第62話 幕間 静かに時は動く

主人公たちを召喚した国の、王子視点のお話です。

この時点でお分かりかと思いますが、暗くてつらい感じの話になります。

もちろん読まなくても本編にはまったく影響はないので、苦手な方は読まずに飛ばして大丈夫です。











「——……は……?」

 側近から報告を聞いた時、王族としては相応しくない間抜けな声を出した自覚はあった。そして同じように、情けない表情をしていたことだろう。


 父が、……国王陛下が、異世界人の召喚を強行した。

 しかもそれだけではなかった。

 召喚されたうちの一名を庇護せず国外追放としたこと。

 既に何人かの異世界からの客人が、魔王の討伐へと旅立ったこと。

 行方が知れない者たちがいること。

 聞けば聞くほど、心が重くなる。


「父は、……そこまで愚かだったか」

「……フランツ殿下」

 側近のラスターは、静かに私の名を呼んだ。本来なら、思っても口に出してはまずいものだ。わかっている。


 私は異世界人の召喚には、反対をしていた。

 魔王は確かに恐ろしく、倒さなければならない存在かもしれないが、本人の意思を無視して勝手にこの国に連れてくることは、召喚と言えばいくらか聞こえは良いかもしれないが、ただの誘拐だ。そんなことはもし自分が召喚される側の立場だったらと考えれば、すぐにそう思い至る。

 せめて元の世界へと帰す手立てがあれば、召喚というものの活用もあるかもしれないが、現段階ではその方法は見つかっていないはずだ。古い文献を随分探したが、記述はなかったのだ。

 それもあって、反対する為の理由をしっかり裏付けするように調べてみれば、魔王とは既に平和の為の協定を結んでいる。

 魔王が束ねる魔族と、人や作物に被害を出す魔物は、そもそも別の存在だったのだ。

 それはこの国以外ではごく当たり前のことで、祖父や曽祖父の代ではその意識を変えようと尽力した形跡さえあった。だから祖父と曽祖父が王であった頃は、理由をつけて召喚は行われなかったそうだ。

 魔王は倒さなくても平和だったのだ。

 父や一部の貴族による偏った教育を受けていたことをはじめて知った。


 父は頑なで、父に媚びを売る貴族たちはこぞって私の意見に反対した。

 十二歳の子供である私の意見は、ただの子供の戯言として聞き入れてはもらえず、しまいには毒を盛られて昏倒し、ようやく起き上がれるようになったら、この有り様。

 父である国王陛下の実子は、私しかいない。母である王妃は既に儚くなっている。側室などもいない。その状態で、私に毒を盛るのか。

 ある程度毒に慣らされているとはいえ、まだ耐性をつけていない毒もある。その耐性がまだの毒を選び、毒味もすり抜ける……だとすると、私に毒を盛るよう指示したのは恐らく父だ。どの毒物を慣らしたのかは、トップシークレットだから。


「ラスター」

「はい、フランツ殿下」

「……父を父と思えない私は、薄情だろうか」

 今は私室で、側近のラスターと二人きりだ。メイドも外させている。

 ラスターは私より四つ年上で、幼い頃からともにいる、兄のような存在だ。血の繋がりのある父よりもラスターの方が、余程自分の家族のように感じるほどに。

 頭の中でずっと、ぐるぐる考えている。父を失脚させ、早く王位を退いてもらう方法を。父の腰巾着の貴族たちの操り人形にならないように、どう動けばいいのかを。

「殿下。当家は父も兄も私も、殿下の味方です」

 幼い頃のように名前でこそ呼べないけれど、親しげな声音と眼差し。

 ラスターは公爵家の次男だ。そこが味方になってくれるというのなら、比較的穏便に国王陛下に退位してもらえるかもしれない。まだ若輩者である私が、王になるとしても。




 召喚された異世界の人たちについての詳細を、ラスターは調べてくれていた。

 召喚されたのは皆同じ年齢の、同じ学校に通う者だったようだ。召喚される人は基本的に一人だったはず。何らかの事情があって数人来ることはあったらしいけど、それは稀なケースだ。こんなに大勢呼ばれた時点で、まずおかしい。

 これは私が起き上がれるようになってから調べてわかったことだが、召喚をする際の陣と呪文が書き変えられていた。

 一度の召喚で大勢呼べるようにすることと、まだ成人していない子供を呼べるようにすること。

 恐らく成人した者が来ては、御しにくいとでも考えたのだろう。けれど召喚の陣は人間が勝手に手を加えて良いものではない。


 そういった完全にこの国の事情で呼ばれて、それでも元の世界に帰る為に、方法を探すのだとこの城に残った者もいる。そこで話を聞いてみると、彼ら彼女らは私よりも年上だったが、あちらの世界では二十歳が成人なのだという。この国では十五歳で成人の儀を行うから私から見れば大人に見えるが、そうではないらしい。

