第6話 深いため息とシルクの告白

「……なるほど、そういう事だったんですね。びっくりしました」


 項垂れる俺に苦笑を浮かべるシルク。


「でも、そう言う事ならお任せください。サブリーダーとしての役割と思えばいつものことですから」

「すまないな、シルク。他のみんなも頼むよ」


 と、口にするが、面々はやや不満げな顔をしている。


「正妻って言葉がよくないっすよね」

「だよね。アタシだってユークのお嫁さんなんだし。期間限定だけど」

「真打は、ボク……!」

「ルンも! ルンもー!」


 言葉一つで立場は何も変わるまいと思うのだが、譲れない何かがあるらしい。


「あら、では誰かやります?」


 シルクが小首をかしげて四人を見る。

 最初はマリナ。そして、レインとネネが同時に、それぞれ目をそらす。

 ルンだけは「やるー!」などと元気に返事をしていたが、ルンに指揮や対外交渉を任せるのは少しばかり不安が残る。

 レインならば王子とも面識があるのでできるとは思うが……。


「いいですか? 『サブリーダー』って名称が、地域と状況に併せて変化しただけですよ。わたくし達の扱いが変わるわけじゃないでしょう?」

「それはそうなんすけど、世の中『なしくずし』とか『外堀埋め』なんて言葉があるんすよ? きっと、公営放送ではシルクが『正妻』として配信されるっす」


 ネネの言葉に、シルクが顔を赤くして固まる。

 そして、ゆっくりとこちらを振り向いて問うた。


「そう、なんですか……?」

「そう、かも?」


 その辺りの事は、俺にはよくわからない。

 少なくとも、『クローバー』の配信でそういったことを表明するつもりはないが、ウェルメリア王国としてはAランク冒険者を使った国家事業だ。

 もしかすると、作戦会議の様子やマストマ王子とのやりとりを録画編集して配信する可能性はある。


 その際に、シルクがどう紹介されるかは、わからない。


「レ……レイン。レインに譲ります。ほら、レインは一応元貴族ですから、釣り合いが……!」

「クラウダ伯爵家は、もう滅びた、から」

「では、マリナ!」

「あたし、難しいことわかんないし、無理だよー……会議とか嫌いだし」

「ネネ?」

「自分で言っといてなんすけど、無理っす。それに忘れてるかもしれないすけど、犯罪奴隷なんすよ、私。大手を振って貴族様の正妻とかユークさんに迷惑がかかるっす」


 シルクが焦った風に俺を見る。

 ここまで追い詰められた彼女を見るのはなかなか珍しい。


「はーい! ルンがします!」

「ハッ……ルンは王族筋ですし適任では?」


 ダメだ……シルクは完全に混乱してるな。

 そもそも役割名称の変更に過ぎないと言ったのは君だろうに。

 これでは本末転倒だ。


「シルクに任せるよ。正妻だの女主人だのってのは、サルムタリア向けの話だしな」

「……わかりました。でも、できれば外に漏れないようにお願いできないでしょうか?」

「できるだけ気をつけるけど、こっちでコントロールできるかはわからないな……あ」


 ここのところの流れですっかり感覚が麻痺してしまっていたが、こういうことは、本来かなりデリケートな話なのだ。

 よくよく考えれば、彼女たちに俺の知らない想い人や恋人がいたら……という可能性を考慮するべきだった。

 あのシルクがここまで渋るのだ、きっと知られたくない男がいるのだろう。


「すまない、リーダーとして短慮だった。やはり、サルムタリアの様式に合わせるのはよそう。俺達はウェルメリアの冒険者だし、何から何まで向こうに合わせる必要はないさ」

「え? ……いいのですか?」

「ああ、問題ない」


 拍子抜けした風のシルクに頷く。


「『フェルディオ家の意匠』も外してくれていいからさ。その、なんだ……みんなも気まずくなるようなら、配信に映る時は安全策の為に外してくれ。君達のプライベートに踏み込んだことを反省するよ」


 俺の言葉にシルクは何故か顔を曇らせ、仲間たちが顔を見合わせる。

 そして、ゆっくりと後退って、俺から少し離れたところで小さく円陣を組んだ。

 リーダーなのに仲間外れにされてしまったようで少し悲しい。


「ショックです。泣きそうです。泣いていいですか?」

「……絶対、何か勘違いしてるっすよ」

「朴念仁すぎだよねー……」

「あまりにも、ニブい。ボクらに、あそこまで、させておいて」


 何やらひそひそと声が漏れ聞こえてくるが、内容まではわからない。

 ただ、なんとなく責められていることはわかった。


「ルンは外さないよ?」

「ん?」


 唯一俺のそばにいたニーベルンが俺を見上げる。


「これがあったら、ルンはお兄ちゃんの家族ってことでしょ?」

「なくてもそうだとも。でも、他の人にもわかるようにしてるってだけさ」

「じゃ、やっぱり外さない。ルンはね、自慢したいもん」


 にぱっと明るげに笑うルンに苦笑を返していると、話を耳にしたらし仲間が輪を解いて俺に詰め寄る。


「私達だって同じっすからね!?」


 ネネが、ニーベルンを後ろから抱きしめながら声を上げる。


「そうだよ! ユークはあたし達のリーダーで旦那様なんだからね!」

「そうですよ。何を勘違いしてるかわかりませんけど、その……嫌なわけじゃないんですよ?」


 俺の両手をそれぞれとるマリナとシルクがこちらをじっと見てくる。

 その顔は怒ってるような照れてるような複雑な顔だ。

 さて、俺というやつは何を失言したんだ……?


 軽く悩んでいると、二人の間を縫ってレインがハグを敢行してきた。


「ユークは、ボクらが、嫌なの?」

「そんなわけあるか」

「じゃあ、これを外せなんて、言っちゃダメ、だよ」


 レインの言葉の意味を図りきれずに、俺は首をひねる。


「いや、事前に相談したとはいえさ……少しみんなに無理なお願いをしたんじゃないかと思って。仮とはいえ、俺の知らないパートナーがいるかもしれないじゃないか」


 仲間たちが盛大にため息を吐く。それはもう深々と。

 その吐息が『無色の闇』の先に届くかというくらいに。


「その、わたくしも誤解を与えてすみませんでした。知られたくないというのは、家族になんです」

「家族?」


 俺の聞き返しに、シルクが小さくうなずく。


「ユークさん、実はわたくし……族長の孫なんです……」

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