第23話 エルフの憎悪と拾い物

「──戦闘準備」


 俺の囁くような声に、全員が足を止める。

 幸い、俺たちには気付いていない。

 下り階段のそばにリラックスした様子でたむろするのは、筋骨隆々とした人型の魔物モンスター


「オルクスだ……!」


 その姿を見たシルクが、敵意むき出しに殺気を撒き散らす。

 普段冷静なシルクではあるが、ことオルクスに限れば仕方あるまい。


 オルクスというのは、蛮神バロックによって生み出された獣じみた顔を持つ人型の魔物モンスターで、有体ありていに言うと人類の敵である。


 暴力と本能で行動し、自分たち以外の知的な生命体(オルクスが知的であるかどうかの議論はいまするべきではない)はすべて殺すか支配するべきと考えており、そのすべてを繁殖の道具か食料と認識している残虐な生命体だ。


 何故かとりわけエルフという種族に強い執着を見せ、かつて古代にあったエルフの王国『サンドリヨン』がオルクスに攻め滅ぼされた際には、多くのエルフが凄惨な目にあったと記録されている。

 つまり、エルフ族にとって、オルクスとは種族的な憎悪を覚えてしかるべき存在だ。

 血に刻まれた呪いと言っても過言ではない。


「落ち着け、シルク」

「わかっております。確実に、排除しましょう。一匹も逃すものですか……!」


 すっかりと目つきが変わったシルクを抑えながら、レインとマリナに視線をやる。


「オルクスとの戦闘経験は?」

「ない」

「ボク、も」


 それに頷いて、戦略を練る。


「数は四体。武装からしておそらく下級戦士の階級だ。魔物モンスターランク的にはCの相手だが、数が多いと跳ねる。向こうが上手だと思って油断するな」


 オルクスは全体が軍制を敷く軍国的種族だ。

 そして、その階級は単純に強さで決まり……武装も、それに比例する。

 視界にいるあれは、ほぼ裸に近い。武器も粗末な槍だけ。


 つまり階級は一番下ってことだ。


 だが、その発達した筋肉と生まれながらの闘争心は、素手であっても十分な脅威になる。

 心してかからねばならないだろう。


「まず魔法と弓で先制攻撃を仕掛ける。中距離になったら俺が弱体魔法で援護するからマリナは接敵を。シルクは射撃で遊撃を行ってくれ」

「ボク、は?」

「初撃ででかいのを頼む。できれば数を減らしたい」


 そう指示を出して、強化魔法を付与していく。

 こちらに有利な点はもう一点ある。

 胸糞の悪い有利さだが、こちらは女性メンバーが多い。


 俺は捕まれば即食糧だろうが、マリナ達には食欲よりも性欲を向けてくるだろう。

 つまり……戦闘が開始されても、殺すつもりでは来ないということだ。

 これは本能的なもので、自分の命が危険にさらされてもスタンスを変えないと聞いている。


 三大欲求より軽い命なんて知的生命体が聞いて呆れる。


「よし、いくぞッ」


 俺の合図と同時にレインの第四階梯魔法〈火球ファイアボール〉が長杖スタッフの先から発射される。

 高速で飛翔したそれは、すっかり油断していたオルクスたちの中央付近で爆発を起こし、派手に吹き飛ばした。

 ……が、さすがに頑強だ。仕留めるには至らなかったらしい。


「続くッ!」


 起き上がったオルクスの内、二体を目標にして魔法の巻物スクロールを起動する。

 俺謹製の〈岩石流ロックブラスト〉を発動する魔法の巻物スクロールだ。

 大小さまざまな岩が空中に出現し、直下にいるオルクスを押しつぶす。

 内一体は難を逃れようとしたが、その目に飛来したシルクの矢が深々と突き刺さり、怯んだところで岩に飲み込まれた。


「残り、二! マリナ!」

「うん!」


 飛び出していくマリナに迫るオルクス二体。

 そのそれぞれに、俺は指を振って〈麻痺パラライズ〉と〈鈍遅スロウ〉を放つ。

 今のマリナなら、それだけで充分だ。


「てぇぇッ!」


 袈裟懸けに振るわれたバスタードソードが、オルクスを体半ばまで切り裂く。

 黒い輝きが剣にまとわりついていた。


「一つッ!」


 振り向きざまにもう一太刀、残ったオルクスに浴びせるものの……やや浅い。

 だが、問題はないだろう。

 その瞬間、オルクスの右目に一度に三本の矢が突き刺さったからだ。


「ナイス、シルク!」

「きちんとトドメを!」

「うん!」


 過剰攻撃オーバーキルとも思えるマリナの一撃が、オルクスの首をすぱりと切り離す。

 オルクスたちが動かないことを確認して、俺は息を吐きだした。


「よし、討伐完了」


 オルクスは素材として無価値ではあるが、討伐を推奨している魔物モンスターだ。

 その特徴的な耳が討伐の証となるので回収しておく。


「少しは落ち着いたか? シルク」

「え、ええ。すみません……オルクスを見るとどうにも苛ついてしまって」

「エルフの性分だろ。気にすることはないさ」


 俺の言葉に、シルクが少し不思議そうな顔をする。


「先生は、ダークエルフなのに……とは言わないんですね」

「肌の違いが人の違いではないだろう? シルクはシルクさ」

「先生……」


 ダークエルフは南方に住むエルフの一族が祖と言われている。

 そして、エルフの裏切り者とも。

 その理由はもはや、誰も正確なことは知らない。どこかの戦争で闇の軍勢に与したとか、例の戦争の時に北方の白エルフと仲違いしたとか……いろいろ言われちゃいるが、実際のところは誰にもわからないのだ。


 それなのに、ただ悪印象だけが独り歩きしている。

 こんなに穏やかで仲間思いの娘が、それだけで蔑まれることなどあってはならない。

 そも、なまじ噂が本当だとして、いまさらそれを個人に向けて糾弾する理由にするなど愚の骨頂だ。


「少なくとも、俺は……いや、俺達はシルクを仲間だと思ってる。いまさら種族なんて気にするもんか。だいたい、それを言い出したらレインなんて見てみろ。まるでドワーフみたいに魔法道具アーティファクトを愛でてる」

「む……失敬! 魔法道具アーティファクトは、ロマン、です」

「わかる」


 大きく頷いて見せると、レインとシルクが吹き出すようにして笑った。


「あ、なんか楽しそうにしてる! あたしも混ぜて! ……っと、その前に。オルクスが何か変なのを持ってたよ」


 オルクスを漁っていたマリナが、羊皮紙のようなものを広げて見せる。


「これは……いいものを見つけたな、マリナ」

「そうなの?」


 俺の言葉に、マリナが首を傾げた。

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