第6話 出発前のミーティングと新迷宮突入

 ドゥナに到着して四日目。

 二日間の休息と温泉でしっかりと疲労を回復させた俺達は、新迷宮が発見されたライン湖のほとりへと来ていた。

 現地の周囲は簡易の柵で覆われていて、冒険者ギルドのスタッフや派遣された騎士によって封鎖されており、いくつかの移動式家屋コテージが設置されている。


「あっちの大きいコテージが指令所だよ。王立学術院の連中もあそこに詰めている。あんた達が潜ってる間は、あたしもあそこで見てるからね」

「じゃあ、この一帯はタブレットが使えるんですか?」

「ああ。学者連中が使えるように魔法道具アーティファクトを持ってきたらしいね。あたしゃ、ああいうのよくわからないんだけど……便利になったもんだねぇ」


 小さくため息をつくマニエラ。

 確かに、ここのところの魔法道具アーティファクトによる技術革新は目覚ましいものがある。

 何せ、魔法道具アーティファクトを生活の役に立てようという動きが出たのは、今代の王になってからだ。

 元冒険者という肩書の、これまでとは少しばかり異質な王は迷宮の事を国家資産と呼んだ。

 危険な場所であることは大前提として、研究し、運用し、流用して……このウェルメリア王国は今日の発展を遂げたのである。

 それに旧態依然とした人間が付いていけないのも、仕方ないことかもしれない。


 目の前の御仁は、ぶつくさ言いながら小型のタブレットをすでに使いこなしている風ではあるが。


「ね、そういえばここの迷宮は何て名前なの?」

「まだ全容がわからないからね、名前がないんだよ」

「そうなんだ……。ちょっと不便だね」


 少し残念そうにするマリナの肩をマニエラがポンと叩いて口角を上げる。


「あんた達が“名づけの冒険者”になるかもしれないんだ。しっかりやんな」


 そう告げられて、心が高揚するのを感じた。

 発見された迷宮は、歴史的な成り立ちや内部の様相などで名をつけられる。

 そして、その名付けとなるのはおよそ最初に踏み込んだ冒険者か、踏破した冒険者のどちらかだ。


 もし、俺達が“名づけの冒険者”となれば、正式な記録として冒険者ギルドの年表に記載されることになる。冒険者冥利に尽きるというものだ。


「じゃあ、任せたよ」


 俺達を迷宮の入り口まで案内して、マニエラがさっきの大型コテージに向かって踵を返す。

 さあ、ここからが本番だ。


「よし、それじゃあ確認も兼ねてアタック前のミーティングをしよう。シルク、プランを頼む」

「はい」


 メモを取り出したシルクが俺の隣に立つ。


「基本的には『無色の闇』と同じように進行する予定です。依頼内容は地下五階層までの踏破。事前情報は一階層が地下水路タイプであるというだけで、他は不明です。ロケーションから推測して水棲生物やネズミ系、虫系、あるいは粘性生物スライム系の魔物の出現が予想されます」


 シルクが俺に頷く。

 事前情報が少ないのでプランというには簡素だが、よくまとまっている。

 あとは進行のことくらいだな。


「ネネ、おそらくだけど【風の呼び水】は使えないと思う。水の流れがあると精度が悪くなるからな」


 あれは密閉空間の風の微細な流れを読む魔法道具アーティファクトだ。

 水路があるという特性上、水路用の穴もそこら中にあることだろうし、頼りにするわけにはいかない。


「了解っす。任せてほしいっす」


 力強くうなずくネネにうなずき返して、顔を上げる。


「突入に関して他に何か質問は?」

「はい!」


 勢いよくマリナが手を上げる。


「はい、マリナ君」

「五階層までって話だけど、今日の初回攻略はどこまでの予定? ペース配分ってどうしたらいいかな」

「ああ、それをこれから説明しようと思っていた。今日、明日はまず地下二階層への階段確認を最優先としつつ、地下一階層の広範囲な調査をしたいと思う」

「そうなの?」


 不思議気にするマリナにうなずく。


迷宮ダンジョンの一般解放のために五階層までの調査って話だけど、一階層の広さと魔物モンスターの情報だけでも、ある程度規模と危険度を知ることはできる。あと、次の階層への階段が一つとは限らない。第一階層は情報に確実性を持たせておきたい」


 なにせ、迷宮の初回調査など初めての経験だ。

 まずは手堅くいきたい。


「じゃ、長期戦を見越してのペース配分だね!」

「そうだな。階段エリアを確保できればそこで休息をとることもできる。階段の発見を最優先で行こう」


 俺の言葉に全員が頷く。


「それじゃあ、『ゴプロ君』を起動するぞ。──慎重に楽しもう」


 配信用魔法道具アーティファクトを起動してから、迷宮内に足を踏み入れる。


「暗いな……」


 地下水路タイプである以上、予想をしていたものの全く光源がないとは。

 さすがに発見したての迷宮だ。


 同じ事を考えていたらしいレインが〈灯りライト〉の魔法を杖の先に灯して、周囲を照らす。

 光に照らし出されたのはアーチ状をしたレンガ造りの旧い地下水路……といった風情の景色。

 水路の幅は三メートルほど。臭いはなく、深度は不明だが流れてはいる。

 光に照らされて見える範囲では、所々に橋のようなものがかかっていて反対側に渡れるようにもなっているようだ。


「苔、ない」


 およそ、ほとんどの迷宮には『光苔』という植物型の魔法生物が繁茂していて光源を確保しているが……そもそも、それを設置するのも冒険者の仕事だったりするらしい。

 迷宮を問題なく進める冒険者を雑用に使うわけだが、一体依頼のランクはいかほどになるのだろうか。


「私は夜目が効くので光源はいらないっす」


 猫人族であるネネは暗闇でも問題なく視界を確保できる。

 この暗闇で光源をぶら下げるのは逆にリスクになるってことだろう。


「念の為、これに火も入れておくか」


 魔法の鞄マジックバッグからカンテラを取り出して火をともし、腰に下げる。

 魔法の灯りだけでも十分ではあるのだが、罠や魔物モンスターの力で魔法の力が揺らいだ時のための備えはしておきたい。

 物理的なものと魔法、両方の光源を用意しておくのは冒険者としての基本だ。


「では、先行警戒にいってくるっす」

「ああ、頼んだ」


 するりと暗闇に溶けるように駆けていくネネを見送って、俺は新たな迷宮の空気に気を引き締めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る