第12話 ホックの成り上がりと追加納品

 私は全身から汗を吹き出しながら、なんとかこのオープンすぎるストーカーをどうしようかと思考を巡らせた。

 あああ無理無理、誰か助けてーー!!



「あの、へ、兵士のお仕事がありますよね?」


「ご安心ください! 兵士は辞めたであります! 胸当ては記念にいただきまして、せっかくなので付けたままにしていたのであります」


「あああああ……ごごご家族に心配をかけてしまうのでは?」


「父は幼い頃に亡くし、母は半年ほど前に亡くなりました! 親戚もおりませんので、天涯孤独の身です! 家も家財道具も全部売り払って、ある程度のお金はありますので、フローリア様は何にも気にせずにお過ごし下さい!」



 マズい。

 逃げられない。

 これは私が何と言おうとストーカーになるやつだ。

 何にも気にせずに過ごせるわけなかろうが!!

 この場を乗り切るにはどうしたら……。



「わ、私を守るならばそれなりに強い方でないと」


「強い、でありますか」


「そう。う〜〜〜ん、そうだなぁ、気配を消すの上手かったから、暗殺者とかいいんじゃない!? 冒険者として最低でも金級くらいにはなってもらわないと、私の背中は預けられないわ!」


「せ、背中……!! 分かりました! では早速冒険者になってくるであります! 暗殺者という職業には詳しくありませんが、フローリア様のために、腕を磨くであります!」


「ガ、ガンバッテ」


「それでは!」



 ホックさんはキラキラした目で走り去っていった。

 マジか。

 でも、これで少しは時間を稼げたはず。

 っていうか適当に言っちゃったけど、暗殺者なんて物騒な職業ホントにあるの?


 私は知らなかったし、あなどっていた。 

 私に命じられたホックさんの力を。

 私に背中を預けてもらえると聞いたホックさんが、一ヶ月もせずに金級になってくるなんて、思いもしていなかったのだった。


 役立たずとバカにされたホックの成り上がり物語だっけ、コレ?



 私はもらった袋をカバンにしまい、お家に帰ることにした。

 部屋を借りて、薬を作ろう。

 あと、まぁ、もらった食材も、使おう。

 食材に罪はない。うん。


 帰宅した私に、サビとセリが冒険者証を見せてくる。

 私があんまり喜んでいないことを不審に思ったサビに問いただされ、ホックさんのことを話した。

 二人はどこか納得したように頷いて、ホックさんがまた私のところに来るまでに、自分たちも金級以上になっていよう、と気合いを入れていた。


 カバンから食材のみっちり入った袋を取り出すと、貯蔵部屋に放り込む。 

 それから薬を作ると言うと、コーリリアは見学したいと付いてきた。

 サビとセリも、興味深げに付いてくる。


  私はとりあえずポーションを作ることにした。

 素材はおじいちゃんの家から持ってきたし、すぐに出来るから。


 机全体に魔法陣を描いてから、鮮度を保ったままの素材を並べ、全てを一気に処理する。

 薬効成分を抽出し、宙に浮いたそれを混ぜ合わせていく。

 指の一本一本から、それぞれ属性や量の異なる魔力を流してポーションとして精製していくのだが、これが難しくて楽しいのだ。


 下級ポーションならそこまで真剣にやらなくても、もう身体に染み付いているから大丈夫。

 ほとんどオートで出来上がっていくようなものだ。

 でも、おじいちゃんはもっと早く、もっと綺麗に作る。

 だからまだまだ腕を磨かねばならぬのだー!


 混ぜていた薬液が、ポーション特有の薄い緑色に変わった。

 そこから均一に無属性の魔力を流して、少し粘り気が出たら完成だ。

 用意していた瓶に同量ずつ入れて、蓋をした。


 一言も発しないコーリリアたちに不安になってそっちを見ると、みんな呆然としてこっちを見ていた。

 コーリリアなんて、目も口もそんなに開いたの?ってくらい開いている。




「え、だ、大丈夫?」


「す、すすすすすすごすぎる!!!!!! フローリア! いえ、フローリアさま!!!!!! わわわわ私を弟子にしてください!!!!!!」


「いやアンタ師匠おるやろが!」


「しししし師匠なんてただのオタクです錬金術のレベルが段違いですしそんな製法初めて見ました!!!!!!」


「ねぇ、テンション上がりすぎてもうほとんど普通に喋れてるよ!? しかもすごい酷いこと言ってるよ!?」


「はっ! わわわ私ったら興奮して、は、恥ずかしい……」



 うん、ビックリした。

 というか、今のってそんなに凄いのかな?

