第33話 やさしさに包まれたなら②

 コンコン、とノックが聞こえたので返事をすると、扉が開いて男の人が一人入ってきた。

「お待たせしてすまないね」

「いえ、とんでもないです」

 ずいぶん細身の男の人だった。

 目の下にはしっかりクマが出来ているし、顔色も真っ青で疲労の色が濃く出ている。最早細いというよりは、やつれているような。

 ふらふらしながら、彼は僕の正面にあるソファーに座った。

「あの、大丈夫ですか?」

 服はかなり上等のものを着ているし、領主様の補佐とか、そういう立場の人かな。

 心配になって声を掛けると、力なくその人は笑った。

「いや、すまないね。食事をする暇もなくてね……」

 なんだか、ソファーに座ったというよりは倒れ込んでいるように見えてきた。死相出てない?本当に大丈夫かな。

 あんまりな顔色だからかメイドさんが慌てたように出て行き、そしてすぐに何かを持ってきた。

 ポーションみたいだ。多分、体力回復ポーションなのだろう。それを飲めば少しは楽になるはず。……なんだけど、その人は大丈夫だと言って頑なに飲まない。


「ええと……飲まれた方がいいのでは?今にも倒れそうですけど……」

 僕が口を出していいことではないかもしれないけど、メイドさんたちが嘆願しても更々飲む気がないようで、心配になる。

「実は体力回復ポーションはさっきも飲んだんだよ。けれど私はあの無味無臭な感じがどうにも苦手でね……甘いものも得意ではないし……」

 いやでも飲まないとやばそうですよ、とは流石に言えない。

 確かに多くのポーションは誰にでも得手不得手なく飲めるように無味無臭にしているのがほとんどだ。子供や女の人、あるいは味がないのが苦手だという人向けの、薬草の甘みを活かしたポーションはあるけど、その他の味というのは聞かないな。

 僕の作る味付きポーションは、だいぶ特殊なものだ。


「あの、良かったら味のある体力ポーション、飲みますか?ミネストローネ味とか」

 とりあえず提案してみる。

「ミネストローネ?ああ、そういえば君はパンケーキ味のポーションを作っていた子か……」

 収納バッグからミネストローネ味のポーションを一本取り出す。

 味は他にもたまごサンドなどもあるけど、この弱り具合なら品質が良いポーションの方が良いだろう。それにミネストローネならもとがスープだし、飲みやすいと思う。栄養価も高いしね。

 あ、でもこのお方貴族だよね?メイドさんもすごく心配しているし。

「すみません、毒味とか……コップをいただければ自分が」

「ああ……気遣ってもらってすまないね」

 仕事の早いメイドさんがすぐにコップを持ってきてくれた。

 その場でポーションを開栓し、いただいたコップに少量注いで飲んでみせる。

 うん。相変わらず美味しいミネストローネだ。


 少し経ってから、開栓したポーションは別のコップに注がれて男の人に出された。

 ポーションそのものが好きではないようでかなり警戒した様子だったけど、やがてコクリと一口飲んだ。すると、驚いたように目を見張る。

「これは……とても美味しいミネストローネだ……」

 そう言葉に出した後、男の人はコクコクと少しずつ、けれど確実に飲んでいく。

 しばらくするとポーションの瓶は空になって、男の人の顔色を見てみるとずいぶん良くなったような感じがする。

 控えていたメイドさんたちは、それを見てざわざわしていた。

「ポーションを一瓶飲み干されましたわ……!」

「あのポーション嫌いの領主様が……!」

 ……ん?

 ちょっとメイドさん、そのお話詳しく聞きたいです。

「すまなかったね、イヅルくん。だいぶ体が楽になったよ。ありがとう」

「いえ」

 男の人にお礼を言われる。けれどそれよりも、メイドさんが不穏な発言をしていたような気がする。心の中の冷や汗が滝のように流れている。

「改めて、辺境の街ヴァルディの領主、エドガー・ヴァルディだ。よろしく」

 領主様、屈強なイメージとずいぶん違くありません?

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