ゴード帝国編後日談 皇太子の償い

 皇太子アレクサンドル・ゴード。

 彼はゴード帝国皇帝サンダルシア・エゼビメウス・ゴードの実子であり、次期皇帝の座を約束された男である。


 しかしゴード帝国に魔人が暗躍し、皇太子を含んだゴード帝国城の兵士や臣下達が魔人によって洗脳されてしまう。

 更には魔人の力によってサンダルシア皇帝も病によって倒れ、そのまま皇帝代理となったアレクは洗脳されたまま、無茶な政策をしてしまう。


 この話は、勇者パーティーによって魔人から解放された皇太子の、償いの話である。



 ◇



 洗脳時は今思い返してもかなり無茶な事を仕出かしたと、本人は思う。

 歴史的重要文化遺産である建物を壊し、劇場を作った。

 貴重な知的財産の宝庫である図書館を壊し、劇場を作った。

 学校を壊し、劇場を作った。


「いや何故劇場ばかりなんだ……!?」


 確かに帝国は他の国と比べて娯楽文化が発達している国でもある。流石に娯楽文化に特化した国、サーヌック歓楽界よりは劣るがそれでもである。

 ゴード帝国には既に数カ所劇場が建てられており、今の情勢で新しく劇場を作る必要もない。それどころか、重要施設を壊してまで作る重要な建物でもないのだ。


「これも魔人の洗脳によるものか……?」


 だが洗脳された時でもアレクの根底にあったのは帝国の発達だった。

 確かに時と場所を考えなければ劇場の存在はこれから増えていく芸術家の卵にとって重要なお披露目の場所になるだろう。


 だが今じゃないのだ。


 少なくとも魔王が復活している今の時期ではない。今の帝国は数百年ぶりの国を挙げての警戒態勢にどのように国を運営するか会議をしており、そのような建築は望まれていないのだ。


 現在、ゴード帝国の魔王復活に対する国家方針は、娯楽を自粛し魔王討伐に赴く勇者パーティーのためにラルクエルド教に対し心を一つにするか、もしくは敢えてそのまま維持し、魔王復活に怯える帝国民を安心させるか。

 その他にも様々な政策案が議題に挙げられており、アレクもその会議に出席したかったが出来ない理由があった。


「だが魔人の魔術を受けていた私に国の政策について口を出す資格はない……」


 ならばと考えたのはこれまで打ち壊した建物や財産の復旧だ。

 そう考えたアレクは、すぐさま行動する事にした。


 アレクが向かった先は建築業を営む帝国有数の建築会社アドラ。

 彼らも魔人による洗脳で少なくない建物を打ち壊したため、こうして各地に詫びを入れながら復興作業に入っていた。

 そんな中、社員と共に現場に指示を出している女性に対し、アレクが近付いて行った。


「やぁアドラ」

「……お? これはアレク様じゃないですか、どうしたんですか?」


 彼女の名前はアドラ・コンバスター

 察しの通り、建築会社アドラの社長を務めている女性だ。


「いや、復興作業はどうなっているか様子を見にね」

「あ〜まぁ、ぼちぼちですね……」


 そう言って、頭を掻きながら着手しようとしている現場を見る。

 記憶が確かなら劇場のために打ち壊された、文化遺産として登録されている建築物があった場所だ。


「この場所は初代皇帝様の時代にあった歴史的な建築物なんですが……奇妙な事に何故かあの建物の図面が見当たらないんですよね……」

「……それは確かか?」

「えぇ……知り合いの建築会社にも尋ねたんですが、見事に紛失していると……」


 アドラの言葉にアレクが顔を顰める。

 思えば被害に遭っているものは心を豊かにするための文明、文化に関わる物ばかりだ。それに気付くと、アレクはあの魔人モンドの目的について見当をつく事が出来た。


(恐らくは人類の文明文化を破壊する事で、人々に瘴気を受け入れるきっかけを作ろうとしたのかも知れない)


 瘴気とは聖女であるサラ曰く『負の力』。

 つまりは『負の感情』を持つ者に対し程度の差はあれど、魔術を施し易いのではないかと考えると辻褄が合う。


 瘴気を扱える力は全ての魔人に共有する力であるから別にして、魔人モンドの扱う魔術は他者の思考を操作する『洗脳』。

 つまりその魔術の力を使い、操る人々を増やし、世界を滅ぼすのが魔人モンドの目的なのかも知れない。


「……アドラ。実はこれを見てくれないか?」

「え? なんですかこれ……って!? これこの建物の図面じゃないですか!? 一体どこでこれを!?」

「思い出しながら書いてみたんだ」

「えぇ!?」


 アドラの記憶から照合してみてもこの図面は幼少の頃に見た歴史的建造物の図面に近い。近いというのは悲しい事に細部までは覚えていないからだ。


「実は前に見た図面を覚えていてな……もし問題無かったらいいのだが……」

「覚えているって……こんな束の図面を全部……?」


 いやそれだけじゃない。

 見ればアレクの後ろには大きい荷物袋を持った部下が控えており、一部その荷物の中から見覚えのある本が見えた。


「あの本は……確か『建築王の建築学』ですよね……? 建築に関する有名な参考書ですから読んだ事はあるんですが確かそれって……」

「あぁあの図書館を打ち壊した時に全て焚書されたんだ……」


 原本含めての焚書である。

 下手すれば大損害というレベルではない被害だ。

 だが何故全て焚書された筈の本がそこにあるのか。


 そんなアドラの疑問にアレクが答えた。


「あれも私が思い出しながら書いた物だ」

「……え? もしかして一字一句……も?」

「あぁ、次期皇帝として民の全てを覚えなければならないからな」

「不敬ですけど歴代皇帝陛下でも無理ですよ」


 一応専門家から太鼓判を押されているので問題はないとアレクは言うが問題はそこじゃない。

 そう、アレクはこれまで被害にあった書物、建物の図面など細かい所まで全て記憶出来る能力の持ち主だったのだ。


「次期皇帝としていずれ父の名前を継ぐんだ……だからこれまで犯した罪を償い、帝国のためにより奉仕するつもりだ」


 そう言ってアレクは部下達を連れて次の目的へと赴いた。

 損害に対する補償を自費で賄い、学舎を失った子供に対し教師として教鞭を取った。それらの行動が幸いし、帝国民は皇太子の事をより一層好意を抱き、魔王復活による不安も吹き飛び、ラルクエルド教に対し心を一つにする余裕が出来たという。


「さぁ私の償いはまだまだこれからだ!」


 後に、先代皇帝から名前を継ぎ、皇帝アレクサンドル・サンダルシア・ゴードとして帝国の皇帝となった彼は、自身の犯した罪をその才気によって全て清算し、かつゴード帝国を愛する妻と共に帝国史上類を見ない発展をさせた賢帝として歴史に名を残した。

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