 おじいちゃんだったら多分八十……七十五点って言うだろうなって感じなんだけど。

 やっぱ皆に知られてる錬金術師様は厳しいってことなのかな。



「おじいちゃんに比べたらまだまだヒヨっ子だよ! ……ヒヨっ子……私は鶏だった……? いやいや、ヤバいなんか現実逃避したくなってる。えーい! 次だ、次!」



 ポーションの他にも、ちょっと作るのが面倒くさいやつをあげようと思う。

 その名も“おでき治し薬”。

 素材集めも抽出も混合も別に普通なのに、仕上げに七十八時間付きっ切りで煮詰めなければならないのだ。

 私はこれを作るのが嫌で嫌で、時の流れを早くする魔法陣を生み出した。

 その魔法陣の上で煮詰めれば、五分も煮たら完成なのだ。

 おじいちゃんからは怠慢だと怒られたけど、結局その後、私よりもその魔法陣を使っていた。


 これまたコーリリアにいたく感動され、その日は一日ずっとフローリア様呼びだった。

 せっかく錬金術友達ができたと思ったのに!

 諦めきれずに説得を続け、最終的にちょっとアドバイスしてくれる同輩くらいのポジションに落ち着けてもらった。

 セーフ。



 次の日、午前中はコーリリアと一緒に水中呼吸薬の研究を進めることにする。

 サビとセリは仲良く冒険者ギルドの依頼をこなしてくるらしい。


 水中呼吸薬というのはすでに存在しているのだが、効果時間が短く、はちゃめちゃに不味い。

 なので、水中で行動しなければならない場合は、人魚や半魚人を筆頭に、水中に暮らす知性ある生き物と協力するのが一般的だ。

 もはや水中呼吸薬はなかったものにされていて、ここ数十年で錬金術大全からも消えてしまった。


 そんな水中呼吸薬の効果時間を延ばし、味をよくするのが私たちの目標なのである。

 素材を変えたり、配合割合を変えてみたり、味のいい素材を足してみたり。

 そんな簡単に成功するわけもなく、髪の毛を二本抜いてくれたセリに感謝しつつ、その日は終了。


 コーリリアは新しい素材をギルドに依頼しに行くと言うので、そこまで一緒に行った。

 一人残すのは不安だったが、ちょうどサビたちがつのラライを数匹納品に来ていたので任せることにした。


 私は昨日トリスの錬金術師さんを見たところに向かおうとしたのだが、また貴族様のエリアに行かれては無駄足になる。

 という訳で、初日に通った門までやってきた。

 誰の相手もしていない門兵さんを見付け、トリスの錬金術師さんに付いて聞いてみる。


 すると、今なら詰所にいると言うではないか。

 ひゃっほう!

 案内してくれると言うので、お言葉に甘えて連れて行ってもらう。


 門のある外壁の中、さほど広くない石造りの詰所にトリスの錬金術師さんはいた。




「何の用だ」


「あの、先日は金貨を頂いてしまいまして、お渡ししたポーションでは見合わないと思いましたので、追加でこれを持ってきました。お納めください」



 ポーションとおでき治し薬の瓶を差し出すと、トリスの錬金術師さんはまじまじとそれを見た。

 恐る恐るといった風に受け取ると、真剣な眼差しで瓶の中身を見つめている。



「……追加で、とは。これの代金が、先日の金貨に含まれていると」


「え? えーと、はい。初級ポーションでしたし、金貨はさすがに貰いすぎです!」


「…………このポーションも初級のようだが、前回のものよりも品質がいい。おでき治し薬も、混合不良が全くなく、最高品質と言っていい。これが、金貨一枚で」


「い、いやー、そんなに褒めて頂けると嬉しいやら恥ずかしいやら」


「技術の安売りをしてはいかん!」


「ひぇっ!」


「いいか、お前のその技術は、今は失われた技術だ。フィヴィリュハサードゥのやつが復活させたが、あいつは誰にもその技術を授けることなく王都から消えたのだ! あの男のことは気に食わんが、技術が素晴らしいのは確か。なんなら私がお前の弟子になりたいくらいだが、私にも弟子がいる身であるから流石にそれは無理と分かっている。お前がいつまで王都にいるつもりなのかは知らないが、その錬金術の腕を安売りしてみろ、あっという間に囲われて王城から出られなくなるぞ」


「それは困ります! 私には焼き鳥を世界に広めるという大切な使命が!」


「やきとり? 錬金術ではなく? ああ、クソッ、お前もまた変人の類か! 何故、錬金術師というのはこうも変わり種ばかりが芽を出すのだ!」


「失礼ですね!? 言っておきますけど、貴方だって大概変人ですからね!? 言いたいことは分かりますけど、どう見たって田舎から出てきたばかりみたいな若い娘にホイホイ金貨なんて渡さないで下さいよ!!!」


「むっ、それはすまない……いや、しかしこの薬たちも……また金貨を…」


「もういりません!!!!!」



 私は金貨を渡される前に、猛ダッシュで詰所から逃げた。

 トリスの錬金術師さんの言うことはよく分かった。

 分かったけど、分かった上で、もう金貨はいらない。

 あの人は私を誰かに売ることはしないだろう。


 売られたら売られたで、王城に入り込める機会と思えばいい。

 焼き鳥を王様たちに食べさせて好感触を得た後に、どうにか逃げればオッケーなのだ!


 私はやることリストにチェックを入れつつ、家に帰るのだった。

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