第13話 突然の報せと悪巧み

「クラウダ伯爵?」

「うん。ボクの、血縁上の祖父。で、実質的な、他人」

「レインさん、貴族だったんすか?」


 ネネの驚いた声に、首を振るレイン。


「ボクは、庶子で、追放された、身だから」


 一息置いてからとつとつと語り始めるレイン。


 それは、風の噂によく聞く話でもあった。

 貴族の屋敷に下働きとして雇われていたレインの母が、クラウダ伯爵家長男のお手付きとなった。

 伯爵家としては頭の痛い話だろう。さらに、幾度かの逢引の間にレインを身籠ってしまっており、若く将来のある嫡男に対する風聞を恐れたクラウダ伯爵は、身重となったレインの母を即座に解雇、いくばくかの金を握らせて故郷に追い返してしまったらしい。


「ママは、小さい頃に、流行病で……空に、上った。ボクは、知り合いの伝手で魔法学院に入学して、その後、冒険者に、なった。どうして、今頃になって……」


 何とも言えない表情で、手紙を見るレイン。


「とりあえず、中を確認してはいかがですか?」

「うん。そだね」


 小さく頷き、レインが折りたたまれた手紙を開く。


「……」


 手紙に目を走らせていたレインの顔が徐々に険しくなっていき、最後には呆然とした顔で手紙をテーブルに置いた。


「なに、これ」


 俯いて、小さく震えるレイン。

 様子がおかしい。


「大丈夫か?」

「大丈夫く、ない。あの、タヌキ、ボクを何だと、思って……!」


 ぽろぽろと涙を流しながら、珍しく感情的になって机を叩くレインの背中をさする。


「手紙、見てもいいか?」

「嫌、だけど……見て」


 押し出された手紙を全員で覗き込む。


『──お前の処遇が決まった。』


 いきなり、こんな出だしで始まった手紙。

 続く言葉も一切の愛情も感じない言葉が続く。


『誉高いことにサルムタリアの第二王子であるマストマ様がお前をご所望だ。』

『今まで役に立たなかったお前がようやく我がクラウダ家の役に立つ時が来た。』

『クラウダ家の血を持つ者として、王国と当家の繁栄に関われる光栄を喜ぶといい。』

『だが、最低限の教育を施す必要がある。粗暴で浅慮な冒険者など即刻辞め、至急戻るように。』


 ……なんだ? これは。

 これが縁を切って無視を決め込んでいた孫娘に対する言葉なんて信じられない。

 貴族という人種は、幾分俺達と血の色が違うと聞いたが、ここまで非人間的とは思いもよらなかった。


「どうしよう、こんなの……」

「え、無視したらいいんじゃない?」

「え?」


 俯くレインに、マリナがあっけらかんと告げる。


「相手にすることないよ。だって、これ……どこにもレインの名前が書いてないもん。人違いだよ」


 そう悪戯っぽく笑って俺を見るマリナ。

 普段、ちょっぴり考えが足りない風のマリナだが、時々こうして妙に頭の回転がいいときがある。


 ……一理ある。


「よし、その線で行こう。手紙にクラウダ家の封蝋がされていたわけでもなし、受け取ったところを誰が確認したわけでもない。パーティで行動中に手紙鳥メールバードが飛んできたことにして、俺が開けたことにしよう」


 よくよく見れば、本当にどこにも『レインへ』などという宛名はない。

 つまり、俺がパーティ宛と思って開けてしまってもおかしくないし、その内容が意味不明だからと捨ててしまっても仕方があるまい。


 ……何せ、冒険者というのは粗暴で浅慮なのだ。


「俺達は、イタズラかあるいは人違いの手紙を受け取り……粗忽者の俺は、うっかり手紙を……失くしてしまった。いいね?」

「ユーク?」


 コテージに据え付けられた小型の暖炉に手紙を投げ込んで、俺はレインに笑う。


「私は何も見てないっす」

「あら、先生。手紙が暖炉に落ちてしまいましたね」

「あたし、しーらない」


 マリナ達も、レインに笑って見せる。

 それを見たレインが、大粒の涙を流しながら俺をハグしてきた。

 それを軽く抱き返しながら、頭を撫でやる。


「心配するな。何とかなるさ」

「うん」


 さて、そうは言ったもののまだノープランだ。

 どうしたものか。


 何せ相手は貴族とサルムタリアの王族だ。

 最初から傾ききっているパワーバランスをどうするか悩ましいところだな。

 そもそも、こちらからできるアプローチは限られているというか、ほぼない。


 ここで手紙を握りつぶしたところで、向こうが動けば後手後手に回りかねない。

 こちらで打てる手は先だって打っておく必要があるだろう。


「なあ、ネネ」

「なんすか?」

「ママルさんに頼んでさ、ちょっとクラウダ伯爵とマストマとかってサルムタリア第二王子の情報を集めてもらえないかな?」


 俺の頼みに、ネネがぎくりとした顔をする。


「な、なんでっすか……? ママルさんは、あれっすよ、受付嬢っすよ?」

「ネネならわかるだろ。別の窓口って意味でさ」

「……きっと高くつくっすよ?」

「お土産を豪華にするさ」


 大きくため息を吐きだして、ネネが頷く。


「ちょっと違法なことをしてくるっす。ここの中継を使うので、後でギルドマスターの婆さんに謝っておいてくださいっす」


 そう告げてネネがコテージから出ていく。

 まずは情報だ。それがないと、どう動くかの指針がたてられない。


「さて、次は……と」

「ひゃっ」


 くっついたままのレインをひょいと抱き上げて、俺も扉へと向かう。


「ちょっとマニエラさんのところに行ってくる。シルクとマリナはここで待機して、次回アタックの準備を頼むよ」

「わかりました」

「了解!」


 二人にうなずいて、レインを抱えたまま扉を出る。

 キャンプ地を指令所コテージに向かって歩きながら、腕の中のレインに問いかける。


「なあ、レイン」

「なに?」

「今から、相当な無茶をする予定なんだが……もし、ダメなら先に言ってくれ」


 そう断っておいてから、レインにこれからしようとしていることのプランの説明をする。

 はっきり言って、あまり褒められた手ではない。

 だが、レインの身柄を守るに、かなり効果的ではあるはずだ。


「……ッ!?」


 俺に抱きかかえられたままのレインが、少し驚いた顔をする。


「やっぱり、ダメか?」

「いい、よ。うん、それが、いい。そうしよ?」


 さっきまで沈んだ表情だった少女が、ふわりと花のように頬を染めて……柔らかに笑った。

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