第58話 犠牲と達成

 指先から歪んだ光輝が放たれる。

 それがまっすぐに竜に進むのを、仲間たちが見る。

 竜が怯えるように身をよじり、そして大きく顎を開いた。


(……しまった!)


 〈歪光彩の矢プリズミックミサイル〉とあの竜の竜息吹ドラゴンブレスは性質が似ている。

 お互いが『害する』という概念を持った力だ。

 それがぶつかり合えば、精細な魔法式で制御されたこちらが不利かもしれない。


 加えて、ニーベルンはそろそろ限界だ。

 あの竜の竜息吹ドラゴンブレスを構成する『害するという概念』は、〝黄金〟の力とて蝕む。

 全力の一撃がくれば、ひとたまりもないだろう。

 このままでは、ここにいる全員が竜息吹ドラゴンブレスに晒される。


 そんな絶望に、叔父が割り込んだ。

 文字通り、竜息吹ドラゴンブレスと〈歪光彩の矢プリズミックミサイル〉の間に割り込んだのだ。


「叔父さん!?」

「ユーク、よくやった。これで、チェックメイトだ」


 可視化できるほどの魔力を纏って、叔父が竜の開かれた顎の前に飛び出す。

 次の瞬間、放たれた竜息吹ドラゴンブレスが容赦なく叔父を蝕む。

 冒険装束を、皮膚を、筋肉を、見る見るうちにドス黒く変色させながら吹き飛び、床に転がる叔父。


 しかし、その叔父がにやりと笑って竜を見た。


「思い知ったか。これが、僕の弟子の力だ」


 あらゆる色に歪んで輝く悪疫の矢が、今まさに竜に吸い込まれようとしていた。


 無言のまま身をよじる竜が、ピタリと止まる。

 直後に、やせ細った竜の体が、溶けるようにして崩れ落ちはじめた。

 眼窩、鼻孔、口腔の全てから銀色の液体を垂れ流し、無音の叫びをあげる竜。


 肉片と体液は穢れ者マリグナントを生み出すが、問題はない。

 何故なら、それらとて全て〈歪光彩の矢プリズミックミサイル〉に汚染されているからだ。


 生まれ落ちた瞬間、死にゆく穢れ者マリグナント達。

 立ち上がっては苦悶の叫び声をあげ、即座に崩れ落ちていく姿は哀れで、まるで神話に語られる地獄のような光景であった。


「サーガ叔父さん!」


 動かない叔父に駆け寄って、抱き起す。


「よくやった、ユーク。僕たちの、勝ちだ……」

「でも……!」


 リーダーがこんなところで涙を見せるわけにはいかない。

 そう思っていても、止められない。

 滲む視界の中で、半ば崩れ行く叔父が軽く笑った。


「泣き癖は直せ。女を不安にさせるな。お前は〝勇者〟なんだ」


 崩れかけの手が、俺の頭をかすめる。

 その手を握ると、叔父が軽くうなずいた。


「お前は立派にやった。すまないけど、最後の仕上げを頼むよ」

「──……わかった」


 返事をした瞬間、叔父の体は塵となって崩れ落ちた。

 そして、竜の声なき断末魔も同時であった。


「ユークさん、竜が……」

「ああ。わかってる。行こう」


 叔父の残滓をもう一度見てから、俺は顔を上げる。

 約束を果たさねばならない。

 この後、同じようなことが起こることを、止めるためにも。


 立ち上がって見やれば、竜はもはや標本のごとき骨となっていて、それすらも徐々に崩れ始めていた。


「あたし達の勝ちでいいんだよね?」


 黒刀を担ぎ上げたマリナが、俺に問う。


「ああ。戦闘終了だ。みんなよくやってくれた」


 俺の言葉に脱力する仲間たち。

 体力も魔力も限界が近かった。

 あと少し戦いが長引けば何もかもダメになるような、綱渡りのような戦いだったように思う。


 叔父の事は、今しばらくは処理しきれるものでもないだろうが、思うに彼にとってはこれも想定通りだったのかもしれない。

 今となってはそれを聞くこともできやしないが、俺の仕事はまだ残っている。

 考えるのは、後回しにしよう。


「みんな、あれが『深淵の扉アビスゲート』だ」


 俺が指さす先、全てが塵芥に崩れ去った竜がいた場所に、それは密やかなきらめきを放ちながら存在していた。

 ゲートというには些か小ぶりな、開かれた両開きの扉を備えたアーチ型魔法道具アーティファクトがそこに在った。


「すごい、きれい……」


 魔法道具アーティファクトフリークであるレインが、目を輝かせる。

 いや、レインだけではない。俺も含めて、全員がそれに釘付けになった。


「どうですか、ユークさん。感想は?」

「どうだろうな。でも、思ったよりも美しいものだったよ」


 俺の答えに満足したのか、シルクが満足げに笑う。


「これはまごうことなきお宝っすねぇ……! 金に換えれん価値ってやつっす」

「ユークの見たかったもの、これ……かぁ。ちょっとわかるかも。きれいなもんね」


 立ち尽くすジネネとジェミーの隣で、マリナがニーベルンを振り返る。


「ルンちゃん、どう? これ、ちゃんと映ってるかな?」

「大丈夫です。ちゃんと動いてますよ」


 ニーベルンの言う通り、周囲を『ゴプロ君G』がゆっくりと浮遊している。

 ウェルメリア各地には、俺達と『深淵の扉アビスゲート』の様子が届けられているはずだ。


「えへへ、これで『クローバー』の目標達成だね!」


 屈託のない笑みを浮かべたマリナが、俺に抱きつく。

 ダッシュハグでなく、どこか優しい抱擁に少し面食らう。

 そんなマリナに合わせるように、仲間たちがつぎつぎと抱擁に加わった。


 俺にぬくもりをくれた仲間たち。

 夢を後押ししてくれた仲間たち。


 ──俺の愛する女性ひと達。


 いつまでも幸せに生きてほしいと思う。

 だから、俺は彼女たちを裏切らねばならない。


「さぁ、叔父に頼まれた後処理をしなくっちゃ。『深淵の扉アビスゲート』を閉じるんだ」


 抱擁の輪から離れて、俺はきらめく『深淵の扉アビスゲート』へと足を向けた。

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