 それから隣国に国外追放したという一人については、隣国の辺境の街の領主であるヴァルディ様から国王などには内密に連絡があり、無事だということがわかった。

 護衛にあたっていた騎士が、紆余曲折あってそのままヴァルディに移住することになり、家族と連絡を取りたいという内容の文書もともに届いた。

 これも国王に知れれば怒って反対しそうだから、秘密裏に移住の書類を準備して家族にも連絡を取る。

 恐らく、この国を出て行くことだろう。

 あの召喚さえなければ、本当ならあの騎士たちはこの国に仕えていてくれたはずだ。国の責任であることは明確だ。

 だから家族が騎士を追って移住するというのなら隣国までの安全な旅を約束するのは当然のことだし、金銭を渡すべきだろう。異世界からの客人を無事に送り届けてくれた謝礼と、このようなことになってしまった詫びは必要だ。幸い、私の個人資産には父は興味がない。そこから工面すれば問題ないだろう。

 そして、帰りたいという異世界からの客人を元の世界へと帰すことも。責任を持ってやらなければならないことだ。


 ラスターの父である公爵は言った。

 三年も待てない、と。私の成人とともに退位してもらうのでは難しいと。

 父は国政が下手なわけではなかった。取り立てて上手くはなくとも、大きな功績がないというだけで、特に問題があったわけではなかったのだ。

 それがここ近年、崩れてきている。

 思うに、父が駄目なのではなく、祖父と曽祖父が優秀だっただけだ。

 だからそれを受け入れて、堅実に手腕を振るえば良かったのに。

 国民に影響が出るのなら、それはもう、駄目だ。この国の膿は出さなければならない。


「ほう。殊勝な心がけだな」

「……っ!?」

 びりびりと空気が震えるような、威圧感のある声だった。

 誰、などという問いは愚問だ。顔さえ上げられない。お姿を拝見したことはないが、これほど強大な存在といえば、たった一人しか思い浮かばない。

「……精霊王様」

「ふん。あの男の実子のわりには、頭は悪くないようだな」

 ほんの少し、威圧が緩んだ。ほ、と息を吐く。

 頭を上げる許可が出たのでそっとそちらを見ると、とても見目麗しい子供の姿が見えた。

「召喚の陣と呪文を書き換えたな」

「はい。我が国の者が、申し訳ございません」

「そうだ。本来許されないことだ」

 ぞくり、と背筋が凍る。

 この国は、精霊王様の怒りに触れてしまった。

「この国にある異世界人の召喚に関わる情報は、抹消した。文字としても、記憶の中でも。二度と召喚など出来ないようにな。例え違う国から知識のある者を引っ張ってきても無駄だ。精霊は応えない。今回召喚された者たちは、あちらに帰りたいのなら精霊に願うことだ。既に何人かはあちらに帰している。勇者たちは魔王を倒した、という名目ののちに帰す」

「はい」

「これらのことを夢枕に立って、国民全員に知らせてやろう。私欲に走った王ほど、迷惑なものはないからな。今だに魔族を身勝手に恨む一部の人間も、お前の代でどうにかしろ」

「はい。出来る限り、努力します」

 頭の中でぐるぐる考える。本当に私の代で出来るのか。けれどやらなければならないのだろう。

 私は自分が凡才であることをよく知っている。

「素直な子供は好きだ。驕らず、精進すると良い。先代や先先代のように」

 ふと、精霊王様の雰囲気が緩んだ。

「おじいさま……?」

 そうだ、まるで生きていた頃のおじいさまのようなやさしい眼差し。

 お姿こそ子供のものでも、やはり精霊王様は長い時を生きているのだろう。

「先代は、良い奴だったからな。二、三度酒に付き合ったか。先先代は随分な酒豪だったのに、先代の方は弱くてな。すぐに寝こけていた。懐かしい話だ」

 精霊様は目に見えなくても、大切にしなくてはいけないよ。

 と、おじいさまはいつも穏やかにそう話していた。

 父はそれにいつも反抗して、母はそれをどうにか宥めていたけれど……。


「……私が、私が立派な王になれたら、お酒を飲みながらおじいさまのお話を聞かせてくださいますか?」

 私の言葉に、精霊王様は穏やかに笑ってくれた。孫を見るかのように。それから幻のようにふわりと消えてしまった。

 良い王に、ならなければならない。精霊王様がくれた材料を上手く使って。




 もしかしたら——父には、大きすぎるプレッシャーだったのかもしれない。

 国王であること。自分の決断で数えきれないほどの影響を多方面に与えてしまうこと。

 だとしても、許されることではないのだろう。

 退位したあと、せめて穏やかに暮らしてほしい……などというのは、身内の甘えだろうか。

 父を父と思えなくても、私は父のことを愛しげに話す母の記憶は朧げにある。だからどんなに愚かであっても、生きていてほしいとは思うのだ。

 だからこそ、これ以上の失態の前に。


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