第7話 配慮不足と女主人

「なるほどな……」


 シルク曰く、彼女は南に浮かぶ『ヴィルムレン島』の出身であるらしい。

 その島には『琥珀の森アンバーウッド』という広大な森林が存在しており、シルクはその森に住むダークエルフ氏族の出身なのだそうだ。


「ウェルメリアに比べればずっと田舎ですし、配信の受信も出来ない場所ですが、ウェルメリアにも同郷の者がいるかもしれません。表立ってパートナーであると発信されればおじいさまの耳に入ってしまう可能性があってですね……」


 話しながらシルクが目を伏せる。


「連れ戻されてしまうかもしれません」

「え、どうしてよ?」


 マリナが不思議そうに首をかしげる。


「おじいさまは家出同然に森を出て人間社会にいるわたくしをとても心配していて……その、何と言いますか、ユークさんの事もあまり快く思っていないようなんです」


 それはそうだろうな。

 孫娘のそばにぽっと出の胡乱な男がいれば、心配もする。

 事情を聞いた以上、手紙の一つも出しておくべきかもしれない。


 幸い、迷宮伯なんて立場になったことだし多少胡乱さは軽くなっているはずだ。

 ……とはいえ、送り出した孫娘が挨拶もなく急に籍を入れたなどと言う話になれば、それは心配もするだろう。

 サルムタリア国内での自衛のためとはいえ、やはり情報が表に出るのはよくないな。


「よし、これまで通りで行こう。体面上、パートナーとして書類には記載されちゃいるけど、あくまでサルムタリアでみんなの安全を守るためのものだしな」

「すみません、気を遣わせてしまって」

「いいんだ。俺の配慮不足だった」


 基本的に仲間の素性を尋ねることはしないのが、冒険者のマナーだ。

 今回のように本人が語るならともかく、リーダーであっても普通は尋ねたり吹聴したりはしない。

 多くの場合、それは不和やトラブルにしかならないからだ。


 だが、今回はそれが裏目に出た。

 あらかじめ軽く意志確認したとはいえ、もっと話をするべきだったかもしれない。


「これまで通り公式の場にはサブリーダーとして同席はしてくれ。『女主人』とミスリードを誘うかもしれないが、それはそれ。あくまで俺達はウェルメリアの流儀でいこう」

「わかりました」


 少し嬉しそうにシルクが頷く。


「現地人に『女主人』について尋ねられたらどうしたらいいっすか?」

「そうだな……じゃあ、レインに頼もう」

「ボク?」


 少し意外そうにしたレインに頷く。


「適任だと思うが、ダメか?」

「いい、けど。どうして、ボクなの?」


 いくつか理由はある。

 まず、レインはよく周りを見ていて頭の回転が速い。

シルクのように実務面で動くということは少ないが、周囲をよく見ていて、いざとなれば仲間の中心となって指揮を執ることもできるだろう。

 加えて、マストマ王子と面識があるということ。

 王族であり、今回の依頼のサルムタリア側責任者である彼と面識があるのは、大きな強みだ。

 事情についても把握しているので、王子から何か要請があったときに意図を察しやすい。


「……ってことだ」

「褒められた」


 頬を少し赤くして、レインが照れる。


「なるほどっす」

「確かに。レインが適任かもしれませんね」

「あたしも賛成!」


 仲間たちの是に、レインが頷く。


「じゃ、ボクが、する」

「ああ、よろしく頼むよ」


 レインの頭を軽く撫でやりながら、小さく目をそらす。

 口に出していない理由も一つある。

 『レインはウェルメリア貴族の血を引いている』ということだ。


 これは、マストマ王子も知っていることで、事件の発端にもなったことだ。

 レインに思い出してほしくなくて黙っていたが、これはきっと優位に働くだろう。

 マストマ王子は、ドゥナの一件で俺とレインが書類上とはいえパートナー関係にあった事を認知している。

 新たに叙勲された迷宮伯と貴族筋の子女であれば、一見釣り合いが取れて見えるはずだ。

 ……少なくとも、事情を良く知らないサルムタリアに対しては。


 だが、このメリットを自覚するのは些か気が滅入る。

 これでは、レインをレイニースと呼んで利用しようとしていたクラウダ家の連中と変わらない。


「では、話がまとまったところで、わたくしはギルドマスターと少し話を詰めてきます」

「あ、あたしも行く! ジェミーさんとお話したい!」


 軽く頭を下げたシルクと、妙にテンションの高いマリナが離れていく。

 話が終わったと見てか、ニーベルンが俺の袖をつまむ。


「ルン、喉乾いたかも……」

「お、じゃあ私と一緒に果実水をもらいに行くっす!」

「うん!」


 にっこりと笑ったネネが、ニーベルンと手を繋いで飛空船後部の簡易バーへと向かう。

 相変わらずネネはニーベルンに甘い。


「さて、せっかくの飛空船だ。俺達も色々見て回ろうか」

「うん。でも、その前に……」


 レインが俺の手を握る。


「さっき、ボクに気を遣った、でしょ?」

「ぐ……」


 どうしてバレてしまうんだ。

 今回は、顔に出ていないはずなんだが。


「もう。そこが、ユークの、いいところだけど……」

「あまり触れられたくないだろ?」

「うん。でも、ボクとユークの絆、だから。負い目と思って、欲しく、ない」


 照れた様子で俺の手をにぎにぎとするレイン。


「わかっちゃいるんだけどな。レインをそう言う価値基準で見たくないんだ」

「お人よし、すぎる。ユークが利用するなら、ボクの付加価値は、好きに使えば、いいと思う」


 どっちがお人よしなんだか。

 危機に陥ったのも、そもそも俺を助けるためだったというのに。


「ユークは、ボクらに、気を遣い過ぎ。もっと、頼っていい」

「十分に頼らせてもらってるよ。今回も頼むよ」

「ん。了解、です」


 にこりと笑ったレインが俺の手を引く。


「さ、見に行こ。ユークなら、ボートくらいのを作ってくれると、期待、してる」

「期待が重すぎる!」

「ふふ、旦那様に、期待」


 ご機嫌な様子のレインの言葉に、俺は思わず顔を赤くして目をそらした。

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