第43話 聴聞とずれる思考(サンダーパイク視点)

「お前たち『サンダーパイク』に抗議が届いている」


 冒険者ギルドの三階、聴取室に呼び出された僕にギルドマスターがそう告げる。


「抗議? 僕らに?」

「ああ」


 短く答えたギルドマスターが机の上に四通の書簡を並べる。


「サポーターが連名で寄越したもの、森人連絡協議会、エルメリア人権連盟、最後の一通は冒険者ギルド本部からだ。何が原因か、わかってるよな?」


 わかっている。

 あの嫌味なユークの奴が、〝生配信〟をしたからだ。


「『クローバー』による『無色の闇』攻略配信はかなりの視聴数があった。そこでああも差別的発言をしてはな」


 大きなため息をついて、ギルドマスターが僕に向き直る。


「何か、申し開きはあるか?」

「そう大きな問題じゃないでしょう?」


 さっと抗議文書に目を通したが、どれもこれもあのダークエルフに対する態度や言動について書かれている。

 確かに少しばかり言葉が過ぎたかもしれないが、そもそも、たかがCランクの冒険者がAランクの僕たちに暴言を吐いたことの方が問題とするべきだろう。

 〝生配信〟をちゃんと見ていればわかるはずだ。

 最初に失礼な口をきいたのはあのダークエルフの方で、無礼な相手に対して少々あたりが強かったからなんだというのか。


「問題ではないと思っているのか?」

「先に無礼を働いたのは向こうです。だいたい、あれが蛮族で裏切り者だというのは事実でしょう?」


 次の瞬間、頬に衝撃が走って口の中に血の味が広がっていく。

 ギルドマスターに頬を張られたのだと理解するのに、少しばかり時間を要した。


「何をするんだ!」

「お前は……ッ! 自分が何をしでかしたか全く理解しておらんようだな!」

「あの失礼な黒エルフを蛮族と呼んで何が悪──ぁばっ!」


 今度は逆の頬を張られた。


「ダークエルフという呼び方さえも今後なくしていこうってこの時代に、お前たちの発言は大きな問題になっている。エルメリア王国とエルフ族との関係悪化を招く危険があるんだぞ!?」


 机を叩きながら威圧するようなギルドマスターの怒声に、思わず肩を震わせる。


「たかだか冒険者同士の言い争いじゃないか!」

「Aランクになったときに伝えたはずだぞ……? これからは発言と行動には責任が伴うと。エルメリア王国の認定したAランク冒険者が、揃いも揃って生配信中に種族を指して差別発言をしたんだ。お前たちは、エルメリア王国の品位を貶めたのだ……!」


 怒り心頭といったギルドマスターの太い腕が僕の胸ぐらをつかむ。


「お前たちには謝罪配信をしてもらう。冒険者資格の剥奪も覚悟してもらうぞ。裁定次第では国外追放も覚悟しておくことだ」

「そんなバカな!」

「バカなのはお前たちだ!」


 間違っている。

 そんなことは絶対に間違っている!

 あの愚かなユークと、その取り巻きにいる蛮族のせいで僕がどうしてそこまでの罰を受けなきゃいけない!?


 何か……。何か手は……。

 そうだ!


「……国選依頼ミッションはどうなる? 僕らがいないと困るんじゃないのか?」


 睨むギルドマスターに、少しばかり笑ってやる。

 そうとも……困るのはお前らの方だ。

 『無色の闇』に挑む人間があのCランクパーティだけになるなど、問題になるはず。

 これまで、Aランクパーティでなければ挑戦不可とされていた場所なのだ。


 僕らが申請し、認可され、封鎖が解かれた。つまり、僕らのおかげで調査が再開されたってことだ。

 調査にはAランクの冒険者信用度スコアを持つパーティが必要になるのだから、いま僕らを外すわけにはいくまい。


「まったく困らないな。『クローバー』は充分な成果をすでにあげている。お前たちボンクラと違ってな」


 僕を椅子に乱暴に下ろしながら、ギルドマスターがにやりと笑う。


「なん、だって……!」


 目の前が暗くなるような、それでいて胸の奥がムカムカとする感情が湧き上がる。

 いつもいつも……何で、アイツばかりがうまくやる!?


 ユークは地味で役に立たない赤魔道士で金食い虫の錬金術師だぞ?

 それに駆け出しの女が何人か集まったところで上手くいくはずなどないはずだ。


 それなのに……!


 今やあいつは、注目の配信者で有名パーティのリーダーだ。

 若い女を侍らせながら悠々自適に冒険をして、成功を手にしている。

 昼はくだらない冒険を配信に流して賞賛を得て、夜になればとっかえひっかえあの女どもを抱く生活。

 ……どうして、僕とこうも違う?


 栄光のAランク冒険者のはずだぞ、僕は!


「しっかり反省して、配信用の謝罪文でも考えるんだな」





「何で僕がそんなことをしなくちゃならない!」


 冒険者ギルドからパーティハウスまでの道すがら、苛々としながら僕は歩く。

 周囲からは冷ややかな視線が浴びせられ、まるで犯罪者か何かになったかのようだ。


 悪いのはユークとあの黒エルフだ! 配信で僕らを嵌めた。最初から僕らを挑発する意図があった。

 あの小賢しいユークのやることだ。僕たちに会ったときのことを示し合わせていたのだろう。


 歩くうちに思考が整理され、考えがクリアになってきた。


 僕たちが、『連合アライアンス』を提案する親切すら、ユークは読んでいたんだ。

 冒険者になってから最近までずっと一緒だったのだ。

 僕たちがああして提案することも予測していたに違いない。


 そして、わざと問題になる様にあの黒エルフに発言を仕掛けさせた。

 頭にきたバリーとカミラがどんな反応をするか、ユークには見えていたのだろう。


 だから、ダンジョンを出ても配信用魔法道具アーティファクトを切らなかった。

 普通は出口で配信を終了するものだ。


 ……やっぱりだ。

 最初から、僕たちをはめるつもりだったんだな……!


 ユークの奴、絶対に許さないぞ。

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