第48話 交渉と罠と(ブラン・クラウダ視点)

「レイニース。お前と話したいことがある」


 ドゥナの大通りでようやく見つけたレイニースに声をかける。

 まったく、ふらふらと動きおって。これだから冒険者などという人種は好かない。


「あなたに、話すことは、ない。今、忙しい」


 にべもない姪に些かカチンときながらも、私はその背中を追う。

 いま、あのユークとか言う男が行方不明なのだという情報は掴んでいる。

 つまり、これは千載一遇のチャンスだということだ。


「知っているとも。だからこそだ」

「邪魔。関わらないでといった、はず」


 振り向き、睨みつけてくるレイニースにひやりとしたものを感じながらも、私は口角を上げる。


「ユーク・フェルディオを探しているのだろう?」

「……」

「方法がないこともない」


 レイニースの肩がピクリと上がる。

 予想通りの反応だ、小娘め。


「どういう、こと?」

「【探索者の羅針盤シーカーズコンパス】という魔法道具アーティファクトを知っているか?」

「……!」


 知っているはずだ。

 レイニースが魔法道具アーティファクト収集家であるという話は、少し身辺を調べればすぐに知れた。

 この有名で希少な魔法道具アーティファクトの存在を知らぬはずがない。


 【探索者の羅針盤シーカーズコンパス】は極めて希少で貴重で、強力な魔法道具アーティファクトの一つだ。

 使用者が求めるものの方向を指し示すだけの単純な効果を発揮するが、古今東西の全ての存在を探知することができる。

 隠された宝物から行方不明者までなんでも、だ。


「……持っているの?」

「いいや? 在処と持ち主については知っているがね」

「教えて」


 よし、かかった。

 詰め寄るようにしたレイニースに、私は首を小さく振る。


「それが人にものを尋ねる態度か? 礼儀と誠意が足りていないように思えるな」

「……教えて、ください」

「まだだな」


 頭を下げたレイニースをの顔を覗き込むようにして、私はしゃがみ込む。


「私はお前に魔法を撃ち込まれて、脅されたんだ。だが、お前と……あの男の為に手を貸してやろうとわざわざ声をかけてやったんだ」

「……」

「私の顔を、立ててくれんかね?」


 頭を下げた姿勢のまま、レイニースは動かない。

 そんな小娘に向かって、私は営業用の笑顔を浮かべる。


「先方に会って話をするだけでもいい。今回は当家の先走りだった、と伝えておこう」

「……会う、だけなら」

「それでいい。そもそも【探索者の羅針盤シーカーズコンパス】を所有されているのはマストマ様だからな」


 これは本当のことだ。

 あの王子は、【探索者の羅針盤シーカーズコンパス】を所有している。

 それを所有するが故に、あれほどの財力を有しているのだ。


「会いに行けば、いいの?」

「そうとも。マストマ様との交渉は、お前自身がするといい。機嫌を損ねなければ、【探索者の羅針盤シーカーズコンパス】を貸してもらえるかもしれんぞ?」


 不審な目を向けるレイニースに、私は笑顔を維持してみせる。

 小賢しい娘だ。私が何か企んでいるであろうことを感じてはいるのだろう。

 だが、人間というものは見え透いた希望であっても、目の前に示されれば視野が狭くなるものだ。


 もう一押し……少しばかり焦らせてやればいい。


「私のことが信じられないのであれば、この話は終わりだ。冒険者ギルドが彼の死体を見つけるのを待てばいい」


 そうくるりと背を向けると……レイニースが私の服の裾を掴んだ。

 よし、所詮は小娘だな。


「わか、った。行き、ます」

「いいだろう。私も先方も忙しい身だ。すぐに向かうとしよう」

「え、すぐ? なの?」


 冷静になどなられては困るからな。


「何のために、今日お前を探していたと思う? 我々貴族はお前たち冒険者と違って暇を持て余しているわけではないのだぞ。ましてや、先方は王族だ。謁見にも手順と手間がいる」


 一拍おいて、私はレイニースをねめつける。


「まあ、別に私は今日でなくても構わんがね。次の謁見が一週間先か、一か月先かになるかわからぬし、帰国なさるやもしれない。その時に、お前はあの男と仲間に顔向けできるのかね?」


 選択肢を奪っていくのは交渉の常套手段だ。

 これでも、それなりに慣れている。伊達に詐欺のような仕事をしてきたわけではない。

 男の安否をちらつかせながら急かせば、冷静さを欠いた小娘一人など何とでもなる。


「……。わかった。ついて、いく」

「いいだろう。仲間のことが気がかりなのだろう? 馬車の中で手紙を書くといい。後で宿に届けさせる」


 私の言葉に幾分素直にうなずき、馬車に乗り込むレイニース。

 気を使われているとでも思っているのだろうか。

 バカな小娘だ。


 しかし、こうもうまく事が運ぶとは、嬉しい誤算といえる。

 他の三人については、レイニースを餌にしようと思っていたのだが、直筆の手紙があれば小細工は不要だ。

 少しばかりの情報を流してやれば、私かマストマ王子の前にノコノコと姿を現すだろう。


 所詮は、頭の悪い冒険者風情だ。

 安っぽい仲間意識とやらで勝手にこちらの用意した沼に沈んでくれるだろう。


 まったく、ユーク・フェルディオめ。

 お前というやつは、本当に役に立ってくれたよ。

 もう死んでいるのだろうが、最後の最後で私の役に立ってくれた。

 もし、運よく死体が見つかったら、墓に花でも手向けてやるとしよう。


 ……お前の女どもを売った金でな。

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