第19話 休息と手応え

 袈裟懸けに振り下ろされたマリナの黒刀が、教会の壁と床を諸共にして巨大な赤子を一刀両断にする。

 見ていて気分のいいものではないが、あれが好戦的な魔物である以上、仕方がないことだろう。


「ぅああああああ……っ」


 叫び声じみた悲鳴がしりすぼみに小さくなり、巨大な赤子は床に大きな血だまりを作って……そこに溶けいるようにして消えた。

 それを見た修道女姿の魔物が一斉に膝をつき、顔を覆うような仕草のあと、つぎつぎと灰のように崩れ落ち消えていく。

 全ての修道女の魔物が消えた場所には、一つずつ例の指輪が残されていた。


「終わったか……?」

「敵影、なしっす」


 再び静寂に包まれた周囲を見回して、俺は小さく息を吐き出す。

 あの耳に残るような赤子の泣き声ももう聞こえない。

 マリナが黒刀を見つめたまま、立っている。


「……」

「マリナ、大丈夫か?」

「うん。大丈夫!」


 笑ってはいるが、その顔は青い。

 カラ元気に無理な笑顔を張り付けているのが丸わかりだ。


「少し休憩しましょう」


 マリナの手を引いて、教会の椅子に座らせたシルクが俺を見たので、うなずいて応える。

 こんな様子のマリナはあまり見たことがない。

 少し休ませたほうが良さそうだ。


「ネネ、すまないが周辺で休めそうな場所を探してきてくれないか?」

「了解っす」


 教会からネネが飛び出していく。

 元が市街地であるのだから、そう時間はかからずにいい場所を探してくれるだろう。


「ユーク、少しいい、かな?」


 敵素材を回収していたレインが俺の袖を引いて、例の赤子がいた場所を示す。


「どうした?」

「指輪が、ない」

「……妙だな」


 あの指輪が結局のところ何なのかはわかっていないが、『倒せば金の指輪を残す』という法則があった。

 敵の質量や種類に関わらず、それはここまで同じだったはずだ。


「この迷宮由来の魔物ではなかった?」

「かも、しれない。でも、あれは……異常な、魔力性質を、持っていた」

「悪魔の類か?」

「ううん。どっちかというと、生霊レイスっぽい、かも」


 生霊レイスはアンデッドの一種とされるが、他のアンデッドとは成り立ちが違う。

 それらは、生きた人間の精神が幽体を成したもので、外法を使う魔術師などが魔力塊にその精神を写し取って使役する魔物だ。自分と同じ思考を持つ、自律型の使い魔と言えばいいだろうか。

 あるいは、強い思考や想いが魔力のガワを被って這い出るものをそう呼ぶこともある。


 しかし、赤ん坊の生霊というのは些か考えにくい。

 魔術師でもなく、また精神も未熟な赤子が生霊レイスとなるとは思えないしな。


「考えるのは後にしよう。情報が少なすぎるしな」

「うん。報告、だけ」

「ああ、ありがとう。レイン」


 レインの頭を軽く撫でやって、座るマリナの元へと向かう。


「ごめんね、ユーク。あたし、大丈夫だよ?」

「無理するな。精神的に、あまりいい相手じゃなかった」

「うん。でも、それだけじゃないの」


 黒刀をじっと見やって、目を伏せるマリナ。

 そして、何か言いかけようとして口を噤む。

 マリナにしては珍しいことだ。


「何かあるなら遠慮なくいってくれよ?」

「うん。もうちょっと整理してからにするよ」


 そう言って、ちらりとゴプロ君を見る。

 なるほど、配信中では口にしがたいことなのか。


 ……今すぐ配信を切ってもいいが、それでは冒険者ギルドを含め、他に不信感を与えかねない。

 ならば、休憩を利用して話を聞かせてもらおう。

 ちょうどいいタイミングでネネも戻ってきたことだしな。


 ◇


 ネネが休憩地点として見つけてきたのは、こじんまりとした一軒の民家だった。

 確実なセーフティエリアが見つからない以上、休息はこうしたある程度の安全確保ができる場所で行うしかない。


「周辺警戒に出るっす」

「いや、ネネも休んでくれ。これを使う」


 魔法の鞄マジックバッグから魔法の巻物スクロールを一つ取り出して、ネネを座らせる。


「【警戒の巻物スクロールオブアラート】だ。何か近づけばすぐにわかる」

「初めて聞くアイテムですね?」


 全員が興味深げに巻物を見る。

 さすがにバレたか。特にシルクは道具類に関する知識も随分つけてきているしな。


「試作品を持ってきたんだ。俺が作った」


 その返答に、レインが目を輝かせる。


「ユークの、新作……!」

「残念ながら『錬金術師』にしか使えないけどな」

「む、残念」


 レインに苦笑して【警戒の巻物スクロールオブアラート】を起動する。

 ふわりと広がった魔力が周囲に見えざる警戒線を張り巡らせていくのを感じつつ、俺はゴプロ君を一時停止する。


「さて、茶でも飲んで一息つこう。その間にマリナは清拭してくるといい」

「うん。シルク、手伝って」

「はいはい。それでは行きましょう」


 隣の部屋に向かう二人を見送って、俺は茶の準備を始める。

 小さなキッチンがあったので、そこに簡易コンロを設置して湯を沸かす。

 この煮詰まった気持ちを少しほぐしておきたいので、ベリーのフレーバーティーを入れるとしよう。


「いい、匂い」

「だろ。ちょっと値は張るがな」

「戻ったよ!」


 ポットから香る甘い匂いに誘われてか、マリナもさっぱりした顔で戻ってきた。


「腹持ちのいいクッキーも持ってきている。休憩がてらつまもう」


 この家の住民はなかなか趣味のいい生活をしていたようだ。

 程よい大きさの机を囲むように五人分の一人掛ソファが並んでいて、俺たちにはちょうどいい。

 ありがたく使わせてもらうとしよう。


「おいしい」

「染みるっす」


 ハチミツ味のクッキーに甘い匂いのお茶で少しばかり心がほぐれたのか、雰囲気が良くなった。

 さっきの敵は、どうにも気分の悪い姿だったからな。


「え、っと。ちょっと聞いてほしいんだけど」


 一息ついたらしいマリナが切り出す。


「その、伝えるべきかどうか迷ってたけど、ユークとレインなら、きっと何かわかると思って……」

「うん。教えて、マリナ」


 レインが小さくうなずいてマリナを見る。


「さっきの、魔物なんだけどね。あのおっきい赤ん坊……あれ、人間じゃなかった」

「ああ。それはレインも言っていたな。生霊レイスか受肉した思念の類かもしれない」

「うん。それでね、周りにいた修道女の化物は、人間の手応えだった」


 ますますわからないな。

 相変わらず、ここに出現する魔物は人間のようだと、マリナのセンスが告げているのだ。

 あんな者達が、人間であるはずなど、ないと思うのだが。


「それと……それと、ね」


 思考の渦に巻き込まれようとする俺をマリナの声が引き戻す。

 その声はどうにも、言い出しにくそうなことを言おうとしている感じだ。


「どうした?」


 ぎゅっと手を握って目を伏せたマリナが、意を決したように告げる。


「壁も床も、人を斬った手応えがあったの。……なんでかな?」

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