第33話 伯爵家名代と衝撃の事実

 何やら用事があるというモリアをギルドに残して、ドゥナの大通りを行く。


「ユーク。眉間」

「ぐ」


 隣を歩くレインに指摘されて、俺は眉間をほぐす。

 解決に向けて徐々に進んでいるとはいえ、問題は多い。

 何より、あの迷宮の実情がはっきりしたことによる仲間たちの心労が心配だ。


 俺はいい。

 もしかすると冷酷だと言われるかもしれないが、あの魔物モンスターの正体が人間であったとして、倒すことにそれほどの忌避感はない。

 あれらが『斜陽』を担う“淘汰”の一端である以上、目的のための排除は致し方ないと割り切ることもできる。


 しかし、まだまだ駆け出しともいえる多感な年頃の仲間たちはどうだ?


 姿かたちは違うとはいえ、曲がりなりにも人間を殺すことにストレスを感じてやしないだろうか?

 特に、マリナやネネは前衛となって直接的に武器を振るうことも多い。

 俺はリーダーとして、また彼女らの元教官としてこの状況を好ましいとは思えない。


「ユークの、悩みは、わかってる、つもり」

「顔に出ちまってるもんなぁ……」

「うん。でも、ボクたちを、過保護に、しないで。みんな、わかってる」


 情報共有は常に行っている。

 先ほど会議室で話した内容は、すでに各攻略パーティでの共有情報でもあるのだ。


「ボクは、大丈夫、みたい。あれが人の形を、してないから、かも」

「なら、いいんだが」

「うん。宿に戻ろ。『とれる時に休息はしっかりとる』でしょ?」


 俺が彼女たちの冒険者予備研修の時に、口を酸っぱくしていったことだ。

 火事場の馬鹿力に頼りきりになってはいけない、常に良いパフォーマンスを発揮できるように休息をしっかりとることの方が大事だ……と。

 自分でそう言っておきながら、どうにも俺はこれを守るのが不得意なのだが。


「ん……?」


 大通りを逸れ、そろそろ『歌う小鹿』亭に到着しようかというところで、背後から黒塗りの馬車が近づいてきた。

 四頭引きで丈夫そうな鉄の車輪を備えた、どこか豪奢なつくりの箱馬車だ。


 それが俺達を少し追い抜いたところで止まった。


「探したぞ」


 護衛と共に馬車から降りてきたのは、高級そうなスーツを身にまとった初老の小男。

 ちょび髭と後退した額が特徴的で、不機嫌そうな様子でこちらに詰め寄ってくる。


「……だれ?」


 レインが俺を見上げる。

 それにかしげてみせると、小男が再び口を開いた。


「お前の叔父だ。レイニース。父が手紙を送ったはずだぞ?」


 雑とはいえ名乗りがあったことで、この男の素性がはっきりした。

 叔父と名乗るからには、おそらくレインの父親の弟──ブラン・クラウダだろう。

 ネネとママルさんのおかげで、レインとクラウダ伯爵周辺の情報はほぼ掴んでいる。


「まあいい。さっさと、こっちへ来い」


 こちらの沈黙に耐えかねたのか、レインに手を伸ばす。

 レインを背に庇いながら、その手からやんわりと離れる。


「どなたか存じませんが、人違いではないですか?」

「貴様は……ユーク・フェルディオか。その娘は当家の令嬢だ。引き渡していただこう」

「さて? 彼女は天涯孤独の身と聞いておりますが?」


 こちらが調べて知っているというだけで、まだ名乗りもしない。

 そんな失礼な人間にレインに触れさせるものか。


「もういい、取り押さえろ。多少ケガをさせても構わん」


 顎をしゃくるブラン・クラウダの両脇から護衛騎士がこちらに距離を詰めてくる……が、二人してその場で転倒した。

 〈転倒スネア〉に対処できないようでは、大した実力ではないだろう。

 起き上がろうとする二人の騎士に〈眠りの霧スリープミスト〉の魔法を放って無力化しておく。


「んな……ッ?」


 驚いた様子のブラン・クラウダを軽く睨みつける。


「わ、私はクラウダ伯爵家の名代、ブラン・クラウダだぞ! そこにいるレイニースは現当主ディミトの娘だ! 引き渡していただく」

「お断りします」


 俺の言葉に、再び驚いた顔をするブラン・クラウダ。


「手紙が届いているはずだ。レイニースはサルムタリア王家への輿入れが決まっている」

「聞いてないし、認められないな」


 ここで敬語をわざと崩し、慣れないながら凄みを利かせるように睨む。

 こういう事態がいずれ起きることは予想がついていたし、その時のために情報収集もしていた。


「まず、レインが伯爵家の娘レイニースとする証拠がない。どういった根拠でそれを言ってるんです?」


 それらの証拠や根拠は探せばいくつかあったらしいが……ママルさんに頼んで丹念に消してもらった。

 もはや、根拠とするところは故郷が一緒、程度の話である。


「そして、それが真実だとして、貴族籍の人間が他国と婚姻関係を結ぶ場合は許可が必要なはずですが……とってないですよね?」


 これは、ママルさんとマニエラ、それにベンウッドに調べてもらった情報だ。

 他国の王侯貴族との婚姻は、政治的な問題も絡んでくる。

 やもすればそれは裏切りや外患を誘発する要素ともなるため、王が出席する王議会での承認が必要となるのは、自明の理だろう。

 で、あるのにレインに対してそのお伺いがたてられたという事実はない。

 いまや『クローバー』は国選依頼ミッションにあたる特務Aランクのパーティだ。

 そのメンバーが貴族籍で外国の王族に嫁ぐとなれば、どこかで話題に上がるはずである。


「ぐ……む。貴様……!」

「つまり、あなた方は自分たちの血族かもしれないという理由で、レインを誘拐してサルムタリアに売り渡し、庶民である、あるいは冒険者であるという理由で承認を得ずに繋がりと利益を上げようとしていたってことですね?」

「それの何が悪いッ! クラウダの血のおかげで、王妃の座を得るのだぞ!? 今まで家の役に立たなかった者がようやく役に立つ時が来たのだ!」


 目を血走らせたブラン・クラウダが唾を飛ばしながら吠える。

 クラウダ伯爵家の資金繰りが厳しいというのは、どうやら本当らしい。

 そんな彼等にとって、サルムタリア王家が持ちかけたこの話は渡りに船だったのだろう。


「レイニース、来なさい。お前の父が会いたがっていたぞ」

「ボクは、会いたくない、かな」


 杖の先に、攻撃的な魔法の灯りをともしてレインがブラン・クラウダを見据える。

 ずいぶんと冷えた殺気を放っているのを見ると、心揺らいだりはしていないようだ。

 少しばかり、ほっとする。


「王妃に、なれるのだぞ!?」

「興味、ない」


 〈魔法の矢エネルギーボルト〉がブラン・クラウダの頬をかすめて馬車に穴を穿つ。


「帰って。ボクは、『クローバー』のレイン。レイニースじゃ、ない」

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