第34話 前向きなマリナと強制休息
「うまく追い返せたな」
「うん。ユークの、おかげ」
怯えた様子で馬車ごと去っていくブラン・クラウダを確認してから、小さく息を吐きだす。
『歌う小鹿』亭に至る道で捕捉されたということは、きっと宿も割れているのだろうと思うので安心はできないが、まずはこれでいいだろう。
「やっぱり、手を打っておいて正解だったな。けど……」
「気に、しないで。ボクも、納得、してる」
レインの許可をとったとはいえ、かなり強引に彼女の過去を消し去り、改変し、操作した。
生家のある村、魔術学院、冒険者ギルドの情報が繋がらぬよう、ママルさんに頼み込んでかなり違法スレスレでレインの情報をかく乱したのだ。
当初はママルさんも渋っていたものの、事情が分かるといくつかの条件を飲むことで動いてくれた。
相手は貴族だ。かなり徹底しないと、どこで証拠を拾い上げてくるかわからない。
とにかくレインの情報をグレーにして行く必要があった。
「また、来るかな?」
「さて、どうかな。来たとしても追い返せばいいさ」
「そう、だね。はぁー……ちょっと、疲れちゃった、かも」
珍しく大きなため息をついて、俯くレイン。
実際のところは緊張と恐怖が強かったのだろう。〈
「温泉で、癒す」
「俺もそうしよう」
ドゥナに来てから、俺はすっかり温泉が気に入ってしまった。
バスタブに湯を張るのとでは、まるで違う。フィニスに戻ってシャワーで我慢できなくなったらどうしようとすら思う。
「一緒に、入る?」
「……。俺はまだやることがあるから、お先にどうぞ」
「んふふ」
悪戯っぽく笑うレインを見て、ほっと胸をなでおろす。
よかった、いつものレインだ。
「あ! お帰りなさーい!」
『歌う小鹿』亭に到着した俺達を、マリナが出迎えてくれた。
鎧を脱いで街着となったマリナは、今の季節にしてはやや薄着だ。
寒くないのだろうか。
「どうだった?」
「追加の人員投入が決まったよ。攻略速度の重要性は共有できたと思う」
「よかった。あたしたちも続行だよね?」
「ああ」
そう返事して、再び件の悩みが脳裏をよぎる。
俺が〝勇者〟認定されている以上、『クローバー』の参加は必須事項だ。
初見調査など受けたばかりにこのような事態になった、と少しばかりの後悔が滲む。
最初に踏み込んだのが別のパーティなら、きっと結果も違っていたのではないだろうか。
例えば、『フルバウンド』であればどうだったか、と思ってしまう。
「レイン、ユークはなに難しい顔をしてるの?」
「いつもの。考えすぎ」
「もう、今度は何よ」
わりと真剣に悩んでいるのに何という軽さだろう。
そんなに俺はいつも悩んでるだろうか。
「もしかして、
「ま、まあ」
「それなら、大丈夫だよ」
あっけらかんとマリナが言う。
「あたし、頭は良くないから、上手くは言えないけど……必要なことはわかってるつもり」
「そうか?」
「うん。そりゃあんまり気分は良くないけどさ、そこは失くしちゃいけないところだと思うし」
マリナが俺の手を取ってニコリと笑う。
「だから、ユークが悩む必要なんてないんだよ!」
「ああ。わかった」
マリナの言葉に、強さに、笑顔に、救われた気がした。
いつだって、このマリナという女の子は自分で答えを出してしまうのだから、どうにも敵わない。
俺が初めて人を殺めた時は随分と長らく悩んでいたし、サイモンを手にかけたことは未だに完全に吹っ切れたとは言えないのに、彼女はすでに前へと進んでいるのだ。
「シルクとネネもきっと一緒だよ! あたし達がここで立ち止まっちゃったら、ユークに迷惑がかかっちゃうもん。大丈夫、あたし達はやれる!」
「わかったよ。ありがとう、マリナ」
「えへへ」
軽く頭を撫でやって、笑顔を返す。
きっと、そう簡単な話ではない。それでもこうして、俺を前に向かせてくれるのであれば、彼女たちの想いに応えねばなるまい。
さしあたって、俺にできるのは情報の整理と綿密な攻略プランの思案だ。
「おかえりなさいっす!」
「お帰りなさい、ユークさん、レイン」
そうこうしているうちに、声を聞きつけたらしいネネとシルクが階段を下りてきた。
「会議、終わったんですね」
「ああ。想定通りの流れだ」
「わかりました。いくつかプランを練っておりますので、後で相談しましょう。ユークさんとレインはまず休憩です。ネネとマリナは必要品の買い出しを」
買い物リストと財布代わりの革袋をマリナに差し出して、シルクがテキパキと指示を出す。
根がサポーター気質な俺は、こうしてリーダーシップをとってくれると非常にありがたい。
「んじゃ、行ってくるっす」
「また、あとでね!」
明るい笑顔を俺に向けて、二人が扉を出ていく。
どうにもみんなに気を使われている気がするな……。
眉間のしわを解消する方法を考えなくては。
「では、夕食まで温泉にでも浸かってゆっくりしてください」
「いや、先にプランを詰めてしまおう。夕食の後、みんなで検討をしたいしな」
「せ ん せ い ?」
シルクが切れ長の目を鋭くして、俺をじろりと見る。
「俺は大丈夫だよ」
「ダメです。昨晩も遅くまで起きていたのを知っていますよ」
「いやー……それは、そうだが」
何とか誤魔化そうと目を泳がせる俺の左腕に、シルクが腕を絡ませる。
色気のあるそれではない、完全に拘束している。
「レイン、温泉に連行しましょう」
「おっけ」
反対側、右腕を両腕でぎゅっと抱くようにしてしっかりと拘束したレインが頷く。
「まてまて。わかった、休む。休むとも」
「はいはい、行きますよ」
「観念、しよう」
そのまま引きづられるようにして、俺は温泉へと引っ張られていった。
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