第18話 思い立ったが吉日だよね⑤
料理が出来たと呼びに来てくれたアイネに連れられて、やってきたのはお店の裏口から出てすぐ側の家。
お店とは違い、家の方はそこまで古そうには見えない。家族四人で住むには十分な大きさの家だと思う。
「お邪魔します」
「どうぞ」
まさかお付き合いをはじめた当日に家に来ることになるとは。その上、手料理まで。天国かな。
そして家の中に入ってからずっと思っていたけど、ものすごく良い匂いがする。
案内された部屋に入る。生活感もあるし、ここはリビングだろう。客間がある家は少ないし。
そしてテーブルの上にはとても美味しそうなトマトケチャップのオムライスとラタトゥイユ。あともう一品あるな、ミネストローネかな。ほかほかと湯気が出ている。
まず見た目が美しすぎて驚きだ。本気でプロのクオリティだ。
テーブルには二人分の料理が置いてある。お昼も近いから、アイネも食べてしまうのだろう。向かい合って椅子に座る。
「作ってたらなんかスープも欲しくなって。折角だからトマト責めにしようと思って、ミネストローネも作ってみたの。冷めないうちにどうぞ」
ミネストローネってそんなついでみたく作って、こんなにも美味しそうなものが出来上がるんだろうか。
「ありがとう。いただきます」
「……いただきます」
まずはオムライスの方を食べてみよう。
「……!!」
端的に申し上げれば、これまで食べてきたオムライスの中で群を抜いて一番美味しい。
シンプルなトマトケチャップのオムライスだからこそ、だろうか。料理の腕が良いことがよくわかる。
手作りしたのだろうトマトケチャップは、酸味がありながらもまろやかで食べやすく、たまごとチキンライスによく合っている。
チキンライスもそれを包んでいるたまごも絶妙な焼き加減で、オムライスという一つの形で完成されていた。
次いで食べたラタトゥイユも、驚くほど美味しい。
それぞれの野菜の味が引き立て合っていて、そして何よりもやさしい味だ。
ミネストローネも、素朴でやさしい味なのに、涙が出そうになるほど美味しい。
駄目だ。最早とにかく美味しいという語彙力のなさすぎる感想しか浮かんでこない。とにかく美味しい。
美味しい。とにかく美味しい。
そういえば、誰かの手料理を食べたのも久しぶりだ。
「デザートは、パンケーキのベリーソースがけ」
食後に出てきたパンケーキも、驚くほどの美味しさだった。
これらはもう、一度食べたら忘れられないだろう。間違いなくポーションを作れる自信がある。
ただ問題なのは、恐らくだけど品質がCやDの薬草ではこれは再現出来ないんじゃないかな。なんなら、品質Bでも微妙な気がする。
……精霊さんの薬草を使う時が来たか。
「ごちそうさまでした。……ものすごく、美味しかった」
「それは良かった。どう?ポーション作れそう?」
「うん。頑張ってみる」
「楽しみ!」
おお、まさに満面の笑み。
色々と急ではあったけど、アイネのことを好ましく思っていることは間違いないし、それなら出来るだけ誠実でありたいと思う。
別に恋人だからといってすべての隠しごとはなしだ、とまで思っているわけではないけど、僕個人としては出来るだけない方が穏やかに過ごせる。
だから今、伝えておこう。
「アイネ」
「何?」
「僕は異世界人なんだ」
「そうなんだ。やっぱり」
「……ん?」
あれ、なんか思っていた反応と違う。
異世界人っているにはいるけど、いやそれでももう少し驚かれると思ったな。
「いただきます、とか、異世界のえっと……ニホンだっけ?そこの人がよく言うし。こっちでそう言って食べる人はあまりいない」
「そうなんだ」
「あと、なんとなく失われた古代魔術言語で話し掛けてみたけど言葉が通じていたし」
えっこの子何してるの本当に。
確かに異世界人って全言語自動翻訳が備わっているけど。ていうか失われた古代魔術言語って何。
「ええと……うん……隠蔽してない僕のステータス見る?」
「いいの?」
「うん。アイネのは前に見せてもらったし、隠しごとはあんまりしたくない。他の人には言わないでほしいけど」
アイネはやっぱり気になるみたいだ。
ステータスを目の前に出して、アイネに見せていいよー、と思えば見えるようになるはず。
鑑定魔法を使ってもらってもいいけど、見せる側が許容しても実際どこまで見えるかわからないしね。
月立 壱弦 ツキタチ イヅル
十七歳 男
体力 111/120
魔力 13258/13260
スキル 隠蔽∞
鑑定∞
全魔法∞
無詠唱∞
錬金術∞
弓A
運∞
固有スキル
精霊の愛し子
異世界人(全言語自動翻訳)
精霊の加護(みんなイヅルが大好きだよ!)
改めて自分のステータスを見てみるけど、本当に体力増えないのに魔力はびっくりするくらい増えるなあ。
スキルや固有スキルの内容は変わりない。
「これは確かに隠蔽しておいた方がいいね。私このマーク見たことない」
「これは無限大って意味のマークなんだ。使いたい魔法は大体使えるから、たぶん良い意味だと思う」
「へえーそうなんだ」
実にのんびりしていらっしゃる。
アイネは食後に紅茶をいれてくれたんだけど、紅茶のいれ方も上手かった。
僕もアイネも砂糖やミルクは入れずに、そのままストレートで。美味しい。
あたたかくてほっとする。だからかな、いつもより口が軽い気がする。
異世界に来ることになった理由を順序立てて話した。隣国でクラスメイト全員と召喚されたこと、ステータスが弱く無能だと追い出されたこと、やさしい騎士さんにここまで連れてきてもらったこと。ぽつりぽつりと。
アイネは時折頷きながら、静かに話を聞いてくれた。
「魔王様は穏やかな方だから命は大丈夫だと思うけど……クラスメイトの人たちには、イヅルは会わなくていいの?追い出されたイヅルを心配している人とかと」
「親しい友達はいなかったから。陰キャ地味眼鏡って呼ばれてたくらいだし。存在がほぼ空気というか」
しいて言うならちょくちょく話し掛けてくる幼馴染みはいたけど、むしろあいつこそが陰キャ地味眼鏡って率先して呼んできていたしなあ。会わなくていい。
「いんきゃ……?地味と眼鏡はわかるけど、いんきゃって何?」
ここではわりと色んな言葉が通じるけど、どうやら陰キャはまだ浸透していないらしい。
「あー、なんていうのかな……性格が陰気っていうか、暗いというか」
「なにそれ。イヅルはやさしいしかっこいいよ」
アイネからの突然の褒め。
とはいえ、やさしいはありがたいけど、かっこいいは明らかに言い過ぎだ。自分で言うのもなんだけど、地味眼鏡というのがそのまま僕の容姿にぴったりな言葉だと思う。陰キャについてもそうだ。
「それに、頑張り屋さんだね」
なでなで、とアイネの細い手が僕の頭をなでる。
特に頑張っている自覚はない。
スローライフを楽しみだしたところだし、精霊さんがいるから寂しくもなかったし。
でも不思議と、張り詰めていた糸が緩んだようだった。言葉にしようがないごちゃごちゃの気持ちが綯い交ぜになっているような感覚。好きだなと思うし、嬉しいとも思う。
目頭が熱くなるのを、誤魔化すように笑った。
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