第10話 トラウマとダンジョン・ランチ
「すまない。もう大丈夫だ」
しばしの休憩を経て、俺はすっきりとした頭で皆に謝る。
「大丈夫だよ! ちょっとびっくりしちゃったけど……」
「そんなに疲れていたなんて。すみません、気付けませんでした」
心配げにこちらを見るマリナとシルクに、軽く苦笑して、階段の上に顔を向ける。
「あー……実は、ちょっとこの光がさ、サイモンをやったときの色合いに似てるだろ? それで、軽いトラウマになっていたんだ」
差し込む光を見やって、小さくため息をつく。
ずっと思い悩んでいたが、思いのほか簡単に口から出てくれた。
レインとネネに先に話していたせいだろうか、弱みを晒すことにあまり抵抗がなくなっていたのかもしれない。
……逆に、それを聞いた二人が黙り込んでしまったが。
「一旦落ち着けば問題ないし、最近は少し慣れてもきた。迷宮の中ってロケーションで少し強めに揺さぶられてこのざまだが……もう、問題ない。状況チェックを開始しよう」
半ば誤魔化すように口を動かしたが、次の瞬間……マリナとシルクに両側から抱擁された。
「お、おいおい……」
配信を切っておいて助かった。
こんなのを全国のお茶の間に届けたら、あとで大問題になりそうだ。
ただでさえ、やっかみも多いというのに。
「ユークが、そんなにつらかったなんて、知らなかった」
「どうして話してくださらなかったんですか?」
軽く抱擁を返して、「すまない」と謝る。
「信用してなかったわけじゃないんだ。ただ、俺は俺のやったことの心の始末を、自分でつけなきゃならないと思っていた」
でも、そうすることで俺はトラウマを抱え込み、こうして話してしまうことで楽になった。
つまり、俺は間違っていたのだろう。
「もう、次からはちゃんと相談してよ? ユーク」
「わたくしにも、きちんと言ってくださいね? 約束ですよ?」
「次からはそうさせてもらうよ」
苦笑まじりにそう頷いてみせると、二人は満足げな顔で抱擁を解いた。
温もりに少しばかりの名残惜しさを感じつつ、頭の中を切り替える。
ここはまだ、ダンジョンの只中なのだから。
「さて、落ち着いたところでミーティングといこう。このまま、一階を探索するか、次の階に
「私は、上を調査するべきだと思うっす」
「あたしも!」
ネネとマリナが手を上げる。
マリナは興味本位だろうが、ネネはどうだろうか?
「ボクも、上、かな。他のダンジョンと、ちょっと、違う気がする」
「ユークさんは、どうお考えですか?」
俺は最後に意見を言おうと思っていたが、ほぼ全会一致なら問題ないか。
「俺も上階が気になる。正直言うと、地下水路エリアはあまり収穫がなさそうだし、この階段の先を確認してから二回目の
「わたくしも、同じ意見です。この階段を境にして環境マナと精霊力の乱れを感じますし、この先に何があるのかを確認したいですね」
全員を見回して、頷く。
最悪、地下水路は帰還の際に時間をとって鎖男の再出現の確認がてら、マッピングを行ってもいい。
それよりも、上り階段の先から感じるのこの異様な空気を確認してしまいたい。
「ま、その前に飯にしよう」
突入からすでに五時間。そろそろ腹に何か入れないと、緊急時に踏ん張りが利かないだろう。
「あ、配信は? 配信しないの?」
「してもかまわないけど……」
「やった!」
マリナが荷物の中から、小型の『ゴプロ君』を取り出して空に浮かべる。
意外に器用なマリナは
「そっちで撮影するんすか?」
「
それでもって、意外とTPOもわきまえている。
「じゃ、配信開始!」
「はいよ」
軽く笑いつつ、いつも通り──一ヵ月ぶりだが──に、食事の準備を始める。
まず、魔法石で加熱するコンロにフライパンをおいて、バターを溶かしていく。
「今日の、スープは、何かな?」
レインが期待した目で見るので、苦笑しつつ【
見る見るうちに満たされたのは、芳醇な香り漂うビーフシチューだ。
うん、今回はなかなかのあたりだな。
「お肉のシチューだ!」
「これ好きな奴っす!」
マリナとネネが手を叩き合って喜ぶ。
レインも結果にご満悦のようだ。……ああ見えて、結構大食いなんだよな。
そうこうするうちにフライパンがいい感じになってきたので、香草と鶏肉を放り込んで軽く火を通し……白ワインを一掛けして蓋をする。
今日は鶏肉の香草蒸しだ。
「見るたびに料理の腕が上がっていきますね」
「君らに旨い飯を食わせるのもサポーターの役目だからな」
コンロの余熱でバケットを温めながら、チーズとトマト、オレンジを切り分けていく。
チーズは栄養価が高いし、野菜と果物も食わないと体に悪いからな。
「……よし、完成だ」
湯気を立てる鶏肉の香草蒸しに諸々を添えると、なかなかの見栄えのいい一皿に仕上がった。
隣では、シルクがシチューをよそって並べてくれている。
「さあ、召し上がれ。シチューとパンはおかわりがあるぞ」
「すっごくおいしそう!」
マリナが皿を『ゴプロ君』に近づけて笑う。
喜んでもらえるならひと手間かけた甲斐があるってもんだ。
「それじゃ、いただきまーす」
ひとしきりゴプロ君に自慢し終えたマリナが肉にかぶりつくと同時に、和やかなダンジョン・ランチの時間が始まった。
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