第89話 おかえり、ただいま。④

 明日の朝一番で、家族はここにいる入院した僕のところへと向かうそうだ。無事はわかっているけど、それはそれとして心配のようだ。なんともむず痒い。

 今からでも向かった方が良いのでは、と父さんは特にとても心配していたけど、移動手段の飛行機や新幹線のチケットがどのみち明日の朝でしか取れなかったから、ひとまずその方向で落ち着いた。

 夕食を一緒に食べて、その後僕たちは異世界へと帰る。今回は泊まることはしないことにした。

 複雑な状態だし、長居するのは良くないだろうとアイネと二人で話し合って判断した。

 次に会えるのは、ノヴァ様の話では一年ほど後になる。

 だから今のうちに話したいことは話そうと、鍋を囲むことになった。


「何この鍋……鬼うま……」

「アイネちゃんは料理が上手なのね〜」

 そう、アイネの手料理である。

 世界が変わろうがなんだろうが、アイネの料理はめちゃくちゃ美味しい。ここに来てステータスは見れなくなっているけど、所持しているスキル自体は変わらないのかな。

 ツンデレの弟が既に胃袋を掴まれている。せこせことおかわりを繰り返す姿はまるで子犬のようだ。成長期だから、よく食べる。

「美人で料理も上手いって、どんな徳を積めばそんな子が彼女になるんだろう……」

 しばらく食べ進めると、弟は遠い目でそうぽつりと呟いた。

「こんな子がお嫁さんになってくれるなら、異世界でも安心ね!栄養のあるものを食べさせてもらうのよ〜」

「壱弦は時々……食事を忘れるからな」

 母さんと父さんは呑気にそう話している。

 それにしても、異世界のこととか、思いの外あっさりと受け入れられてびっくりだよ。元々包容力は高いとは思っていたけれど。

 それから、随分心配を掛けてしまっていたな、と改めて思う。

 こんな僕のことを大切にしてくれて嬉しかったし、家族だけの愛情で満たされなかったことが申し訳なかったし、上手に生きることが出来なかった自分が情けなかった。

 遠くに住むことになっても、家族はいつまでも家族だ。

 制限されたものだとしても、会いに行くことが出来ること。それはとても、とても幸せなことだ。


 ……生きていて、良かった。

 色々あったけど。色々あったから、今の僕がここにいる。


 夕食を食べて片付けて、それからゆっくり話をして。

 楽しい時間は本当に、過ぎ去るのが早い。

「手紙、書くね。電話もするよ」

「ええ。いつでも帰っておいで。アイネちゃんも一緒にね」

「……体調には、気を付けるように」

「次来る時は、異世界土産よろしく」

 父さんと母さんは穏やかだけど、弟は軽口を叩きながらもちょっと涙ぐんでいる。くしゃくしゃと頭を撫でると、そっぽを向かれた。

 忘れずに、通信の魔石を渡す。これは電話のような機能がある。

 それから以前ノヴァ様にもらった白い小さめの魔石も一緒に渡す。手紙を送る時や、転移してくる時の目印に。いつか完全に異世界に慣れて、自分の部屋をイメージ出来なくなったら困るしね。

 あちらに帰ってから、手紙を送る魔法の入った魔石を届けることも約束した。

 やり残したことや、忘れ物は多分ないはず。

「次は大体、一年後にまた来るよ」

「その頃には壱弦は海外に行っているって設定だから、みんなで一緒にお出掛け出来るわね!アイネちゃんにも、お外見てほしいもの」

「その時は、よろしくお願いします」

 母さんとアイネは、すっかり仲良くなっている。

 どちらも美味しい料理が好き、という最大の共通点があったからか、終始和やかムードだった。


 そして、僕とアイネは辺境の街へと戻る。

 ノヴァ様の魔石の力を借りて、転移する前にいた、僕の家のリビングへ。







「おかえりー」

「おかえりなさーい!」

「なさいなさいませー」

「おかえりなのです」


 転移した途端、精霊さんのおかえりラッシュだった。何だかいつもより、数も多い。


「さびしくてー」

「きちゃった!」

「戻ってきてくれてありがとー」

「まってたの」

「イヅルー」

「おかえりなの」


 精霊さんはぴょんぴょん飛び回っていて、本当にリビングいっぱいに集まっているんじゃないかなというくらいの人数だ。

「すごく熱烈な歓迎だね?」

 アイネがくすくすと笑っている。

 精霊さんに好かれているということがよくわかって嬉しい。そして同時に何だか恥ずかしい。照れくさい、というか。

「……うん。ただいま、みんな」

 今はここが僕の家だ。

 寂しさなんて微塵も感じさせないほどの、騒がしさと一緒に。

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