺う。


 近くには誰もいない。

 あれだけまとわりついていた、あの女の姿が見えない。


 気が付くと、何やら外の喧騒が小刻みにベッドを揺らしているのを感じる。

 よく耳を澄ませば、野太い声――おそらく男だろう――が、外で大声で叫んでいるのが聞こえる。 


(何かあったか……)


 考えを巡らせていると、部屋の扉が勢いよく開かれた。

 小さく息を切らしながら入ってきたのは、あの女。

 あの女――アルキュミーは、血相を変えてテネブリスのいるベッドへ駆け寄る。


「ルクルース……! 突然魔族が現れたそうなの! 私達が討伐してくるから、あなたはこの部屋で待ってて!」

「何……?」


 魔族と接触を図ろうと画策していたテネブリスにとっては吉報と言える情報だ。

 もしかすると、その魔族は私を迎えに来たのかもしれない。そんな考えも浮かぶ。

 となると、やるべき事はただ一つ。テネブリスはその場におもむろに立ち上がる。


(七魔臣の誰かか……? まずは接触して、私の状態を説明するのが先決だな)


 アルキュミーはオロオロした様子で、ベッドの上で仁王立ちするテネブリスを見上げる。


「ちょ、ちょっと! 何をする気!?」

「見てわからぬか。私も行ってやると言うのだ、その討伐とやらに」


 ニヤリと口角を上げながら自信たっぷりに告げる。


「まだ体も記憶も万全じゃないのに……無茶よ!」

「ふん、私を誰だと思っている。私に敵う魔族なぞいるものか」

「その自信は嬉しいけど…………でも、何かをキッカケに記憶が戻るかもしれないってクラルスが言ってたわね……」


 アルキュミーが独り言のようにぶつぶつ呟くが、テネブリスは気にもとめずにベッドを降り、部屋を散策する。


(これは……)


 そこで、ある装備に目が止まった。

 各所に黄金の装飾が施された白金の鎧、そして神聖なる雰囲気を纏った聖剣エーテルナエ・ヴィテ。

 歴代の勇者が古くから愛用し、勇者としての象徴でもあった装備品だ。


(ふん……この身体になったついでだ。身なりだけでも着飾ってやるか)


 そうして光輝く装備を身に着けていく。

 その一切を身に纏ったテネブリスの姿は、傍から見れば勇者ルクルースに他ならない。


 しかし、中身はそれと真逆の存在。凄惨たる魔王・テネブリス=ドゥクス=グラヴィオールだと知る者はここに存在しない。


 準備が整うと、姿見の前で雄々しく立つ。

 どこからどう見ても勇者ルクルースである自身の姿に顔をしかめた。

 そしてふと腰元に収められた重厚なが目に入る。


 聖剣エーテルナエ・ヴィテ。

 テネブリスはそれを、腫れ物を触るようにそっと触れる。


(幾度となくこの剣は私に立ちはだかってきた。それが今や、私が持つことになろうとはな……フフフ)


 ニヤリとした面持ちで颯爽と部屋を出ると、廊下の壁にもたれる二人の男女が待ち構えていた。

 黒髪の男は深紅の部分鎧を装備し、身の丈もある大剣バスターソードを背中に背負っている。所々から垣間見える鍛えられた肉体は、生半可な鍛錬で身に着けたものではない事が伺えた。

 

 一方、女の方はと言うと、純白の生地に青い刺繍が施されたローブを身に纏っている。華奢な身体を感じさせない少々大きめの布感は、女性特有の滑らかな身体の線を隠すようだった。

 そして袖口からチラリと見える色白の手には、荘厳な輝きを放つ黄金の錫杖ロッドを握りしめている。

 テネブリスの目から見ても、身に着けられた装備品はどれも一級品というのが見て取れる。


「やっぱり、ルクルースなら黙って待ってるような男じゃないと思ったぜ」


 大剣を背負った男――フェルムは朗らかな表情でテネブリスに向かって話しかける。

 先日テネブリスとの間に起きた事など、微塵にも気にしていない様子だ。


「こういう所は変わってないですね」


 フェルムの言葉に同意するように、純白のローブを着た女――クラルスは微笑みかける。


 二人から謎の厚い信頼の眼差しを向けられ、テネブリスは険しい表情になる。


(なんだこやつらは……まあよい。それよりいち早く魔族に接触せねばならぬ……。我が身が万全ではない今、利用できる者はとことん利用してやる)


 険しい表情から一転、何かを企んだような冷笑を浮かべ歩き出す。

 その表情を見たフェルム達も、さすがルクルース、やる気が違うぜ、勇者の復帰戦ね、等と小声で会話しながら後に続いた。



* * *



 テネブリスを先頭に威風堂々たる足取りで廊下を進む。

 廊下に敷き詰められた真っ赤な絨毯は、細部にまで手の込んだ刺繍が散りばめられ、その美しさはテネブリスからしても見事な造りと思えた。

 そんな最美極まる絨毯を、ズカズカと踏み歩いていると前方に人影が見えた。


 徐々に近づいてくる人影は、やがて金属が擦れる音を鳴らしながら姿をはっきりと見せる。

 大きく肩で息をしながら現れたのは、脆弱そうな鎧を着た中年の男。

 その身なりから、衛兵だと思われた。


 汗だくの衛兵は、息を切らしながらテネブリス達に要件を伝える。


「ゆ、勇者様……はぁ、はぁ、城壁のすぐそばに、はぁっ……現れた魔族から逃げてきた兵士がおります……はぁ、はぁ」

「ふむ……では、そやつに道案内でも頼むとしよう」

「はぁ、はぁ、えっ……さ、左様ですか……」


 慌て急ぎ報告する衛兵の様子に、テネブリスは口角を上げる。


(ここまでの慌てよう、さぞ強大な魔族に違いない。やはり、私がここにいると気付いた七魔臣の差し金だな? フフフ……)


早速舞い込んだ絶好の機会に心を躍らせ、テネブリスはどこか自慢気に衛兵に尋ねる。


「ちなみに聞いておくが、どのような魔族だ?」

「オ、オーガと聞いております」

「オーガ……だと……!?」


 魔族の名を聞いたテネブリスは驚愕する。

 その異様なまでの驚きようは、周りにいるアルキュミー達をも不安にさせた。


(オーガ……その辺にいるただの下級魔族ではないか……! 七魔臣はどうした!? ちっ…………いや、結論を出すにはまだ早計やもしれぬ。何か意味が……今はそう考えるしかない)


「ど、どうしたの、ルクルース!?」

「オーガと言っちゃあ下級の魔族だが……ここまでルクルースが取り乱すとは、実はヤベぇ奴なのかもしれねぇな……!」

「えっ……そんなオーガがいるの!? 少し、警戒した方がいいかもしれないわね……」


 頭を抱えるテネブリスの傍で、アルキュミーとフェルムはまだ見ぬオーガに対して警戒感をあらわにする。

 それを見守るクラルスは、ただ静かに闘志を漲らせた。


「あの……勇者様……」

「黙れ! 私は勇者ではない!! もういい、早くその兵士の所へ案内しろ!」


 恐る恐る声をかけた衛兵に対し、テネブリスは暴虐なる台詞を浴びせる。

 どこからどう見ても勇者である人物から、物凄い剣幕で勇者ではないと咎められた衛兵は、すっと口を閉じ、それ以降考えるのをやめた。

 

 そして、急に寡黙になった衛兵を先頭にテネブリス一行は真っ赤な絨毯を再び歩き出した。

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