第82話 ないしょばなし①
いつもどおり、アイネのお店にやってきた。
「こんにち……わ!?」
鬼がいた。否、鬼のような形相をしたキューちゃんだった。
元々吊り目なのもあって、とても迫力があって怖い。悪役令嬢、と言われたら納得してしまうレベルだ。
僕、何かしたかな。
「イヅ兄!」
「はい、何でしょう」
女性が怒っている時には逆らわない方が良いって言ってたのは、親戚のお姉さんだったかなあ。言いたいことは全部一気に吐き出してもらった方が、対処が楽だからかな。
「この間!金髪の!めっちゃイケメンの人と親しげに話してたよね!?」
どうやら僕にお怒り、というわけではないようだ。
それは良かったけど、興奮していてこの迫力なのだろうか。
「金髪のイケメン……」
「そう!」
思い当たる人は、一人いる。アルベールさんだ。
つい三日前、街へ買い物に行った時に、休日だったアルベールさんとばったり会ったのだ。
というのも、連絡が取れるようになった妹さんからお菓子をせがまれたそうだ。けれどアルベールさんはお菓子をあまり食べる方ではなく、何を送ればいいのかとちょっと途方に暮れながら街を歩いていたようなので、お菓子選びをお手伝いした。
何店舗かお店を巡って歩いたから、その時かなと思う。
「背が高くて、細身だけど筋肉が結構ある人?」
「そう!多分それ!」
「じゃあ、アルベールさんかな」
「アルベールさん!」
名前が判明すると、キューちゃんの鬼のような形相は一変し、うっとりしたように甘やかに微笑んだ。まるで恋をしている女の子のように。
……ん?いや、待って。まさかね。
「こ、恋人はいるのかしら」
キューちゃんはそわそわして、恥じらいはじめて。これは、完全にクロでは。
「キューちゃん。アルベールさんはとても若く見えるけど、キューちゃんのパパさんよりも年上だよ?四十歳過ぎてるから」
「憧れるのはあたしの勝手でしょ」
そう言われてしまうと何とも言えないけど。アルベールさんが四十五歳、キューちゃんがこの間誕生日が来て十四歳……三十一歳差か。いやいや。犯罪的な感じがする。とても。
まあ憧れが恋愛に発展するとは限らないし、キューちゃん的にはもっと筋肉がガッツリついている方が更に好みのタイプのようだ。
アルベールさんには年の離れた弟さんと妹さんがいるって言っていたから、弟さんの方がアルベールさん似でムキムキしていたら良いのかもしれない。
今日はアイネは出掛けているそうだ。
だから学校が休みのキューちゃんが店番をしている。
僕がここへ来る前に、アイネに先日渡した通信の魔石で連絡を入れれば良いんだろうけど、急ぎの用事がアイネに対してあるわけでもないし、普通に今までどおりふらっとお店に立ち寄っている。
鑑定が出来るアイネがいなくても、ポーションを買い取ってもらえるようになったから、キューちゃん一人で店番の時でも問題ない。ありがたいことだね。
勿論お店に買い取ってくれたポーションを並べるのは、後ほどアイネが鑑定してからになる。お客さん側も安心仕様だ。
「ねえ、今日は何味?アップルパイある?」
「うん、あるよ。色々持ってきた」
何の味であっても、ポーションの値段が決まる基準は品質だ。品質Bのポーションなら、何味であっても同じ金額。わかりやすいね。
ポーションの味が変わっても効能自体に変化はないし、強いて言うなら多少満腹感が異なるくらいだ。
キューちゃんは自分のお小遣いで、アップルパイ味のポーションを買って飲むほど、気に入ってくれている。だからポーションを売りに来る時には、アップルパイ味だけは必ず一本以上は持参するようにしている。
「新作はこれ」
「新作があるのね!何味?」
「納豆巻味と、納豆オムレツ味と、バター納豆ご飯味」
「……ナット?」
キューちゃんが首を傾げた。
ほうほう、納豆初体験ですか。
「試飲する?」
「えっ、良いの?する!」
「どうぞどうぞ」
僕は迷いなくバター納豆ご飯味のポーションを開けて、キューちゃんが持ってきたコップに注いだ。
「くさ……えっ、くさい!?」
開栓してから漂う、納豆の独特な香り。コップに注ぐと尚更だ。
納豆に慣れ親しんだ日本人の僕からすれば、美味しそうだなあという感想しか出てこないけど、キューちゃんはめちゃくちゃ動揺していた。
「……イヅ兄、嘘だよね?これなの?」
匂いのもとが手元のコップの中、ポーションだと理解したキューちゃんは、いつもならすぐに飲み干す試飲用ポーションに中々口をつけない。
反応が面白すぎてにやにやしてしまいそうになる。こういうところを見ていると、キューちゃんは大人っぽく見えがちだけど、年下の女の子だなあと思う。
「バター納豆ご飯味。美味しいよ」
まあでも、美味しいことには間違いない。精霊さんも最初匂いについては微妙な反応だったけど、結局食べたら大満足の様子だったし。
「……そ、そうよね。イヅ兄が作ったポーションがまずかったことないもんね……?」
と言いながら、キューちゃんの目はとても泳いでいる。面白いなあ。
しばらくうんうん唸ってから、やがて意を決したのか、試飲のポーションをぐいっと一気飲みした。男前すぎる。
「お、美味しい!?」
良かった、味は好みだったようだ。
「こんなに、くさいのに……」
キューちゃんが茫然自失になりながらそう呟くから、ついに堪えきれずに笑ってしまった。そしてキューちゃんに怒られた。
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