第37話 作戦会議とあの日の記憶

 ネネの先行警戒に導かれて、俺達は『死の谷』の最奥に見えてきた『王廟』に向かって足を進める。

 幸い、緑豊かとなった『死の谷』は身を隠す場所も多く、魔物モンスターに遭遇することもなかった。


「そろそろ、見えてくるっす。いったん止まって策を練ったほうがいいっすね」

「そうだな。休息も必要だし、軽く食事もとっておこう」


 少しわき道にそれて、身を隠せそうな岩窟に腰を落ち着ける。

 ネネ曰く、基本地形は変わっていないのでこういったポイントはいくつか存在するとのこと。


「ルン、足は大丈夫か?」

「うん、大丈夫。お兄ちゃんが買ってくれたブーツのおかげ」

「そうか。何かあれば遠慮せずに言えよ」


 ニーベルンには比較的多くの魔法道具アーティファクトを持たせている。

 彼女が履く【カルガモのブーツ】もその一つで、これはフィニスの露店市バザールで見つけて購入していたものだ。

 旅慣れぬ子供のための魔法道具アーティファクトで、周囲に歩調を合わせ、加えて歩行の疲労を軽減する効果がある。

 今のニーベルンにぴったりの魔法道具アーティファクトだ。


「ネネも休んでくれ」

「魔物もいなかったっすし、疲れてないっすよ?」


 岩窟を出て警戒に入ろうとしたネネを呼び止めると、不思議そうに小首をかしげる。

 まったく。この猫娘は働き者過ぎるのだ。


「そうとも、」魔物もいないんだ。一緒に飯にしよう。生ハムを出すぞ」

「ニャニャ」


 耳をピンと立てて、いそいそと岩窟の中に戻ってくるネネ。

 五枚目の葉となった彼女の好みも、すっかり覚えてしまった。

 ……意外と食い意地が張っているということも。


「どっちにしろ、作戦会議にはネネがいてくれないとな」

「それもそうっすね。決して生ハムに釣られたわけではないっす」


 強がりを口にするネネに、薄く削いだ生ハムを一枚渡す。

 サルムタリアの王宮にも納められる、高級長毛赤豚の生ハムだ。

 ネネでなくても食べる機会を逃すものではない。


「さて、この先の事を少し話そう。ネネ、報告を」

「んぐ。えっとですね、この先、狭い道を抜けた先に大量の影の人シャドウストーカーがいるっす」

「わたくし達で戦闘対処できる数ですか?」


 シルクの言葉に、生ハムを咀嚼しながらネネが首をひねる。


影の人シャドウストーカーがどのくらいの強さなのか、私にはわかりかねるので答えかねるっす。でも、あれが全部ボルグルだったとしても相手したくないっすね」

「そうですか……。何とかして『王廟』への道を確保しないといけないですね」

「陽動はどうかしら?」


 黒パンをひと齧りしたジェミーが俺を見る。


「合流できるかが問題だな。それに、影の人シャドウストーカーに通用するか……」

「っすね。『王廟』の周りの影の人シャドウストーカーは何か目的があって動いてるようなそぶりがあるっす。陽動でその場を離れるかはわかんないっす」

「目的、なに、かな?」

「何だろうな……」


 確かに、気になるところだ。

 影の人シャドウストーカーに意志や精神があるのかというところも不明瞭だが、少なくとも俺達が一度遭遇した彼らにはそういったものがあるようにも見えた。

 今回も何か意図して行動している可能性は高い。


「あれの目的がどうあれ、『王廟』へ向かう必要はある。だが、相手できないとなれば足止めするしかないだろう」

「いくつか案はあるが、まずは陽動にかかるかどうかで変わってくる。少し、考えさせてもらおう」


 黒パンと生ハムを食みながら、頭の中で策を巡らせる。


 正面突破は危険だ。もし一体一体が、あの影の人シャドウストーカーと同じ戦闘力を有していれば、かなりの被害が出てしまう。

 一つ間違えば全滅もありうるだろう。


 陽動は手かもしれないが、ボルグルのように知能が低いとは限らない。

 もし組織的に追い込まれたら、囮役(おそらくネネになるだろう)が危険に晒されることになる。

 そうなれば、俺達も無事とはいくまい。


 一番いいのは、穏便に戦闘とならずに『王廟』へ忍び込む方法だが……。


「──ん?」


 これは、どうか。

 いや、ここで試すには危険が過ぎるか?

 原理もわからない。

 しかし、試してみる価値はるかもしれない。


「ユーク。今、顔、へんだったよ」

「うっ」


 どうやら俺は、知らず知らずのうちに百面相していたようだ。


「アンタの悪い癖よ。何かあるならちゃんと共有! 黙ったままだから誤解されるの」

「ジェミーさんの言う通りです。一人で抱え込まないでください」


 ジェミーとシルクにそう詰められた俺を見て、レインが横で小さく笑う。

 ふと視線を上げれば、マリナとネネも目を輝かせていて、ニーベルンは首をかしげていた。


「ええと、だな。本当に推測でしかないんだが……。ルン以外の全員、覚えがあると思う。あの、崩壊したフィニスの話だ」

「アタシが、遭難した時の事?」

「そう。思い出したくもないだろうが、あそこにも影の人シャドウストーカーがいた」


 いたというのが正しい表現かはわからない。

 今となれば、あの場所が何であったか想像もつく。

 あれは、この先──未来の可能性だろう。


 このまま『透明な闇』が溢れ出して、フィニスを飲み込めばああなる。

 『透明な闇』は時間と次元と可能性を全て内包する『何もかもが在る、何もない場所』だ。

 それを迷宮ダンジョンとして発現させる『無色の闇』──『塔』が、フィニスに怒りうる未来の可能性を示したとて驚きはしない。


 おそらくあの場所で遭遇した影の人シャドウストーカーはフィニスの住民であった者達なのだろう。

 だが、あの時……俺達は襲われなかった。

 単に、わめくサイモンが注意を引いたせいだろうと考えていたが、そうでないかもしれない。


「確かに、襲われませんでしたね。こちらには怪我人もいましたし、襲ってきてもおかしくないのに」

「じゃあ、陽動可能って事っすか?」

「可能だろう。そして、囮になるのは──俺だ」


 告げた言葉に、仲間たちが息をのむ。


「どういう、こと?」

「おそらくだけど……あの時、影の人シャドウストーカー達は俺の放った〈歪光彩の矢プリズミックミサイル〉に反応していたんだと思う」

「魔法にですか?」


 シルクの言葉に俺は首を振る。


「いいや、呪いにさ」

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