第24話 精霊の愛し子④

 満腹になったところで、作業部屋に戻ってきた。

 扉を開けると、そこにはどうやら帰ってきていたらしい精霊さんと、知らない男の子がいた。

「…………ん?」

 誰?

 精霊さんにわらわらと囲まれているのは、十歳前後に見える人間の形をした男の子だ。精霊さんはほぼ二頭身の手のひらサイズだけど、その子は人間の姿に見える。

 黒髪黒目で、神秘的な雰囲気だ。烏の濡れ羽色とか、黒曜石のような色とか、そういう美しい喩えがとても似合う。

 着ている服は一目見て上等なものだとわかるもので、色はすべて真っ白。汚れ一つ見当たらず、純白だ。

 そして服に限らず髪や目など、全体的にどこかキラキラと輝いて見える。

 その男の子は不機嫌そうな顔で、真っ直ぐに僕を見つめた。


「ふん、ようやく戻ったか愛し子よ」

 清廉とした声変わりをしていない、少年の声だった。若干威圧的だけど、可愛さで全部許される気がする。

「えっと、迷子かな?」

 よしよし、と頭を撫でる。

 おお、髪めちゃくちゃサラサラだ。しかも天使の輪っかとか言われてる艶めきじゃないかな。

 男の子は恥ずかしいのか、真っ赤になって震えている。

「こ、子供扱いするな!オレは精霊王なんだぞ、ものすごく偉いんだ!頭なんか撫でてもらっても喜んだりはしないんだからな!でももっと撫でろ!」

 うん、ツンデレかな。

「ん?精霊王……様?」

「いかにも。おい、手が止まっているぞ愛し子」

「あ、ごめんなさい」

 なでなでなでなで。

 精霊王様ってもっとこう、高貴な感じかと思っていた。まさかこんなに可愛らしい美少年だったとは。


「ええと、精霊王様は今日はどうされたんですか?」

 しばらく頭を撫でて差し上げて、満足した様子になってから手を離して問い掛けた。

「うむ。精霊たちが騒いでな」


「あのね、あのね、すごいの!」

「愛し子さまのたべもの」

「はやく精霊王さまにたべてほしかったの」


 精霊さんはみんな精霊王様のまわりを嬉しそうにくるくると飛び回っている。

 きっとみんな、精霊王様のことが大好きなんだろうな。

「そうなのか。理由も言わずに愛し子が大変だからとぐいぐい引っ張られてきたから、大ごとかと思ったぞ」

 精霊王様はどうやら、精霊さんに理由も明かされないまま連れて来られたらしい。僕のことを心配してくれたのか。王、というのだから、忙しいのではないかと思うのに。

「心配してくださって、ありがとうございます、精霊王様」

「別にお前の為ではない。精霊たちはお前のことがやたら好きだから来てやっただけだ。大事ないなら良い」

 お礼を伝えると、精霊王様は照れた様子でぷいっと顔を背ける。

 滲み出ているやさしさに、思わず頰が緩む。


 そうだ、きちんと自己紹介していなかった。

「精霊王様、改めてはじめまして。月立壱弦と言います」

「オレは精霊王だ。お前のことはこの世界に来た時から知っている」

 この世界に来た時から、ということは、召喚された時からかな。

「隣国で召喚された時からですか?」

 聞いてみると、精霊王様はこくりと大きく頷いた。見た目が子供の姿だから、行動も引っ張られて子供のようなんだろうか。

「そうだ。異世界からの来訪者は必ず精霊の目に留まる。スキルや加護は精霊が授けるものだからな」

「そうなんですか?」

「ああ」

 召喚された時に、精霊さんに会った記憶はない。

 あの時は、飛行機に乗っていた時は、突然とても揺れたところまでしか覚えていない。機内は混乱がひどかったし、色々機内放送で状況を伝えてくれていたような気がするけど、あまり覚えていない。

 真っ白な視界が冴えたらとても広い部屋にいて、クラスメイトが周りにいて、誰かが飛行機は墜落したのだと泣き叫んでいた。

 そこに召喚をした国の国王や宰相などが、異世界の勇者たちよ云々と偉そうに話しはじめて、休む間もなくステータスを鑑定されたのだ。

「それなら、勇者とかの固有スキルも精霊さんが授けたものなんですか?」

「そうだ」

「……その、どういう基準で勇者とか、精霊の愛し子とかは決めているんですか?」

 勇者をはじめとして、聖女や賢者は、クラスの中でも中心人物がそういう固有スキルを得ていた。全員分覚えているわけではないけど、クラスの中でも目立たない人なんかは、刀鍛冶とか細工師とかそういう補助系の、あまり強そうではないものだったと思う。けれど勿論みんな戦ったり魔法を使ったこともなければ、刀鍛冶なども体験したことはないだろう。だから潜在的なもの……とかかな?

「精霊にもよるがな。大体は性格の悪い奴には勇者とか、魔王を倒すのに向いたやつをやってるぞ」

 しれっととんでもないことを言われた気がする。

「定住されても迷惑だろ。あとは魔王が適当に何とかしてくれるからな」

 まさかの丸投げだった。

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