第58話 バラ園のお茶会③
アイネに丁寧な挨拶をされたノヴァ様の機嫌は良いようだし、精霊さんのテンションも先程からずっと高い。
見えていないのにアイネのまわりをぴょんぴょん飛び回って、お礼やら好意やらを代わる代わる訪れては伝えていく。聞こえないことがもったいないな、と思う。
そんな精霊さんの様子を見ていたノヴァ様は、可笑しそうに表情を緩めた。
「アイネ」
「はい」
「ここでは、その眼鏡は外して良い」
「えっ」
ノヴァ様の言葉に驚いて声が出た。アイネはどうにか言葉を飲み込んだようだけど、びくっと体を震わせていた。
「ノヴァ様、アイネは妖精に印を付けられていて……」
「知っている。だが、ここは安全だ。この家と庭は精霊のテリトリーだからな。下級の妖精は入って来れない」
「そうなんですか?」
「ああ。それに妖精の目を持っているなら、精霊の姿も見えるだろう。精霊たちはみな、アイネに構いたいようだからな」
そういうものなのか。
ノヴァ様がそう言うのならそうなのだろうけど、アイネからしてみれば長年の不安もあるだろう。無理に眼鏡を外さなくても、と言おうとしたら、アイネは既に素顔を晒していた。行動が早い。
久しぶりに眼鏡を外した姿を見たけど、相変わらずとても美人さんだなあ。
不思議な透明な色の目は、飛び回る精霊さんの姿をしっかり捉えている。
「可愛い!」
そしてこの笑顔である。可愛い。
「アイネー!」
「目が合った」
「かわいいねえ」
「お菓子ありがとうー」
「いつもおいしいの」
「うまうまなのよ」
「どういたしまして。お菓子はまた、作りますね」
精霊さんの言葉に、アイネは穏やかに返事をする。とても嬉しそうだ。
どうやら姿が見えたと同時に、声も聞こえるようになったようだ。
「驚いた。アイネ、お前は失われた古代魔術言語が使えるのか」
何故だか、ノヴァ様が目をぱっちり見開いて驚いている。
失われた古代魔術言語……ってどこかで聞いたことがあるような。いつだったかな。
「はい。古い文献を読んだ時に、興味を持ちまして。発音は少し不安なんですけど……」
「そうかそうか。いや、それほど話せるのなら上出来だ」
よくわからないけど、ノヴァ様はとても満足げだ。
何やら孫を見るような愛しさのこもった眼でアイネを見ている。背丈さえ足りていれば頭を撫で撫でしていそうなほど、慈しみのあるものだった。
「壱弦にはスキルで全言語自動翻訳があるから気付かないだろうが、オレを含め精霊が使うのはとても古い言葉だ。人間で聞き取り、話せるのは、数えるほどしかいないだろうな」
……アイネが本をよく読むことは知っていたけど、そこまで深いところを突き詰めるレベルだとは。
あっ、失われた古代魔術言語ってあれか。いつ話されたものかは僕にはまったくわからなかったけど、僕が異世界人かどうかアイネが確認する時に話したって言っていた言葉だ。
すごいなあ、と思ってアイネを見ると、褒められたのが嬉しかったのかアイネの頬は少し赤らんでいる。
「妖精のことについて結構調べた時にね。精霊様もそうだけど、妖精も失われた古代魔術言語で話すらしいって内容を見つけたから、いざって時にはなんとか交渉しようと思って、調べて覚えておいたの」
「そうなんだ」
なんというか、アイネは頑張り屋さんだなあ。
普段は無気力に見えがちだけど、その実別の部分ではとても一生懸命だ。
ノヴァ様が感心するほど難易度の高い言語を独学で学び、話しているのだから、並大抵の努力ではないだろう。
精霊さんはアイネに姿を認識され、更には言葉も通じたことでテンションは更にだだ上がりだ。
まわりを飛び回っては、貰った食べ物がどれほど美味しかったのかを力説している。
アイネははじめて精霊さんを見ただろうに、特に動揺することもなく和やかに会話をしている。
可愛いと可愛いが一緒にいると、本当に可愛いって言葉しか出てこない。実に可愛い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます