第38話 思い出の指輪とビギナーズラック

 しばしのやり取りの後、作戦は決まった。

 岩窟を出た俺はネネの先導で足場の悪い高台を進む。

 おぼつかない足取りで何とか後を追うが、これがなかなかどうして難しい。


「大丈夫っすか?」

「ああ。〈身体強化フィジカルエンチャント〉まで付与してるってのに、遅れてすまない」

「こんな悪路、普通の人は進まないっすからね」


 だが、進む必要がある。

 谷の上部外縁を大きく回り込んで、『王廟』のある空間の側面に向かって陽動を行うためだ。

 他の『クローバー』のメンバーは細道の入り口付近で待機しており、合図で『王廟』へ向かうことになっている。こんなところで俺がしくじるわけにはいかない。


「しかし、本当に大丈夫なんすか?」

「なんとかやってみるさ」


 腰に下げた袋を確認して、俺は悪い足場を進んでいく。


 この袋には、いくつかの指輪が収められている。

 そう、〝一つの黄金〟によって作り出された指輪だ。

 『グラッド=シィ・イム』で発見回収された指輪は研究ののち、ニーベルンへと返還された。


 彼女の愛すべき故郷の人々の記録が詰まった媒体。二度と戻らぬ日々の残滓。

 それを、彼女は俺に差し出した。


 元を辿れば、この指輪は俺の呪いがこもった〈歪光彩の矢プリズミックミサイル〉を受けたサイモン──〝一つの黄金〟から生まれた魔法道具アーティファクトだ。

 俺の『呪い』を込めるのに、これほど適した媒体もない。


 だが、同時にこれはルンに残された、数少ない故郷とのつながりのはずだ。

 遺品と言ってもいい。

 そんな大切なものを使えないと俺は固辞したが、ニーベルンはこれを使えと言って譲らなかった。


「煮え切らん顔っすね?」

「ああ。結局首を縦に振ってしまったが、本当に良かったんだろうか」


 ネネが小さく振り返って苦笑する。


「いいんじゃないっすか?」


 返答が軽い。

 わりと本気で悩んでるし、なんなら使わなくていい方法がないか今も考えているのだが。


「人はいろんなものを天秤にかけて生きるものっす。ルンは思い出や故郷よりもユークさんの方が大事って思ったんすよ」

「そう、か。なら、必ず成功させないといけないな」


 今だ迷いはあるが、嬉しくもある。

 ニーベルンの想いに報いるためにも、うまくやってみせねばならないだろう。


「見えてきたっす」


 ネネの指さす方に視線をやると、そこには『王廟』が見えてきていた。

 ようやくだと胸をなでおろしながらも、ここからの事を再度心の中で確認する。

 成功率はいかほどか。やってみなくてはわからない。


「ここから先はギャンブルっすよ?」

「賭け事はしたことがないんだけどな」

「なら、ビギナーズラックに期待するっす」


 『王廟』の側面に静かに回り込みながら、俺達は準備を始める。

 俺は各種〈身体強化付与フィジカルエンチャント〉をかけ直し、ネネは各種装備を確認する。

 全部が全部食いついてくれればいいが、戦闘になる可能性もあるだろう。

 仲間たちと共に『王廟』に突入するには、タイミングと思い切りが肝要だ。


「よし、始めよう。ネネ、いいか?」

「あ、その前にっす」


 両手を開いて差し出すネネ。


「ん?」

「ハグを要求するっす。ヘタすりゃここでお別れっすからね」

「そういうことを言うもんじゃないぞ、ネネ」


 俺の苦言に、ネネが苦笑で以て返す。


「半分ジョークっす。でも、もしもの時に後悔しながら逝きたくないんでお願いするっす」

「……」


 こんな覚悟をさせてしまうなんて、リーダーとしてどうなんだと自嘲しつつも、彼女の言う事もまた理解できた。

 自分たちは冒険者で、いつだって危険のただ中で仕事をする人間だ。

 そして、今この瞬間……まさに死中に飛び込まんとしているわけで、そういう覚悟の仕方も必要かもしれない。

 だから、そっと抱き寄せて、ぎゅっと強めに抱擁する。


「にゃー……落ち着くっす。夢見心地っす。心残り皆無っす」

「大げさだな」

「こんな風に抱きしめてくれる人なんて、ユークさん以外にいないっすから」


 ネネの柔らかさと体温を確認し、額に小さく口づけする。


「む、おでこっすか?」

「ほら、未練ができたろ? 絶対に生きて帰ろう」

「……ユークさんは意地悪っす」


 袋から金の指輪を取り出しながら、ネネに笑って見せる。


「俺は弱体上手の〝赤魔道士ウォーロック〟だからな。意地悪するのも仕事の内さ。……さぁ、やるぞ」

「っす。離脱サポートは任せてくださいっす」

 

 二人で頷き合ってから、俺は指輪に魔法を注ぎ始める。

 〈歪光彩の矢プリズミックミサイル〉の用法とは違うが、そもそもにして錬金術で編み出した魔法だ。

 少しばかり、無茶ではあるが……付与だって可能だ。


「動き、ありっす!」


 報告を聞きながら、俺はなおも指輪に魔法を込める。

 呪いと悪疫に汚染された指輪は穢れた虹色の光を放ちながら、ゆっくりと浮かび上がった。


「……いけ!」


 手放した指輪が、転がるような軌道で空を切る。

 そんな魔法を仕込んだつもりはないが、少しばかり魔法を込め過ぎたらしい。

 散り散りに、さりとて俺の思い通りの軌道を描いて指輪が視界から消えていく。


「かかったっす!」


 【望遠鏡】で影の人シャドウストーカー達の様子を見ていたネネが、声を上げる。

 俺も、遠目に黒い影たちが何かに群がる様に移動するのを確認した。


「よし、離脱だ。『王廟』に向かおう」

「了解っす!」


 手元に準備した合図用の【震え胡桃】を叩き割って、俺達は急勾配の斜面を駆け降りる。

 〈身体強化付与フィジカルエンチャント〉の補助があっても転倒しそうな斜面だが、ネネと魔法道具アーティファクトの助けを借りれば何とかなりそうだ。


「よし、うまくいったな」

「っす。それで、ユークさん」

「ん?」

「〝未練〟、帰ったらちゃんと責任取ってもらうっすからね?」


 そう微笑むネネの顔に、俺はうっかりと足を滑らせてしまうのだった。

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